第十三章 啓子、おばさんパワー全開!
翌日から『ベネチアーノ』に
啓子と奈緒美のふたりがロッカールームで遭遇したら
その光景に驚いたのは、職場の仲間たちだった。
啓子は奈緒美に「石浜さんのこと応援するからね!」と言った手前、ふたりをくっつけたいと密かに作戦を練っていた。
昨夜、石浜に「明日、『Una famiglia』で食事をご馳走してください」とメールを送った。折り返し、石浜から「オーケイ」と送信された。ここのところ何度、誘ってもデートを断られていたので、よほど嬉しかったのだろうか? メールの絵文字がハートだらけで……ちょっと……キモかった。
『ベネチアーノ』のバイトが終わって出てきたら、石浜の赤いフェラーリがお店の前に停めてあって、啓子を待っていた。
《うわっ、なんて早い!》ビックリした。「啓子ちゃーん、こっち、こっち!」と手招きして呼んでいる。《そんなド派手な車。呼ばれなくても、目立ってるって!》苦笑する啓子だった。
「啓子ちゃん、『Una famiglia』の高野さんに予約入れといたよ!」
満面の笑みで石浜が言った。
「あのねぇー、急なんだけど予約三人に変更してくれない?」
「えっ? えぇー!?」
「お友だちが是非『Una famiglia』のお料理を食べてみたいって言うの」
「……そう、別に構わないけど……」
あからさまに不満そうな顔で石浜が答えた。ふたりきりのデートだと思っていたのに、あてが外れてガッカリした表情だった。
「お待たせー」
そこへ奈緒美がやってきた。
フェラーリの車内では、石浜の隣の助手席に奈緒美を座らせ、啓子はわざと後部座席にひとりで座った。
石浜のフェラーリに初めて乗った、奈緒美が大はしゃぎだった。
「石浜さん、この車、超かっこいいねぇー」
「あははっ」
奈緒美に車を褒められて、まんざらでもない様子だった。
そこで、すかさず啓子が、
「わたしって、車とか全然興味ないしぃー、軽自動車の方が燃費も良いし、お得だと思うの」
わざと野暮なことを言ってみる。
「フェラーリと軽自動車を一緒にされたら……」
「やっぱし、エコライフを考えないとねぇー」
「……まぁね」
大好きな啓子に全否定されて、さすがの石浜も返答に詰まっている。
「わたし、車の免許持ってないから、いつもママチャリに乗っているんだぁー」
「ママチャリって……」
プッと奈緒美が吹いた。
わざとKYなことを言っている啓子だが……しかし、免許を持っていないのは事実である。夫の宏明にどん臭いで車の運転はするなと若い頃に言われて、それ以降、運転免許を取ろうとしなかったのだ。
啓子のKYな発言でフェラーリの車内は可笑しな雰囲気が漂っていた。
『Una famiglia』に到着して、三人で来店したらシェフの高野がからかうように。
「石浜くん、今日は両手に花じゃないか?」
「あはは……」
返答に困って、曖昧に笑って誤魔化す石浜だった。
男ひとりに女ふたりと……なんとも
「え……っと、ワインはグラスの赤でいいね?」
メニューを見ながら、石浜がふたりに訊いた。
「うん。あたしグラスの白がいいわ!」
と、奈緒美が答えた。そして啓子は……。
「わたし、ボトルの赤ワインにしてね!」
「ボトルって? 啓子ちゃん大丈夫かい?」
びっくりしてメニューから顔を上げた石浜が聞いた。勝手に啓子を
「わたし、毎晩、
「晩酌って……なんかオヤジみたい」
奈緒美がクスクス笑った。石浜は我が耳を疑うといった顔で啓子を見ていた。
「グラスワインなんかチマチマ飲んでられないわ」
「啓子ちゃんってお酒好きなんだ」
奈緒美は啓子もお酒好きと聞いて『おおーっ、我が同志よ!』と言った感じで、嬉しそうなのだ。
「今夜は飲むぞぉー!」
先日の恨み《美味しい料理を前に、たった一杯しかワインが飲めなかった――》
料理と一緒に運ばれたワインの瓶を有無をいわせず自分の料理の傍らに置いて、啓子はひとり占め状態にした。石浜は運転があるので飲めないし、奈緒美はワインが苦手でビールか焼酎の方が好きなのだ。
石浜が予約を入れて置いてくれたので、高野シェフは前より手のこんだ料理でもてなしてくれた。《美味しいイタリアンと地中海ワイン最高!》思わず、舌鼓を打ちワインが進む進む――。
終いには手酌でどんどんグラスに注ぐ、啓子のテンポの速い飲みっぷりに……。
「啓子ちゃん、そんな勢いで飲んで大丈夫かい?」
「ヘーキ、ヘーキ、あははっ」
五十五歳の啓子と違って、二十歳の啓子はアルコールに対する免疫がまだ弱いのか?
ボトル半分くらいで急激に酔いが回ってきた。
「すごい飲みっぷりよね! あたしよりお酒強いかも?」
「へへん。これっくらい大したことないよぉー、ボトルお代わりー!」
「おいおい……」
空瓶を掲げて注文する啓子に、高野シャフと奥さんの
「啓子ちゃん、もうそれくらいにしておきなよ……」
「こんくらいじゃあー、ワインが足りないよぉー」
「飲み過ぎだってぇー」
奈緒美まで
「もっと飲みたいよぉー、このケチンボ!」
酔って管巻く啓子に、さすがの石浜もキレた。
「僕の友人のお店でそんな
「あんだってぇー?」
泥酔して目が座っている啓子が凄味のある声で聴き返した。
「……だから、もう飲むのは止めてくれよ」
「なんだとぉー、この若造がぁー」
すっかりヨッパのオヤジ状態である。
「若造って……?」
「石浜くん、あんたねぇーお店でみんなにチヤホヤされてるからって、いい気になってるんじゃないの?」
「どういうことさ?」
「料理人のくせに、赤いフェラーリとか乗り回してチャラチャラ格好つけ過ぎなんだよ」
「……だから、なにさ?」
「あんたの料理は格好ばかりで魂が籠もってないんだ」
ハッと弾かれたような顔になった石浜。
「そんなことじゃあー、いつまで経っても、ここの高野シェフの腕を越せない!」
「…………」
その言葉に憮然と石浜は黙り込んだ。
奈緒美はおろおろしながらふたりを見ていた。遠巻きに高野夫妻もふたりの遣り取りを聴いていたようだ。
……非常に気まずい雰囲気が流れた。
いきなり「わたし帰る!」そう言って、プイッと席を立って啓子は歩き出した。後ろで奈緒美の引き留める声がしたが……無視して出口へ向かってさっさっと歩く。
心配そうな理沙子さんに、「迷惑かけて、ごめんなさい……」小声で謝って、レジのテーブルに万札を一枚置いて、逃げるようにお店から飛び出した。
『Una famiglia』から、少し歩いた所で、啓子は運よくタクシーが拾えたのでそれに乗って帰ることに。
高野のお店でわざと醜態を曝して、石浜に愛想を尽かせるという。――自分の計画はたぶん上手くいったと思う。
後は奈緒美さんの頑張り次第だ。傷心の石浜を上手く慰めてあげられれば良いのだが……。
家に帰ると、バイトを辞めて暇を持て余してる愛美が料理を作って待っててくれた。なんだか……母子家庭みたいになっちゃってる。
「あれ? お母さん飲んできたの?」
「バレたかぁー?」
「ホントにもうぉー、啓子ちゃんがこんな不良娘だとは知らなかったよ」
「あはははっ」
プーと頬っぺたを膨らませて、プンプンとおどけて怒った振りをする愛美。わざと冗談を言って啓子を慰めてくれている。この歳(リアル年齢五十五歳)で父に捨てられた母を可哀相だと思っているのだろう。
先日、啓子は宏明に逢ったことを愛美に話した。その時の細かい状況も、もちろん聞かせた。その話を聴いて、冷静な愛美は、「どうも深い事情がありそうだから……もう少し様子を見てから、行動した方が良さそうね。そんな状況じゃあ、お父さんもすぐには戻れそうもないもの」確かに愛美の言う通り、少し宏明のことを調べてから行動した方が良さそうだ。
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