第9話

「あ」

 屋上にあたし以外の人間がいるなんて初めてだった。「ごめん」

 向こうがあたしに謝ってくる。どうして謝るのだがわからない。話し掛けられたあたしは身体の芯が、かーっと熱くなるのを感じた。実際、鏡で自分を見たら顔は真っ赤になっていただろう。

 そこにいたのは男だった。初めて見る顔。このマンモス校で、初めて見る男子生徒なんて幾らでもいる全然珍しくない。

「大丈夫?」

「あばばばば」

 言葉を浴びせられるという程じゃない。だったの一言、二言だがあたしはもうノックアウト寸前だった。

「気分でも悪いの?」

「だだだだだだだだだ」

 あたしはもう動くことすら出来ない。震える声で「だいびょうぶでず」と言うのが精一杯だった。もうだめだ。普通に会話が出来ていない。頭のおかしな奴だと思われる。この場から逃げたい。逃げたいけど、身体が全く動かない。

 悪循環。

「いやけど全然、大丈夫なように見えないよ」

 男は近づいてくる。

 あたしの視線はその距離が縮まる程に霞んでいく。

「ばいびょうぶでぐ」

「え? なに?」

 ああ。身体に力が入らない。フルスピードで後ろに走って逃げたいのに。どんどんと視界が霞んで、全ての輪郭が曖昧になっていく。

「ねえ、どうかした?」

 男子生徒の手が伸びてくる。

「あわわわわわ」

 男子生徒の手があたしに触れるその瞬間、あたしは気を失った。

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