Epizodo 9

  ▽


 土を焼き固めた家々が立ち並ぶ村の中心で、小奇麗な身形の男達が声を荒げていた。


「払えないだァ? 何勘違いしてんだよ。払うんだよ。払えって言ってんだよ!」


 頭を刈り上げた収税吏は、大柄な体躯に合った怒声を上げる。


「……あれがシューゼイリ?」


「ああ、そうだ」


 群衆に紛れたエスペロの隣で、男が静かに頷いた。


「ふぅん……」


 収税吏。名前から考えなくても分かる通り、税を扱う者の名称だろう。即ち、国の中枢を預かる人物。脳を補佐する血管。


「――にしては、頭が良さそうには見えない」


 その姿は、さながら力を誇示する獣。知性の欠片も感じられなかった。


「末端の収税吏は、あんなのばっかりさ。税を取り立てるだけでいいんだ。必要なのは力――暴力だけなのさ」


 群衆が遠巻きに見守る中で、村長が小さく寂しい頭を地面に擦り付けた。


「今年は不作で……、村の者達が食うだけで精一杯なのです……。来年、必ず払います。ですから、どうか……どうか……」


 か細い嗄れ声は、エスペロの耳まで届いた。弱々しく言葉を発する度に、枯れ木より貧相な手足が痙攣する。


「……村長」


 男は悲痛な面持ち。


「……何故、収税吏は村長を苦しめる」


「え?」


 エスペロの真っ直ぐな瞳が、男の目を見据える。


「同じヒトだろう? 同じ人類。同じ人間。愛すべき家族じゃないのか?」


 魔族は共に支え合って暮らす。勿論、好む環境や生活様式は種族で変わる。――だから、その時は別れて暮らした。


 その差違を受け入れる必要はない。無理に迎合する必要もない。ただ〝そういう生物〟なのだと理解すれば良い。


 互いに尊重し、離れて暮らす。そうすれば、無駄に諍う必要性も生まれない。


 しかしエスペロには、収税吏も村長も同じ人間に見える。


 人類と魔族の戦争は既に終わった。にも関わらず、何故これほど厳しい徴収が行われているのか。


 これこそ、ヒトが望んだ〝平和のカタチ〟とでも言うのだろうか。


「同じ……。同じ、ね。あいつ等は、おれ達を同じ人間だなんて思っちゃいねえよ」


「え――?」


「あいつ等にとっちゃ、おれ達なんて虫ケラ同然さ。生きようが死のうが関係ない。税を納める道具か何かだと思ってんのさ」


「……」


 エスペロは何も言えなかった。


 どれだけ興味を持っても、どれだけ本を読んでも――ヒトの価値観は机上では学べない。


 今思えば、勇者が目指した〝平和〟も――その中身をエスペロは知らない。


 だから、


「……学ばなければ」


 見極めなければならない。


 かつて、勇者と約束した。どちらか一方、この戦争の勝者が世界の平和を築く。大陸に平穏を齎す。


 平和。それは〝母なる大地〟に憎悪の涙が流れないこと。


 平穏。それは〝母なる大地〟と寄り添って生きること。


 この世界に生まれた生命の全て――それは、大地の子ども。子の死を願う母は、いない。


 エスペロは勇者に負ける心算だった。世界は広い。表舞台に立たずとも、魔族が静かに暮らせる場所は幾らでも探せた。


 人類と魔族。その差違を受け入れる必要はない。無理に迎合する必要もない。離れて暮らせば、それで良い。


 そうすれば、互いの世界に平和が訪れる。――〝共存しない世界〟こそ、エスペロの思い描く平和の姿だった。


「……ッたく、ごちゃごちゃ煩ぇなあ」


 収税吏は、苛立った様子で腰の剣を抜いた。野次馬から悲鳴が木霊し、磨き抜かれた剣先が地面に蹲る村長の首に刺さった。


「きゃあああぁぁぁっっ!」


「村長ッ!」


「き、さまァァァ!」


 突然降って湧いた地獄の所業。首狩り風景に恐れ戦いた村人達が、四方八方へ悲鳴を撒き散らす。


 対して村の若衆は震える咆哮を上げ、農具を手に手に収税吏へ襲い掛かった。


「雑魚共が、オレ様に逆らうなァッ!」


 収税吏の剣は身の丈に届く大剣。その丸太の如き腕で一振り二振り剣を横薙げば、闘気溢れる若者達の首や腕が軽々と弾け飛んだ。


「オイ、見せしめだ」


 収税吏が、顎で部下達に指示を出す。


 部下達は『ヘイ!』と下卑た笑い声を上げ、腰の剣を引き抜いた。


「やっちまえッ!」


 収税吏の部下達は、荒い剣撃で残る男衆を斬り捨てた。


 当然、彼等も抵抗する。しかし、日々使い古された鍬の一撃は――ギラギラと日の光を反射する鎧が、いとも簡単に防いだ。


 泣き叫ぶ男の子は一蹴で首の骨を折られた。両手両足を縛られた女の子は、口を塞がれて大きな麻袋に無理矢理詰め込まれる。


 我が子を庇った母親は、手近な納屋に引き入れられた。代わる代わる収税吏の部下達が女を連れ込み、絶え間ない叫喚が続く……。


「クソ共が……ッ!」


 エスペロに気前良く話を聞かせれくれた男も、食いしばった唇から血を流してボロの槍を構えた。今にも収税吏に突撃する姿勢。


 その気勢を――エスペロは引き止めた。


「……止めてくれるな! おれはあいつ……に……」


 エスペロを振り返った男は、沸騰させた顔を一瞬で蒼褪めさせる。


「……あ、あんた……」


「――Nekredebla...」


「……え?」


 エスペロは、ゆっくりとした足で収税吏に歩み寄った。

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