五人目の意外な推薦人
「あと一人……!」
昼休みの屋上で、ミヤビ様はベンチの背にもたれかかりながら低い呻き声を上げた。
僕の他に屋上に集まったのは、ロザリーとレイさん、そして新顔のアイちゃんの三人。
僕とミヤビ様の二人きりになることが多かった昼のランチだが、最近ではアイちゃんもよく顔を出すようになった。ロザリーも以前よりよく学校に来ているし、ランチの時間はかなり賑やかになっていると思う。
ミヤビ様は決して口には出さないけれど、内心ではとても喜んでいるはずだ。僕と二人きりの頃と比べると明らかに口数が多くなっているし。いくら強がっていても、やっぱり今まで寂しかったんだろうな。
それにしても、この実は超人揃いのメンバーに新しく加わった一般人の仲間である一年の巴旦杏アイという子は、地味ながらかなり変わった子のようだ。まず、女の子なのにほとんど自分から喋ろうとしない。僕やミヤビ様が話しかけなければ、一言も口を聞かずにずっと黙ってスマホをいじっているのだ。自分の世界を持っているタイプっていう感じがする。
変わっている点はそれだけではない。彼女はいつも制服の上にフードのついた黒いパーカーを羽織り、フードを目深に被っているのだ。もう五月も半ばを過ぎているから、日によっては普通の制服姿でも汗ばむような陽気になることもあり、街中にも上着を着ている人はほとんど見かけなくなった。それなのに、彼女は頑なにパーカーを脱ごうとしないのである。
寒がりなのかと思って見ていると、鼻の頭にうっすらと汗が滲んでいたりして、別に寒いわけじゃないことがわかる。しかし、『暑くない?』と声をかけると、パーカーの袖で汗を拭いながら『大丈夫です』と答えるのだ。何かそこまでしてパーカーに拘る理由があるのだろうか。
まあ疑問は尽きないけれど、それはそれとしてミヤビ様である。
「あとたった一人なのに……」
と、ミヤビ様は空を仰ぐ。あと一人とは他でもない、ミスコンの推薦人のことだ。
四人目を探すのにも苦労したのに、それからすぐ五人目が見つかるはずもなく。全くあてのないまま、エントリー期限である今日を迎えてしまった。
僕も一応何人かクラスの男子に声をかけたりはしてみたのだが、やっぱりミヤビ様は男子に嫌われ過ぎていて、僕の力ではどうしようもなかった。逆に『何でそんなにあいつの肩を持つんだ』と言い返されてしまうぐらい。ミヤビ様とレイさんが転入してきた直後から親しくしているのを妙に思われていたこともあり、それ以上押すのは無理だと僕は判断した。ミスコンのために僕たちの関係を無意味に疑われることは避けたかったからだ。
というわけで、僕なりに尽力してみたものの、効果はほとんどなかった。
締め切りは夕方の五時だから、残りあと四時間ほどで五人目なんて見つかるわけない。
ミヤビ様自身容姿にはかなりの自信を持っているし、五人の推薦人なんてすぐに集まると考えていたような節がある。
だが現実は厳しかった。レーヌに対抗するどころではなかった。彼女は自分でも想定していた以上に、特に男子から嫌われていた。だからこそミヤビ様は自信を喪失し、こんなに落ち込んでいるのだ。
でもまあ、ちょっと気の毒だとは思うけど、自業自得の面もあるし、こればかりはどうしようもない。今日の夕方を過ぎたら気分を切り替えて、早く元気な彼女に戻って欲しい。僕にできるのはそう願うことぐらいだった。
午後の授業の間、ミヤビ様はジトッとした恨みがましい視線をレーヌに送り続けていた。ミヤビ様の視線の圧力は、レーヌの隣の僕にまで突き刺さっていた。鈍い僕が気付くぐらいだから、当事者であるレーヌが気付かないわけもなく。レーヌは僕にこっそりと小声で尋ねてきた。
(ねえ、何なの? 今日の雅さん。なんかちょっといつもより変じゃない?)
『いつもより変』ってことは、常に多少は変だと思っていることになるが、まあそれはいいとして。
バスジャックの一件以来、レーヌがこうして僕に話しかけてくる機会はめっきり少なくなった。ロザリーが学校に来ている場合は特に皆無と言っていいほど。会話の内容だって必要最低限だし、態度もよそよそしい。だから、すぐ目の前にロザリーがいるこの状態でレーヌが僕に話しかけてくるのは、最近では極めて珍しいことだった。
(うん、まあ、ちょっと変だね)
(やっぱりそうだよね?)
さてどうするべきか。ミヤビ様が軽く病んでいる原因はミスコンに他ならないのだが、それをレーヌに話していいものだろうか? レーヌはミスコンの話など全く知らないだろうし、密かに優勝候補筆頭に挙げられていることだって全く知らないはずだ。あまり女子にミスコンの話をするなとラニからも釘を刺されてもいる。
が、レーヌとミヤビ様の事情を考えると、単純にそれだけでは片付けられないようにも思う。和解とはいかないまでもどうにか小康状態を保っている二人の関係が、ミスコンなんかのせいで妙にこじれてしまうのは避けたい。そのためにレーヌを無意味に不安にさせるのは得策ではないと僕は考えた。特に、ミヤビ様と違ってレーヌは話せばわかってくれる相手だと思うからだ。
(う~ん、実はね……ミヤビ様がああなっちゃってるのは、ハンロ高校のミスコンのせいなんだ)
(え? 何それ? ミスコン?)
(うん。実はね……)
結局僕は、ミスコンのことを全てレーヌに話すことにした。
彼女自身の全く与り知らぬところで勝手にミスコンにエントリーされ、その上優勝候補の大本命にまで祭り上げられていることに、レーヌは酷く驚いた。いや、驚いただけではない。顔を顰めて露骨に嫌悪感を示していた。いつも温和な彼女のこんな表情を見るのはこれが初めてのような気がする。
(えええ、キモチワルイ……それって、辞退することはできないの?)
(一部の男子が勝手にやってることだからなあ。嫌だと言っても、投票はされるんじゃないかな)
その時、
「おい、そこの二人! 何こそこそ話してるんだ!」
と、世界史の教師の怒号が飛び、クラスメイト達の視線がいっせいに僕たちに集まる。もちろんロザリーもこちらを見た。話していた相手がレーヌだったからか、ロザリーは無表情ながら明らかに不機嫌になっていた。怒ることなんて滅多にないロザリーだが、別に喜怒哀楽の感情が欠落しているわけではない。そして彼女はガチで怒ると完全に無表情になるタイプ……だと思う。
凍てつくようなロザリーの視線に曝されて硬直する僕のかわりに、レーヌが教師に答えてくれた。
「すみません先生、ちょっとわからない言葉があったので、モーリス君に教えてもらっていました」
自分が留学生であることを上手く利用した完璧な返答だ、と僕は思った。教師もそれに納得したらしく、
「そうか、じゃあ仕方ないか……」
と、再び黒板に向き直る。
ロザリーの目もあるし、この話はここで一旦打ち切りとなった。
ああ、後でちゃんとロザリーにフォロー入れとかないとなあ。
!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i
つつがなく授業は終わり、その日の放課後。学校を出ていつもの帰り道を行こうとすると、校門の前でレーヌとばったり出くわした。
「こんにちは、モーリス君」
「あ、レーヌ……」
そして僕たちは久しぶりに一緒に帰ることになった。一緒に帰るどころか、こうして二人で歩くことすらバスジャック事件以来だ。レーヌの表情はまだちょっとぎこちないけれど、それでも一時期よりはだいぶ和らいだように思える。
とはいえ、バス停までの道のりはお互いに無言だった。レーヌも僕から少しだけ距離をとって歩いていたように思う。もしかしたら周囲の目を気にしたのかもしれない。
バスはあいにく満席で、僕たちは吊り革を持って並んで立った。ざっと車内を見渡してみたが、今日はいきなりマシンガンを持ち出しそうなガラの悪い乗客はいないようだ。まあ、そんなことが見た目でわかったら苦労はないか。
と、その時。バスがガタンと大きく揺れ、
「わっ!」
「きゃっ!」
バランスを崩したレーヌがこちらにもたれてきて、まるで予定調和のようにその豊満な胸が僕の体に押し付けられた。レーヌから発せられる芳しい香りと柔らかい感触に僕の下半身がどういう反応を示したかは、もはや言うまでもないと思う。
レーヌも当然それをわかっていて、もっこりと盛り上がった僕のズボンを見てぽっと頬を赤らめた。
「ご、ごめん」
「ごめんなさい……」
恥ずかしそうに視線を泳がせながら、さっと身を引くレーヌ、そして流れる気まずい空気。凄まじくデジャヴを覚える状況だ。今日も彼女は肩を小刻みに揺らしてクスクスと笑い出し、そして言った。
「モーリスが謝ることなんてないじゃない。生理現象なんでしょ? 仕方ないよ」
「うん……まあ」
「なんか、ちょっと懐かしいね、この感じ」
その瞬間、バスジャック事件以降僕たちの間に蟠っていた見えない何かが、一気に氷解したような気がした。
レーヌには最早完全に勃起キャラと認知されてしまったみたいで、かなり恥ずかしいけど。
バスを降りたところで、レーヌは思い出したように言った。
「そういえば、お昼に言ってたミスコンの件なんだけど……」
「ああ、うん」
そこで僕は、最近のミヤビ様とミスコンに関する話を一通りレーヌに話して聞かせた。彼女がレーヌに対抗してミスコンにエントリーしようとしていること、そのためには推薦人が一人足りないことも。
「つまり、雅さんはあと一人推薦人がいれば、ミスコンに出られるっていうこと?」
「あぁ、まあ、確かにそうなんだけど……」
僕はスマホで時間を確かめる。時刻は午後四時五十分、まだ辛うじて締め切り前ではあるが……。
「じゃあモーリスは、そのためにここ何日か周りの男の子たちに声かけてたんだね」
「え、気付いてたの?」
「隣の席だもの、断片的だけど、会話の内容は聞こえてくるよ。推薦……って、何のことなのかわからなかったけど、今ミスコンの話を聞いて納得した」
「ははは。まあ、実はそうなんだ。僕の力では一人も集められなかったけどね」
「ロザリーさんが推薦人になれたなら、私にだってその権利はあるんでしょう? なってもいいよ、私。雅さんの推薦人に」
「……え?」
何で?
レーヌからの思いがけない提案に、僕は言葉を失った。レーヌがミヤビ様の推薦人になってもメリットは何もない。そして、現在は休戦状態にあるとはいえ二人は敵同士。だからこそミヤビ様もミスコンに参加するなどと言い出したわけで。もっともレーヌのほうはさほど敵対心は抱いていないようだけど……。
レーヌは穏やかに微笑んだ。
「私が推薦人になったってことは、できれば雅さんには内緒にしてほしいな。私だって知ったら、きっと彼女も嬉しくないと思うし……。あ、でも、締切は今日の夕方なんだっけ? 今からでも間に合うのかな」
「間に合う、多分間に合うよ!」
僕は大急ぎでスマホを取り出した。ミスコン実行委員会には謎が多く、その実態はほとんど知られていないが、僕たちのクラスではラニがその窓口になっているのだ。
しかし、スマホの画面に集中してSNSアプリでラニにメッセージを送っている最中、レーヌが
「あっ!」
と悲鳴を上げながら僕の体に抱き付いてきた。この間みたいにまた通行人とぶつかったんだろうか、僕の体に再びレーヌの豊満なバストが押し付けられて、ズボンの前がテントを以下略。その盛り上がりを確認して照れ笑いを浮かべたレーヌは、
「じゃ、モーリス、また明日」
小さく手を振りながら去って行った。
まったくあの子はなんてラブコメ体質なんだ……。気恥ずかしさから何気なく周囲を見回した僕は、レーヌにぶつかったらしき人影が辺りに全く見当たらないことに気付いたが、ミスコンの期限が迫っていることを思い出し、慌ててスマホの画面に集中した。
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