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 あれから夫には何度か相談したが、いっこうに取り合ってくれなかった。だからきっとあのようなことが起こるのは時間の問題だったのだ。


 日曜日、食材をどっさり買い込んで帰宅すると、玄関で一樹が出迎えてくれた。


 黒いランドセルを背負って。


「じゃーん。どう、ママ。なすの色かっこいいでしょ」


 ソファで眠りこけていた夫を叩き起こして詰問した。彼は家庭内暴力に反対するという旨のことを延々と述べていた気がするが、そんなことは右の耳から入って左の耳へと抜けていった。それよりも、彼がわたしへの抗議の合間合間に差し挟んだ説明を頭の中でつなげことの方が重要だ。あのにっくき黒のランドセルは夫の実家から送られてきたらしかった。


「どうするのよ」


「ああ、もう。いい機会だろ。ママ友達を説得したらどうだ」


「そんな簡単にいくわけないでしょ」


「じゃあ、どうする。あのランドセルを捨てるか?」


「そこまでは言ってないでしょ」


「言ったのと同じさ。ひどい女だな、お前は。お袋は一樹が自分の送ったランドセルを背負うのを楽しみにしてるんだぞ」


「写真だけ撮って、ランドセルは改めて別の色を買いましょう」


「おいおい、そんな余裕があるわけないだろ。この家がいくらしたと思ってる」


「へそくりを切り崩すわ」


「へそくりだと。そんなのは聞いてないぞ」


 夫がごちゃごちゃ言うのでみぞおちに拳を叩き込んで、昼寝を再開させてあげた。

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