6/11 春巻き
「私だってたまには贅沢をする。金をかけておいしい物を食べるのだ」
そう言って啖呵を切ったはいいが、ハッキリ言おう。金が無い。
しかし、それでも一度口から吐いた唾は飲み込めないので、軽量化された財布を持って商店街の八百屋兼魚屋兼鉄板焼きの店というガラパゴスな店へと向かう。
この店は私がこの街に来る前からある店であり、野菜や果物が少しおかしいんじゃないのかという値段で安く買える、懐にとても優しい店だ。
客の様相もガラパゴスであり、周囲の飲食店で働く白衣のままの従業員や、年金生活で節約をしたいおじいさやおばあさんや、仕事に行く前のアパレルショップの店員だろうギャルやゴスロリや、果てはコスプレイヤーと見まごう格好をしている者達が居る。
買い物に来る客も様々なのだが、苺がパックで150円という値段で売られている隣に発泡スチロールに入った鰹が1500円で売られていたり、その隣ではバスケットボールより大きいキャベツが200円で売られている等、中々に混沌としている。
特に店内の冷蔵ケースの中はすごい。二十年前の竹輪とかある。棚卸しと言う概念はあるのだろうか。
「さぁ~寄っといで~」と震えながら声を出す齢90歳の名物店員のおばあさんの声を聞きながら、このガラパゴスな店の軒先に並んでいる野菜たちを見て思考を張り巡らせる。
いかに安く贅沢をする物が作れるか。それが本日の課題だ。
ふと、もやしの大袋が98円なのが目に付く。1kgはありそうだ、安い。
そして、ニラが一袋98円なのも目に付く。いいぞ、その調子だ。
さらに、店内に入って乾物コーナーを見回る。あった。春雨だ。
最後はこの店で数少ない冷蔵コーナー。よし、春巻きの皮もある。
そう、春巻きだ。
米の皮で炒めた野菜と肉を包んで揚げた、この国の西に位置する大陸の料理である。
生春巻きもこの春巻きの皮を水で戻せば簡単に作れるが、やはり揚げた春巻きのほうが満足度が高い。
大陸の料理は野菜も美味しく食べられるからとても良いな。懐にも優しいし。
作る物を決めた後は颯爽と材料を購入して家へと帰り、冷蔵庫を開ける。
そこに鎮座するは激安スーパーで安売りしていた豚のばら肉の塊。
豚肉、もやし、ニラ、春雨、そして春巻きの皮。おまけに土産で貰った干し椎茸を水に漬けてから電子レンジでチンした物。
ふはは、圧倒的じゃないか我が軍は。
まずは肉と野菜を適度な大きさに切り、ごま油多めで野菜炒めを作る。味付けにオイスターソースを少し使うと高級感が出る。
そして片栗粉でとろみをつけてあん状にし、平たい皿やパットに広げて荒熱を取る。
この時に適度な大きさに切った春雨を散らして、余熱で柔らかくする。
そして冷めてきたら春巻きの皮で包み、通常の揚げ物よりやや高温の油でキツネ色よりも濃い色になるように揚げる。
ここで低温のまま揚げると皮がパリパリにならないのでよろしくない。そして、中の具は既に火が通っているから皮を揚げるだけでいいのだ。
作り方はこれだけ。
こんなに簡単で安いのに、とても美味しい物を腹いっぱいに食べられる。これを贅沢と言わんとして何が贅沢か。
かける調味料のおすすめは醤油。飽きたらポン酢。適度に練り辛子も良い。
ああ、とても幸せだ。
春巻きは美味しい。すごく美味しい。パリッとしてる。とても良い。美味い。幸せ。止まらない。パリパリ止まらない。パリパリまだある?沢山ある。天国か?天国だな。
流石は私だ。
こんな安価で贅沢をするとは。自分の才能と知識が恐ろしい。
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