Epizodo 5 仮面の裏

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「……ぬあぁぁぁーっ! もうヤダ! もうやだぁっ! エスペロ様に絶対嫌われたぁ!」


 エスペロの部屋を出た後、大広間の食堂に着いた途端――ミューヌは地団駄を踏んだ。


「どうしてくれんのよニンゲン共っ! 何で仲良く暮らさないのよ木偶の坊っ! アンタ達の所為で嫌われたら……うぅぅ~……」


 エスペロの前で姿勢正しくハキハキと返答を繰り返していたミューヌの姿は、今はない。その姿は、ボロボロと涙を零す子どもだった。


「エスペロ様は優しい方です。ミューヌ様を嫌ったりしませんよ」


 トリアドは、好々爺とした微笑を浮かべる。彼は、エスペロの部屋を出ても変わらない。


「何で分かんのよぉっ」


「私の中のラコンが言うのです。ミューヌ様も、本当は分かっていらっしゃる」


「……うぅぅ~……。でもぉ、絶対じゃないでしょぉ……。だって、一万年以上も眠ってらっしゃったのよぉ……」


「確かに、その影響は計り知れません」


「うああああぁぁぁぁーっ! エスペロ様に嫌われたああぁぁぁーーっ!」


 ミューヌの泣き声で、ドラゴン十頭の重量にも耐える床石や壁に罅が入った。しかし、トリアドは涼しい顔で紅茶のカップを傾ける。


 その尖った両耳は、耳栓で塞がれていた。


「……おや、ミドゥ様」


 トリアドがミューヌの姉妹の名を呟けば、彼女はピタリと泣き止んだ。


「ち、違うのよミドゥっ! これは泣いてたんじゃなくて……――そうっ! 発声練習をしてた」と、ミューヌが振り返る。


 食堂の扉は、開いてすらいなかった。


「……トリアド?」


「おや、見間違いでしたか。申し訳ない。私も歳ですね。扉をミドゥ様と見間違えるとは」


「ア・ナ・タ・ねぇ~……。どうやったら扉をミドゥと見間違えるのよっ!」


「世の中は不思議で溢れていますれば――あ、ミューヌ様もいかがですか? 中々、美味に仕上がりましたよ」


 ティーカップを掲げ、ミューヌに着席を促す。


「……もぅ。トリアドは、いーっつもそう。真面目に話すだけムダだわ」


「恐縮です」


「一応言っとくけど、褒めてないから」


 トリアドが淹れた紅茶の芳香で気分を落ち着け、ミューヌは改めて口を開く。


「――で、どうすんの?」


「どうすんの、とは?」


「だ・か・ら、どう言い訳すんのって話っ! エスペロ様の願う平和、全然叶ってないのよ。それどころか、年を経る毎に酷くなってる」


「そうですねぇ」


 魔族という共通の敵を退けた人類は、確かに平和を手に入れた。――〝仮初〟の。

 ヒトとヒトの争い。理由は単純だった。


 魔族と戦った――その最前線の国が、終戦後に他国へ復興支援を求めた。しかし、他国は拒否した。この理由も単純。


 その国に〝勇者〟が存在したから。


 魔王を退けた勇者は、既に〝ヒト〟とは呼べぬ存在へ進化を遂げていた。


 その力――その矛先が、もしも自分の方へ向いたら……。


 誰も彼も畏れた。


 ――だから、その国は勇者と一緒に滅んで貰う。それが、最も楽な選択だった。


 戦争で疲弊した国は、簡単に滅亡した。


 しかし、それでも問題は続く。滅ぼした国から勇者の力を掠め取った国が在る――と噂が流れた。


 人々は、更に争った。何十年も何百年も、何千年も――理由を変えて争い続けた。


 気付けば一万と三千年。人類は、今も争い続けている。


「今回の偵察に期待しましょう」


「……はぁ。何も、変わるワケないでしょ。ニンゲンは醜い戦争屋。わたし達が、一番分かってるハズよ」


「……」


 トリアドは、何も言わず紅茶を口に運んだ。


「ぬああぁぁぁーっ! もうっ! 問題は、エスペロ様に何て言い訳するかよ!」


 ネコナータとラコンの心は、今もミューヌとトリアドの中で生きている。


 即ち、エスペロの性格も心に深く刻まれている――ということ。


 優しく、道々に咲く花の一本一本まで気を配る性格。しかし闘う姿は雄々しく、魔王に相応しい魔族の象徴。


 その拳は鋼竜の鱗も貫通し、一息で海が枯れ果てる炎を操る。その魔眼は遍在する過去を見通し――正に天の権化とも噂されていた。


 それが、ミューヌ達の誇るべき主。しかし、その願望は……。


「信じましょう、人類を」


「心にもないコトを」


 何度も溜息を零したミューヌは――結局、姉妹達が帰るまで唸り続けていた。

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