芽の月

2/10 豆乳クリームチーズ汁粉

最近、サバイバルゲームという趣味を始めた。

始めたというか、正確には戦場の勘を鈍らせたくないので、擬似的に多数対多数の戦いを再現できる訓練を見付けたと言ったほうが正しいかもしれない。


サバイバルゲームとは決められた広さの戦場でプラスチックの弾が出る銃を使って撃ち合い、自分のどの部分に当たっても一発で死亡判定を出すという競技だ。

どの部分に当たってもというのは自身の体だけでなく、持っている銃や防具等の装備品に当たった場合でも死亡扱いという事である。

片腕や防具に弾が当たった程度ならば死なずにまだ動く事が出来そうなものだが、そこは負傷度合いの際限が難しいので即死扱いにしているのだろう。

そのため、色々着込む重装よりも動きやすい軽装が推奨される。

ただ、プラスチックと言えども弾が素肌に当たると痣になる事があるので、プレイには長袖で厚い生地の服装を用意した方が良い。戦場ならば当たり前の事だな。


このサバイバルゲームとは中々難しい物で、熟練した者を相手取るとあっという間に側面に回りこまれて銃撃される。

この国は平和で何十年も戦争をしてなかったと聞いたが、在来の者のこれだけ戦闘力が高いというのは国力が高い事の現われだろう。我が国も見習って貰いたい物だ。

また、面白い事に攻撃力が高すぎて防具が防具の役目を果たしていないというのはどこの世界も同じようである。

プラスチック弾ではない本物の銃ならば鉄板を簡単に撃ち抜けるらしく、歩兵同士の戦いは基本的に機動力で決まるのだとか。

高い攻撃力と機動力、そして数と連携が重要なのは万国共通だな。どうせ喰らったら死ぬのだから防具は最低限で良い。


ビー!ビー!ビー!


と、そうこうしている内に相手のチームがこちらのチームの拠点のブザーを押した事で今のゲームが終わった。

私か?

私は銃が苦手なのでナイフアタックと言ってゴムで出来た黒いナイフを相手に突きつけて倒すというプレイをしている。

必然的に相手に近づく事になるので、だいたい最初にやられてこうして戦場の外に用意された待機エリアでゲームが終わるまで観戦する事になる。

毎回一人は倒せているのと囮にはなっているので、部隊のお荷物にはなっていないはずだ。多分。


『次のゲームまで十分の休憩を取ります。弾の補充や装備の点検をお願いします』


スタッフが拡声器を使って休憩時間のアナウンスをする。

球技などのスポーツと違ってサバイバルゲームはゲームごとに弾の補充が必要なため、こうしてゲーム間に適度な休憩時間を取る。

持ち込める弾の数に制限は無いのだが、先ほど言った通り重装は機動力が落ちたり被弾箇所が増えるため大量に持ち歩く事は推奨されない。

機動力を諦めて弾を大量に持ち込み、後ろから前線の援護としてバラまくという戦い方もあるが、無闇な発砲は自分の位置を敵に知らせるだけであり、前衛がやられた後は逃げることが出来く対応力が低い戦い方なので有効な戦術とは言い難い。


と、まあ、サバイバルゲームについてはいいのだ。


重要なのは休憩時間になる事だ。

ゲーム中に死亡扱いになった者は待機エリアでゲームが終わるまで待つことになるのだが、この待機エリアははっきりと言って寒い。

一応暖房器具は設置されているのだが、ゲームも終わりがけになると待機エリアの人数が増えるので熱線が遮られる。

最初のうちは私と私が倒した相手ぐらいしか居ないので暖房器具の前を占領出来るのだが、そのまま終わりまで長時間占領するというわけにはいかないだろう。

なので、ゲームが終わったのなら早々とセーフティエリアと呼ばれる荷物を置くための机や休憩するためのベンチのあるエリアへと駆ける。

そして自分達のチームの荷物が置いてある机の真ん中にある携帯ガスコンロの火を付ける。


「なんであんたそんなに元気なのよ…」


ガスコンロの上には鍋が置いてあり、中には缶詰のゆであずきと豆乳で作った豆乳汁粉が入っている。

汁粉とは小豆に砂糖を加えて甘く煮た『餡子』という物で作るスープ料理であり、通常は水で溶いて作る所を豆乳で溶いた物がこの豆乳汁粉だ。

『餡子』は豆のジャムと言えば分かりやすいだろう。豆を甘く煮るという発想には驚かされたが、これが中々美味い。


「え、ガン無視?」


ゲームの間に放置されていた豆乳汁粉は底に餡子が固まってしまっているので、ガスコンロの火でそれが焦げないようにお玉でゆっくりと掻き混ぜる。

この時、底に溜まった餡子の黒に近い茶色と豆乳の白とが渦のように入り混じり、綺麗な斑模様を魅せるのが幻想的だ。

本来の汁粉は餡子の色と同じ色をしているが、混ぜきった豆乳汁粉は餡子と豆乳の色が混じって淡い紫のような色をする。


「あんたが速攻で死ぬから、この私が最後まで残ってあげてたんでしょーが」


沸騰させると水分量が減って甘さが強くなってしまうので、その手前で火を止め、余熱で全体の温度が一定になるようによく混ぜる。

そうしたらお玉で紙コップに掬うのだが、ここで一つ特別な事をする。

汁粉は基本的に餡子と水だけで作る物なのだが、稀に具として白玉団子や甘く煮た栗やサツマイモを入れる事がある。

甘い物に甘い物を入れるというとても素晴らしい発想だ。

だが、今日は白玉団子や栗や芋の代わりに、なんと小さく切ったクリームチーズを入れる。

クリームチーズの濃厚な味わいが豆乳に深みを出し、仄かに感じるしょっぱさが餡子の甘さを引き立てる。

こんな寒い時は、この豆乳とクリームチーズと餡子によって作られた、とても幸福を感じる飲み物を……


「あ、ずるい、私にも頂戴!」

「これは私のだ!!」

「いーじゃん、どうせまだあるんだし。功労者の私から貰ってもいーでしょ!!」

「何が功労者だ、後ろで芋ってただけだろう。せめてこちらのブザーより前に居ろ!!」

「はー!?最初に防衛しないでいきなり突っ込んで死ぬ人には言われたくないですー!」

「一人倒してるから問題ない!」

「人数が減ると穴が出来るから結果的にはマイナスなんですけどー?頭に栄養が行かない人には分かんないかなー?」

「お前こそその媚びた喋り方を止めろ!その歳で恥ずかしくないのか!?」

「あーーーーーダメだわ。歳の話はダメだわ。もうこれは戦争だわ。この辺が焼け野原になってもあんたのせいだから!」

「この私から食べ物を奪うお前が悪い。それにこの距離でお前が私に勝てるのか?」

「勝てなくても負けなければ問題ない!自爆上等!!」

「よかろう!受けて立つ!!」

「ちょ、ちょっ、ちょっと!先輩達!!落ち着いてください!他の人達見てますから!!」

「「あっ!」」








豆乳汁粉の材料は豆乳と餡子だけだが、量は豆乳を餡子の二倍程度用意すればいい。

火にかけて蒸発する事を考えるとやや多目でもいいかもしれない。

クリームチーズは一口サイズにカットする事が必要だが、面倒ならば最初から一口サイズの大きさで販売されている生食可能のチーズでも良いだろう。

後は豆乳と餡子を混ぜて温め、容器に入れてからチーズを浮かべるだけだ。

とても簡単だな。そう、まるで積み上げた人間関係を崩す時のように簡単だ。


弁明はした。

弁明はしたが、一度落ちた信頼と付いてしまったイメージの物色は難しい。

くっ、これも全てあいつが悪い。あいつが私から豆乳クリームチーズ汁粉を奪うから悪い。

今晩はヤケ飲みだ。土鍋一杯に豆乳汁粉を作ってやる。

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徒然ウィード @dekai3

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