第5話
「それで、美紀はどっちが良いと思ってるわけ?」
漫画家のお姉ちゃんは火星での出来事が何かネタにならなかと思って、いつもこうやって色々と質問をしてくる。梅酒が少し回っているようで、あたしに良く似たお姉ちゃんの顔は仄かに赤くなっていた。
「うーん。けどまだ写真と資料だけだから何とも」
火曜日の朝だった。少し早く起きてしまったのでまだ登校まで時間はある。
「写真あるの? 見せて見せて」
「無理だよ。夢だもん。実際にはないんだから」
「そっか。そうだった。残念」
そう、女子高生で放課後は火星の宰相なんて奴、この世にいるはずがない。それは全部、あたしが見る夢の中での出来事。あたしが眠りにつくと必ず見れる夢。
「もう酔っ払ってるの?」
「お酒を飲むのってどうしてだか知ってる?」
「さあ」
「酔うためよ」
お姉ちゃんは梅酒をグラスに注ぎ足す。仕事がうまくいっていないのかも知れない。いつもよりもずっとペースが早かった。
「どうしたの? なんかすごい飲んでるみたいだけど」
「そんなことないわよ」
飲兵衛はみんなそう言う。自分が酒に溺れていることを否定をする。「それよりそのお妃候補の二人の話を聞かせてよ」
「えっと、二人は双子なんだよね」
あたしは自分の夢の記憶を手繰り寄せる。
「うんうん。それで」
「同じような顔してて、まあどちらもナイスバディで」
「死ねばいいのにね、そんな女」
お姉ちゃんは笑顔で呪いの言葉を吐く。彼女もあたしと同じ遺伝子を引き継いでいるので、平坦な身体つきをしている。お姉ちゃんがそういう魅力的な身体を持った女性を恨む気持ちは良くわかる。
「うん。それにはあたしも百パーセント同意。で、それで二人の性格なんだけどね、これが全然違うの。お姉ちゃんは王立研究所の研究員で、妹は冒険家」
「あんたが見る夢はいつも半端ないわね」
「あたしだって好きで見てるわけじゃないし。どちらも名家の出身だから王族になるには申し分ない家柄と経歴なんだけど」
「そっか。美紀の話を聞く限りだと、その研究員のお姉ちゃんのほうが向いているような気もするけど。妹って冒険家なんでしょ? 冒険家って家庭に入るってイメージないじゃない? しかもお姫様って柄じゃないわね」
「やっぱりそう思う? 今度、火星に行くときは、あたしもポポコさんにお姉ちゃんのほうを押してみようと思うんだよね」
あたしが牛乳を口に含んだ。火星でポポコさんに出されたものと全く同じ味だった。だがそれもそうだろう。全てあたしが見ている夢なんだから。
「当の王様はなんて言ってるの?」
「ニョルニョル?」
「うん」
「彼は呑気ね。頭の中、エッチなことばっかみたいだし。何も。一夫多妻制にしたらどうかとか言ってる」
「頭の中、エッチなことばっかって。それあんたが見てる夢でしょ? 美紀。つまりそれってあんたの頭の中もエッチなことばっかって意味じゃん」
にやにやとお姉ちゃんは意地の悪い笑みを浮かべた。
「違うよ。あたしじゃないよ」
「またまたぁ~。良いのよ。あたしたちたった二人の姉妹なんだから、そんな恥ずかしがらなくたって」
お姉ちゃんはエログロナンセンスな漫画ばかり描いているので、性に対してやたらとオープンマインドな姿勢の持ち主だった。
「違うって。あたし全然エッチなこととか考えてないもん」
「そんな夢ばっかり見るくせに」
「好きで見てるわけじゃないもん。火星の夢しか見れないだけだもん」
正直、火星の宰相になる以外の夢を見たいと思う。だが今はこれしか見れないのだから我慢するしかない。
「大人の玩具貸してあげようか?」
「もう酔っ払いは嫌い。シャワー浴びてくる」
「あー、美紀、御免ね。待ってよ。機嫌直してよ、一人で飲むのは寂しいよー」
「あたしこれから学校なの!」
「え~ん」
あたしは立ち上がり、泣き声のお姉ちゃんを無視するようにリビングを出た。「待ってよ~、美紀ぃ~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます