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 以前の街で親しくしていた大宮さんと再会したのはその数日後のことだった。


「あ、梅田さんじゃないですかー。お久しぶりです。元気してました? 一樹君はもやし食べられるようになりました?」


 話題は自然と子供のこと。ランドセルのことに流れた。ランドセルランドセルといやになるが、この時期の母親たちには重要な問題なのだ。


「もう買いました?」


「それがまだなの」


 わたしはふと思った。ランドセルの色に関して、ママさん友達と家族との間で板ばさみになっていることを相談してみてはどうだろう。


 わたしが引っ越す直前に起こした「事件」は周りのママさんたちから大いに顰蹙を買ったものだけれど、この大宮さんだけは肩を持ってくれた。変わった人だと思う。けれど、彼女ならきっとわたしの悩みを親身になって聞いてくれるだろう。


 しかし、わたしが口を開きかけたところで大宮さんが話しはじめた。


「でもランドセルといってもいまはいろいろありますよね。あ、そうだ。うちの幼稚園に変な考えを持ってる人たちもいるんですけど……」


「変な考えって?」


 胸の奥がざわっとした。


「それがですねえ」


 なんでも、ランドセルと性別を結びつけるのを旧弊な考えと断じ、黒と赤のランドセルを禁じる集団がいるという。わたしは適当に相槌を打ちながらその話を聞いていた。顔が引きつらないようにしながら。


「ホント、おかしいですよね」


 大宮さんが同意を求める。求められた以上は答えなければなるまい。


「ええ、ホント」


 おほほほほ、とわたしは声を立てて笑ってみせる。


「わたしが仲良くしてるママさんたちはみんな黒と赤がいいって言ってるんですよね。ちょっと保守的かもしれませんけど、そんなところで個性を主張したってしょうがありませんもんね」


 わたしはもう一度、おほほほと笑った。

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