逆転の秘策???

 レーヌの協力によって、ミスコンへの参加要項である『五人の推薦人』を締切ギリギリの滑り込みセーフで満たしたミヤビ様。五人目の推薦人がレーヌであることは彼女から固く口止めされていたし、他にわざわざ伝える人もいないから、ミヤビ様は当然その真実を知る由もなく、


『ま、ようやく私の魅力に気付いた人が現れたってことでしょ』


 と勝ち誇ったような笑みを浮かべるのだった。まあ、知らない方が幸せなことって世の中にたくさんある。

 しかし、話はこれで終わりではない。むしろここから先がもっと辛く厳しく絶望的な戦いになると言えよう。ミヤビ様がミスコンに出ると言い出した理由を振り返ってみてほしい。ミヤビ様の目標は、ミスコンにエントリーすることではなく、今年のミスコンで圧倒的大本命と目されるレーヌに勝つことなのだ。


 推薦人を集めるだけでこんなに苦労したんだから出られるだけで満足してくれないかなあ、という淡い期待は、エントリーに成功したことを告げた直後の彼女の


『よっしゃあ! ここからが本当の勝負ね。気合入れ直して、あのレーヌ・スターリングにギャフンと言わせてやるわよ!』


 という一言によって脆くも打ち砕かれた。万が一、いや億が一ミスコンでミヤビ様に負けたところでレーヌは何とも思わないしギャフンなんて絶対言わないはずだけど、彼女はとにかく何でもいいからレーヌに勝ちたいらしい。ダイヤモンド侯爵の仲介で結ばれた休戦協定のためにレーヌと戦うことができない鬱憤を、このミスコンで晴らしたいのかもしれない。


『男に媚びを売ることしかできないロリ顔のおっぱいオバケに負けてなるもんですか!』


 ――だそうだ。なんか趣旨が違うけど。


 まあそんなわけで、昼休みの屋上に集まったいつもの四人による作戦会議が始まった。

 とはいえ、状況はあまりにも絶望的である。エントリーは五人集めるだけででよかったが、本選で勝つためには広く学内の男子の支持を得なければならない。一学年200人以上、全校生徒約700人弱の我がハンロ高校。男女比はほぼイーブンで、つまり主に投票権を持っている男子生徒は3~400人。苦労して集めた五人の推薦人が票を投じても、せいぜい全体の1~2%ほどにしかならないのだ。

 無論、男子生徒全員が必ず投票するとは限らないものの、過去の例から考えても大部分の男子生徒が参加するだろう。そして今回の大本命であるレーヌ・スターリングは全体の50%近い票を獲得すると見られている。これは去年の覇者であるジュエラー・シンハライトことロザリーを僅かに上回る数字なのだ。

 つまり、あと200人ほどの支持者を集めなければレーヌに勝つことはできない。数字にすると現状の厳しさがはっきりわかってしまうので、もちろんこの情報はミヤビ様の耳には入れていないが、まあわざわざ僕が言わなくたって彼女も理解しているだろう。数学の成績は僕よりはるかに上なのだから。


 この状況で起死回生の策がそう簡単に浮かんでくるわけもなく、一人で息巻くミヤビ様の気合だけが空回りしているような状態だった。

 レイさんはいつもの仮面のような微笑で、何を考えているのかさっぱりわからない。アイちゃんは相変わらずの無表情。ロザリーも退屈そうに髪を弄んでいる。みんな本音ではミスコンなんて興味がないのだ。

 おそらくレイさんもロザリーも、今日は『エントリーできなくて残念だったね』とミヤビ様を励ますつもりで屋上に顔を出したのではないか。それがなんとエントリーできてしまったものだから、内心では面倒くさいことになったと思っているかもしれない。ああ、僕がレーヌにミスコンのことを話してしまったばっかりに。

 とはいえ、久しぶりに元気になったミヤビ様を見ていると、そんなに悪い気もしない。少なくとも失敗して塞ぎ込まれるよりはずっといいと思う。何だかんだ言って、彼女は僕たちのムードメーカーなのだから。


 ところで、ミヤビ様が自分で弁当を作って持ってきていることは以前触れたはずだが、他の三人の昼食事情は三者三様だ。

 まずレイさん。女子たちの群れに混じってそのお弁当をお裾分けしてもらっていることが多いレイさんだが、そうでない場合は、大抵出前をとっている。ハンロ高校が出前OKだったことにもまずびっくりなのだが(他に使っている人を見たことがないからもしかしたら特例的措置かもしれない)、驚くべきはその内容。出前といってもピザやラーメンではない。チトセシティの名だたる高級店の料理が弁当になって運ばれてくるのだ。ミヤビ様が昔裕福な家のお嬢様だったとは聞いたことがあるけれど、レイさんの素性や過去はまだ謎のヴェールに包まれている。彼も金持ちの御曹司だったりするんだろうか?


 アイちゃんは大体いつも生協のパンとお茶。家族と離れて単身チトセシティにやってきた彼女は、そうやってなるべく食費を安く済ませているのだろう。家庭の事情などで弁当を用意できない生徒はそのパターンが多い。いつも豪勢なものを食べているレイさんと比べると気の毒になるが、レイさんに勧められても彼女は自分で買ったもの以外はほとんど食べない。新顔だから遠慮しているのかもしれないけど、何もそこまで頑なにならなくてもとは思う。


 ロザリーの昼食は、栄養ドリンクやサプリメント系のゼリーっぽいものと決まっている。

 彼女は常に少食なのだ。デートに行っても、ケーキやパフェを一個食べるだけですぐに『お腹いっぱい』と言うし、パンケーキなどでボリュームがありすぎるものは残してしまうこともあるほど。その理由についてロザリーは多くを語らないが、きっと常にコルセットを巻いているからではないかと思っている。お腹にあんなの巻いてたら僕でも何も食べられないだろう。


 っと、話が逸れたが、目下の問題はミスコンでミヤビ様の票を増やしレーヌに勝つにはどうすればいいかだ。でもそんな、無から有を生み出すような、神の奇跡にも匹敵する妙案がすぐに思いつくわけもない。無理ゲーがすぎる――と思っていたのだけれど。


「一つ、いいアイディアがあるよ」


 沈黙を破ったのはレイさんだった。

 え、マジで? 一体どんな方法があるの?

 四人の視線が一斉にレイさんに注がれる。ミヤビ様は訝しげに尋ねた。


「……一応、聞いてみるけど、アイディアって何?」


 レイさんはけろりとした笑顔で答える。


「ハンロ高校の生徒全員に100万円ずつ配るんだよ。『ミスコンの投票先は雅・ファンディーナにお願いします』って一言添えてね。そうすればきっと、皆雅に投票してくれるんじゃないかな」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ダメ。却下」


 0.1秒さえ間を置かない即答だった。まあそりゃそうだ。


「ええ、どうして? じゃあ1000万ならどう?」

「金額の問題じゃないから。とにかく却下」


 ミヤビ様に冷たくあしらわれたレイさんは残念そうに肩を竦めたが、微笑が一瞬苦笑に変わったぐらいで、それでも笑顔は崩れなかった。

 ちなみに今更ではあるが、シャダイ王国の通貨単位は円。当然賄賂という概念は存在するし、社会通念上よろしくない行為だという認識は一般的に共有されているのだ。いや、それ以上に疑問なのはレイさんの金銭感覚だが、まあここで深くつっこむ話でもないか。


 ミヤビ様は苛立たし気に手作り弁当の唐揚げを箸でつまみ、そのまま口に放り込んだ。

 シャダイ王国とは食文化が違うメイダン生まれのミヤビ様が、何故シャダイ王国固有の料理である唐揚げやきんぴらごぼうを作ることができるのか、そして箸を上手く扱えるのか。以前それとなく尋ねてみたことがあるが、理由は至ってシンプルで、今回シャダイ王国に潜入するために練習したというものだった。

 でも、いくら練習したと言っても、普段からよく料理をしていなければ、簡単に覚えられるものではないだろう。彼女の意外に家庭的な側面が――いや、待てよ。これだ。閃いた!


「それだ! それだよミヤビ様!」

「……は?」


 ミヤビ様は唐揚げを頬張りながらきょとんとした顔で僕を見る。


 意外性。ギャップ。

 世の中に『ギャップ萌え』という言葉があるように、普段の言動からは想像できない意外な一面を知ると、人の心は大きく動かされる。高飛車なお嬢様キャラと広く認知されているミヤビ様が、実は料理上手で家庭的な一面を持っていると知ったら、皆結構驚くのではないだろうか?


「料理だよ料理! 君の手料理を皆に振る舞うんだよ。そうすれば、ああ、雅って意外に家庭的な一面があるんだな、って思われる。高圧的なイメージを変えられるかもしれないよ」

「なぁるほど、その手があったか」


 レイさんも僕の意見に同調してくれた。が、ミヤビ様はあまり気乗りしない様子だ。


「ええ~、ちょっとめんどくさいな、それ……」

「私もいいアイディアだと思う」


 と、最後のひと押しをしてくれたのはロザリーだった。


「雅さんの作ったお料理、私も食べてみたいし……って、こんな不純な動機じゃだめかな?」


 ロザリーは嫋やかな微笑を浮かべながら、小さく首を傾ぐ。その仕草の流麗さに、僕は思わず嘆息した。これぞ鶴の一声というのだろうか。ミヤビ様は隠し切れない照れ隠しで苦笑する。


「……べつに、料理ぐらいならいつでもしたげるけどさ……」


 そして、眦を決して言った。


「わかった、やってやろうじゃないの。ハンロ高校全校生徒に、振る舞ってやるわ、あたしの手料理を!」

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