Epizodo 13

  ▽


「……ここからは、歩きだ」


 一時間喋り続け、疲弊し切ったトリスタンに続いてエスペロ達も馬車を降りる。


「おぉー……」


 石を積み重ね、粘土で隙間を埋めた城壁。威風堂々とした立ち姿は、樹齢数百年の風格を思わせる。


「立派なもんだ」


 自然の中で生きてきたエスペロは、心から感嘆の声を上げた。


「おら、入るぞ。とっとと歩け」


 ボリスに急かされて城門を潜る。守衛が彼とトリスタンに向ける敬礼は、畏怖と尊敬の表情が見て取れた。


 石畳の整備された街並みは、城門前の広場から左右対称に広がっている。


 城壁が縁取る外縁には中央へ引き込まれた水路が走り、幅広の馬車道を行き交う人々の表情は活気に溢れていた。


 右を見ても、左を見ても――ひと、ヒト、人の群れ。百を超えれば大集落の魔族と比較するまでもない。


 人々の営み。その大きなうねり。直に肌で感じたエスペロは、心を震わせた。


 これが、勇者が共に平和を築こうと志した仲間達――の末裔。その数は、かつて戦場で目に見た数とは桁が違った。


「すごい……」


 相変わらず無表情で何も言わないミセスに代わり、エスペロが素直な感想を口に出す。


「ジュヌヴィエーヴは、数ある市の中でも抜きん出て精気に満たされた街さ」


 微笑を浮かべたトリスタンは、僅かに胸を張る。


「さあ、観光は後で頼む。報告もしなければいけないのでね。付いてきてくれ」


 歩き出したトリスタンを先頭に、エスペロとミセスが続き――最後尾をボリス。数人の部下達が、更に続いた。


 城門から街の中央に聳える城まで、巨大な一本道。馬車が四~五台は並んで歩ける幅。しかし、橋を渡ってから馬車を見かけない。


「中心街は、馬は入れないんだよ」


 前を向いて微動だにしないミセスが隣を歩く為か、エスペロの忙しない視線が際立っていた。


 加えて馬車の経験が、トリスタンに質問の前から回答を喋らせる。


「邪魔だから?」


「それもあるね。他にも、事故防止や環境の整備とか色々。外観は古いけど、最新の技術や考察を取り入れているんだ」


「ふぅん。……これ、古いの?」


「ああ。他の街や首都に行けば、もっと高い建物が至る所で煙を吐いてる光景が見られる」


「ほぉー……。見てみたい」


「機会があれば、見てみるといいさ」


「分かった」


 街中を泳ぎ回るエスペロの視線が、一ヶ所に留まった。足は止めず、声だけトリスタンに向ける。


「あの柵に入れられている女の子は、何か罪を犯して捕まってるのか?」


「ん? ……ああ、あれか」


 所謂、露天商が立ち並ぶ一角に――大きな檻が置かれていた。


 木枠で囲まれ、一目で簡易用の檻と分かる。その中には、布一枚の女の子が居た。


 遠くでも、エスペロの目には良く見える。華奢な躰。白い肌。短い髪は黒く、俯いた顔は確認出来ない。


 項垂れ、気落ちしている様子だが――縄で縛られていない。


「またか」


「また?」


「認可を受けてない奴隷商だろう。最近は人が増えたからな。奴隷は、今は売り手も買い手も多い。取り締まりが追い付いてないんだ」


「ドレイ?」


「お前、奴隷も知らないとかどんだけ田舎者だよ」


 後ろからボリスが溜息を吐いた。


「要は物だよ、モノ」


「モノ? ヒトだろう? 同じヒトを、モノとして扱うのか?」


「それが奴隷だ」


「……」


 女の子を入れた檻の傍で、媚びた笑顔の男が通行人に女の子を見せて指を動かす。


「あれは見世物だ」


「見世物?」


「ああ。一番目を惹く商品を店先に置いて、客を引く。裏に何人仕舞っていることやら」


「……」


 通り過ぎる際、一瞬だけ顔を上げた女の子は――確かに作り物めいて美しい容姿だった。しかし、それでも確かにヒトだった。

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