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夕食の席で、夫にランドセルの話を切り出した。
「ねえ、あなたランドセルの色のことなんだけど……」
「ランドセルだって?」夫はコロッケにソースで真っ黒に塗りつぶしながら言った。「そんなもの黒でいいだろ。黒。黒。変に奇をてらって一樹が浮いてもかわいそうだからな。それにしてもこれスーパーの惣菜だろ。最近多いんじゃないか」
ちっ、ばれたか。
「忙しかったの」わたしは言った。
「どうせ、ママ友とだべってたんだろう? 俺はせめてコロッケくらい自分の家の味で食べたいねえ」夫は真っ黒になったコロッケを口にほうりながら言う。なにさ、どうせソースの味しか分からないくせに。
「いまどき、よっぽど突飛な色じゃない限り大丈夫だと思うわよ。それにママ友の間では黒と赤に限定するのは旧弊なんじゃないかって考え方があるみたいなの」
「旧弊だろうがなんだろうが、無難なのが一番なのさ。それを妨害する権利があるか?」
「そりゃ、あの人たちも強制はしないわよ? でも、こう……無言の圧力をかけてくるのよ。分かるでしょ」
「なんだい、そりゃ」
「あの人たち、『進歩的』であることに誇りがあるのよ」
「ふん、くだらないな。自由っていうんなら、その権利を行使するかどうかだって各人の自由だろうに。俺に言わせればそんなのは自由の奴隷だよ。権利がある以上はそれを享受しなければならないという強迫観念で凝り固まってるんだ。食い放題で元を取ろうとドカ食いして腹を壊す連中と変わらないよ。本末転倒もいいところじゃないか」
「それはわたしも分かってるわよ。でもそんなことが相手の目の前で言えるわけないでしょ」
「おいおい、どうしたんだ。そこをビシッと言うのが君だろうに」
「……そういうことは前の園で懲りたの」
「らしくないな。そういう連中は一回ビシッと言ってやった方がいいんだ。そうだろ? だいたい大人の都合で突飛な色のランドセルを背負わされる子供の身にもなってみろ。かわいそうじゃないか。子供たちだって案外赤とか黒がいいのさ。なあ一樹も黒がいいよな」
「うん、黒ってかっこいい。なすと同じ色!」
そこはカブトムシとか答えるところではないだろうか。子供の感性とはおもしろい。このままのびのびと育ってほしいと思う。思うけれど、ここはわたしも引けない。
「でも、一樹。どう? 黄色とか茶色だってかっこよくない?」
「全然」一樹は笑いながら言った。「だって沢庵とう■この色じゃん」
「食事中よ」
わたしは一樹を軽くたしなめた。その後も黒以外の色の魅力について説得を試みたが、一樹は「黒がいい」と譲らない。夫は呆れたのか口も挟んでこない。ただ、食べ終わった食器を重ねながらこう言った。
「とにかく、そのママ友連中にはビシッと言ってやるんだな」
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