Epizodo 10

「……あン?」


 エスペロに気付いた収税吏が、眉を寄せて訝しむ。


「誰だ、てめぇ」


「……このヒトは」とエスペロは先ほど絶命した村長を指差した。


「お前の父か?」


「……ハァ?」


「役目の終えた父を、大地へ還す為に殺したのか?」


「何言ってんだてめぇ、頭オカシイやつか?」


「……血の繋がった家族ではない者を、何故殺した」


「なぜころしたァ? ンなもん、ムカついたからに決まってんだろ」


「……ムカついた?」


「生意気なんだよ、雑魚の癖によォ。さっさと出すモン出せば死ななかったものを」


「……訊きたい。お前は人間だろう?」


「ハァ? ンなもん当たり前だろ」


「この人も人間だろう?」


 エスペロが村長を再び指差せば、収税吏も頷いた。


「同じ人間を、意味もなく殺したのか?」


「さっきから何度も何度もうっせぇなあ! ムカついたから殺したっつってんだろ!」


「……お前の主義主張を通して殺したのか?」


「チッ。ああ、そうだよ。これで満足かよ」


「……そうか」


「……やっぱ、頭オカシイやつだな」


「どうしました、ボリスさん」


 汗を拭い、乱れた服を整えながら部下達が声を掛ける。


「オイ、こいつもやっちまえ。頭がオカシイんだわ、こいつ」


「ん? 何ですか、コイツ。傭兵ですか?」


「多分な」


「ギルドにとやかく言われませんかねぇ?」


「ハッ。ンなもん、バレなきゃいいんだよ」


「ハッハ! そりゃ確かに!」


 血生臭い汗を拭って部下達は笑った。


「んじゃまあ、サクッと殺っちまいますか」


「ああ。後ろの姉ちゃんはコイツの連れか?」


「ん? ――おっほおぉぉっ! 上玉も上玉じゃねえか!」


 ミセスに気付き、下心を膨張させる部下達に対し――収税吏は冷静に目を細める。


「オイ、手は出すなよ。献上品だ、そりゃあ」


「いやでも、味見くらい……」


「ンあぁ? お前、死ぬより深くて暗ぇ地獄を見たいのか?」


「い、いや……ッすんません……!」


「フン。さっさと男を殺せ」


『ヘイ!』


 部下達が手に手に剣を抜いた。エスペロは、しかし構えず再び口を動かす。


「痛くはない筈だけど、久しぶりだから」


「ああ?」


「何言ってんだ、コイツ」


「痛かったら、申し訳ない」


「ゴチャゴチャ煩っせぇゴラ――ァ……」


 エスペロが、持ち上げた右手の薬指を一回鳴らす。


 パチンッ――剣を振り上げる部下達の影が蠢いた。


 次いで中指で、二回目。


 パチンッ――すると、蠢いた影がグネグネと質量を伴って盛り上がった。


 暗い粘土細工は何本も腕を広げ、部下達を足先から呑み込む。悲鳴を上げる暇さえなく、水面の波紋と共に地面へ引き摺り込まれた。


「死にはしない」


 一人だけ素早く跳び退った収税吏に、静かに声を掛ける。


「近くの河原で寝てる筈だから」


「……お前、錬金術が使えるのか」


 先まで侮っていた表情を引き締め、収税吏がエスペロを問い質す。しかし当人は彼の言う〝錬金術〟が分からず首を傾げた。


「……ごめん、何それ?」


「……」


「……でも、多分違うとは思うけど」


「……」


 空気の締まらない対峙風景だった。収税吏の引き締めた口許が、ピクピクと引き攣る。


「……何か、申し訳ない」


「謝んじゃねえよふざけてんのかてめぇッ!」


 収税吏が、弛緩した空気を懸命に払拭する。その光景は、勇者と剣を交える前の風景に似ていた。


 懐かしい。追懐の情が、記憶の奥から言葉を運ぶ。


『――だったら、これは縄張り争いだ。雄と雄の、仲間の生活を賭けた決闘だ』


 勇者は、エスペロを奮い立たせる言い回しが巧かった。


「――よし。これは決闘だ」


「あぁん?」


「勝負しよう。雄として、どちらが縄張りを得るに相応しいか」


「……てめぇ、ホントに頭オカシイんだな。――だが、いいぜ。やってやるよ。オレ様とお前の、真剣勝負だッッ!」


 収税吏は血で汚れた外套を投げ捨て、内服の懐から赤い石を取り出した。


「見せてやるよ、オレ様の本気ってヤツを」


 小石程度の大きさ。その石を、彼は躊躇う事なく呑み込んだ。


「……何だ? 黒い、精霊術?」


 収税吏の躰から、赤黒い光の粒が漏れ出す。


「……う……グ、ぁァ……アァ……」


 喉の奥から響く呻き声。収税吏は口を両手で押さえて俯いた。背中が沸騰する泡が如く膨らみ、服を内から引き裂き――肌が弾ける。


「……な、何だ……あれ……」


 ブチブチッ――と豪快な音と共に、赤黒く膨張した血管が飛び出した。


 一本一本が蛇の様に頭を揺らし、気絶した村人達に喰らい付く。彼等は血管を通る毎に躰を縮め、収税吏の背中に取り込まれた。


 その数――二十人以上。


「ァ……がアあァァァァぁッッ!」


 大地を割る咆哮に呼応し、血管の蛇が大柄な肉体に何重も巻き付く。


三倍以上に膨れ上がった頭に角が生える。大口から牙が垣間見え、全身の筋肉が盛り上がった。


「……――ヨウシ……。準備万端ダ」


「……それも、精霊術?」


 かつて勇者が使っていた精霊術とは似ても似つかない有様を見、エスペロは実感した。ヒトの世界も様変わりしているのだ――と。

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