Epizodo 15

  ▽


「――そう」


 トリスタンの話を静かに聞き終えた女の子――ジュヌヴィエーヴ市長アンヌ・V・エメは、もう一人の部下に目を向ける。


「また勝手をしたようね、ボリス」


「……」


 ボリスは、顔を伏せたまま何も言わない。


「アナタが中央から左遷されて、もう三ヶ月。そろそろウチの〝やり方〟も覚えた頃だと思っていたんだけど」


「……」


「……ハァ。まぁ、いいわ。でも、これだけは覚えておいてね。次の左遷先は地の底よ。――下がりなさい」


「……ハ」


 頭を刈り上げた巨漢が、自分より一回りも二回りも小さな女の子の命令を聞く姿は――少々滑稽に見えた。


「さて、次は」と、エスペロ達に目を向ける。その双眸には、年相応の興味が輝いていた。


「あのボリスを圧倒する傭兵、ねぇ。ふふ。とりあえず、坐りなさい」


 アンヌに促され、エスペロとミセスが部屋の中央に向かい合った長椅子に坐った。背後にトリスタンが立つ。


 その対面にアンヌが移動し、やはり背後に補佐役らしい女が立った。


「まずは自己紹介ね。私はアンヌ・V・エメ。このジュヌヴィエーヴ市の市長よ」


「僕はエ……――サジューロ。で、この娘がメスィ。二人共傭兵だ」


「ふぅん……。随分古風な名前ね」


 再び〝古風〟と名を評価され、エスペロは一瞬だけ思案顔を浮かべる。


「家名はないのね。まぁ、名乗る傭兵の方が少ないかしら。出自にも興味はないし」


 エスペロとミセスをジロジロと値踏みするアンヌは、実に楽しそうな表情。


「アレを往なす体術に、十数人を一瞬で移動させる錬金術。オマケに、見目も悪くない。いえ、最高ね。アナタた――「アンヌ様」


 主の言葉を遮った付き人は、エスペロから目を離さず続けた。


「相手の話を聞かず、一方的に完結させる癖は直されますよう常々申し上げている筈です」


「分かってるわよ。今正に聞こうとしていた所じゃないの」


「ウィかノンを、ですね?」


「ええそうよ。分かってるじゃない。――分かってるわよ。えっと……で、サジューロにメスィ」


 肩を竦めていたアンヌが、引き締めた表情で足を組む。


「理由もなく、トリスタンに従ったワケではないのでしょう?」


「ああ……、いや〝はい〟か?」


「どちらでも構わないわ。話し易いように話しなさい」


「ああ、ありがとう。――うん、そう。君と話したくて付いてきた」


「ふふ、素直ね。小娘と侮る事なく、女の子として労る事なく――初対面で対等に扱う者は珍しいわ。ええ、今の私は気分が良いわ」


 ねぇ、と背後の女を振り返る。しかし反応はなく、向かい側のトリスタンもアンヌの目に苦笑で返した。


「この二人は〝労った側〟よ。――で、その話って何かしら」


「アンヌはパトロンだと聞いた」


「ええ、そうね。この一帯は、私が任される領地よ」


「つまり、周辺に住む人間の長――って事だ」


「間違ってないわ」


「君が家長。ならば、頼みたい事がある」


「頼みたいこと?」


「僕を、此処に置いて欲しい」


「……ハァ? 変な事を言うのね。アナタ、傭兵なんでしょ? ウチにもギルドは在るわ。勝手にすればいいんじゃない?」


「勝手は出来ない。僕は、君の傍で――君が見る世界を見たい」


「……ぅえ? ……え、えぇっ?」


 たっぷりと余裕を備えていたアンヌの双眸が、動揺で大きく見開かれる。


「……え、え……?」


 慌てふためくアンヌの背後で、付き人の女が溜息を吐いた。


「貴様は、アンヌ様の下で働きたい――と言いたいのか?」


「ああ。それでも構わない」


「目的は何だ。見たところ、金に困っている訳でもあるまい」


「今言った通りだ。僕は、世界を知らない。だから知りたい。――いや、違う。僕は、知らなければならない」


 そうしなければ〝彼〟に何も言えない。心の中で付け足す。


「……トリスタン」


「実力は、申し分ないかと」


 肩を竦めて答えた。


「そう。――アンヌ様。そういうことです」


「……そ、そう」


「初めの望み通り。良かったではないですか」


「そ、そうね」


 落ち着いたアンヌが、再びエスペロを見る。


「コチラとしては大歓迎よ。アナタの力、私の為に尽くしなさい」


「ありがとう。可能な限り善処しよう。――じゃあ、今日は帰るよ」


「……ふふ。アナタ、見かけによらず勝手な人なのね」


「え? ……そうかな。ごめん」


「あら、自覚なかったの? まぁ、その」とミセスに目を遣り「女じゃあ、そういう性格にもなるわよね」


「……」


 ミセスは無表情にアンヌを見返す。


「怒らせちゃったかしら?」


「……」


「……何とか言いなさいよ」


「……」


「……ハァ。ねぇ、サジューロ。もしかして、この女も一緒なのかしら?」


「いや、そんなつもりはないけど。一緒の方が良いのか?」


「アンタ、もうちょっと人の顔を読みなさい。一緒だと面倒だと言ってるのよ。見てた限り、アンタの言う事以外聞かないだろうし」


「そんな事ないと思うけど」


「……、はい。サジューロ様が仰られるなら、この小娘とも仲良く致します」


「んなっ……! コ・イ・ツぅ~~……っ。漸く口を開いたと思ったら! 大体、アンタの方が小さい癖にっ!」


「流石、坐るという作法も知らない野蛮人。口も汚いですね」


「……ふぅん。そう、そういうこと」


「……?」


「アナタ、サジューロと話す時小さく深呼吸してたけど……あれって、単にあがり症って訳じゃなかったのね」


「何が言いたいのでしょうか」


「あら、言っていいの?」


「……」


「案外可愛いトコもあるのね。アナタの事も気に入ったわ。でも、残念ね。サジューロは、もう私のモノよ」


「……――」


 ミセスの矮躯から、天井まで焦がす殺気が膨れ上がった。即座にトリスタンが臨戦態勢を取る。


「あまり揶揄わないでくれ。この娘は、僕の大切な家族なんだ」


「……ええ、そうね。……トリスタン」


「はい……」


 構えを解いたトリスタンは、眉間に流れる冷汗を拭った。


「……ふふ。メスィだったわね。アナタも、相当の手練れね。益々欲しくなるわ」


「……」


「……何か、壁と話してる気分だわ。強く投げないと跳ね返してこないのね……」


「そう? 確かに、少し口数は少ないけど」


「アナタも、世間知らずは相当ね。まあ一応、元傭兵ってのは信じてあげるけど。これからは、私の下で働いて貰うわよ」


「ああ、うん。準備してから、また来るよ」


「ハァ。もういいわよ、それで。この私が待っててあげるなんて、特例中の特例よ。そのこと、ちゃんと覚えときなさい」


「ありがとう。それじゃ、また」

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