バスジャック・パニック!
「おら! 全員両手を上げろ! このバスは我々グリーンフォレストが乗っ取った! おかしなマネをするやつは、このマシンガンで蜂の巣にしてやるぞ!」
バスの前方から飛んできた、男の野太い声。
声のした方を振り返ると、銃を構えた二人の男の姿が目に入った。バスの運転手に拳銃を突き付けた痩せぎすの男。そして、サブマシンガンを構えたまま車内全体を見渡す、筋骨隆々としたスキンヘッドの大男。
「ほら! 早く手を上げろ!」
あまりに突然の出来事に、乗客の間ではどよめきが起こったが、未だ状況が飲み込めないでいる乗客に対して、大男は畳みかけるように叫んだ。その迫力に圧され、方々の座席からおずおずと一対の手のひらが掲げられる。僕とレーヌも、周りに倣うように、ゆっくりと両手を上げた。
「ようし、いい子だ。その素直さに免じて、我々の計画を君たちだけにこっそりと教えてやろう。これからこのバスはチトセシティの市庁舎に向かう――市庁舎に何の用があるかって? これさ」
大男はそう言って、足元に置いてあった黒いボストンバッグを得意気に掲げ、そのファスナーを開けた。中に入っていたのは、なにか筒状のものがたくさん束ねられたもの。それが大きめのボストンバッグいっぱいに詰まっていた。それが何なのかは、素人目に見てもわかる。
「これが何だかわかるか? ――そう、爆弾さ。これは我々グリーンフォレストが独自に開発した新型爆弾。これだけでもビルの一つや二つは楽に吹っ飛ばす威力がある。市庁舎のど真ん中でこの爆弾が爆発したらどうなると思う?」
大男は気味の悪い微笑を浮かべたかと思うと、かっと大きく目を見開いて、
「どかーーーーーーーん!!!」
バスの外にまで聞こえるのではないかと思うほどの大声でそう叫んだ。車内のそこかしこから小さな悲鳴が上がり、その反応を楽しむかのように、大男は哄笑する。
「ガッハッハッハ、面白そうだろう? そういうことだ。このバスはこれから市庁舎に突っ込み、そこで爆発する。諸君はそれまでの間の人質というわけだ。重ねて言うが、妙なマネをしたやつは市庁舎に着く前に蜂の巣にしてやるから、くれぐれも妙な気を起こさないようにな」
嬉々として一通りの演説を終えた大男は、再びいかつい表情に戻り、車内に隈なく視線を走らせる。
なんてこった。
僕は心の中で悪態をついていた。ロザリーの任務に巻き込まれ、ブランボヌールとスターリング一族の争いに巻き込まれ、今度はグリーンフォレストのバスジャック犯だなんて。こんなんじゃ命がいくつあっても足りないよ!
このままでは奴らの爆弾テロに巻き込まれて死んでしまう。かといって、拳銃とサブマシンガンで武装した相手に僕なんかが太刀打ちできるわけもなく。僕はちらりと隣のレーヌを見た。
レーヌの能力なら。
あの夜、ロザリーを襲撃した彼女の能力ならば、或いは――そう考え、しかし、すぐにそれを打ち消した。相手が一人ならばそれも可能だったかもしれないが、今このバスの中にいるテロリストは二人。レーヌの能力は事前に呪文の詠唱を必要とするものだから、仮にどちらか一人を倒すことができたとしても、次の呪文を唱えている間にもう一人のバスジャック犯に撃たれてしまうだろう。ここには彼女を守る忍者たちがいないのだ。それに、大勢の乗客がいる前で怪しげな能力を使ってしまったら、きっと彼女はシャダイ王国にいられなくなる。
そう、元はと言えば、僕がレーヌにバスの乗り方を教えるなんて言い出さなければ、彼女もバスジャックに巻き込まれることはなかったのだ。僕は小声で隣のレーヌに話しかけた。
「ごめんね、レーヌ」
「え、どうして?」
「僕が変に出しゃばって君にバスの乗り方を教えようとしなければ、君はこんな……」
「いいよ。私はそんなこと全然気にしてない。それよりも今は、この状況をどうするか考えましょう」
レーヌはそう言って、場違いなほど明るく微笑む。彼女の明るい笑顔に僕の心はほんの少し救われたけれど、でも、それでは何の解決にもなっていない。まずはどうにかしてこの窮地を脱出しなければ。
僕は必死で頭を巡らせた。しかし、乏しい知恵を振り絞って考えたところで、拳銃とマシンガンを無効化するアイデアなんかが浮かんでくるわけもなく。暗澹とした気持ちになりかけたところで、レーヌがぽつりと言った。
「ねえ、モーリス、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「え、何?」
「私の携帯端末に、部下の忍びたちの連絡先が登録されているらしいの。だから、これを使って、連絡をとってくれないかしら? ……私、これの使い方がまだよくわからなくて……」
僕はレーヌの制服の胸ポケットに収められたスマートフォンを見た。
「一応、私の位置情報はみんなに共有されていて、私に何かあったら直ちに駆けつけられる範囲に誰かが待機しておくことになっているらしいの。だから、連絡すればすぐに助けが来るはずよ」
「それはいいけど、手を下ろしたら奴らに気付かれるんじゃない?」
「うん……難しいかもしれないけど、でも、それしか手段はないと思う……」
たしかに、この状況を打開するには、外部と連絡を取る他に手段はなさそうだ。こういう緊急事態の場合、警察よりも近くにいるレーヌの部下のほうが頼れるようにも思える。忍者といえば、過酷な訓練を積んだプロの戦闘集団。相手が銃で武装していたとしても、活路を見出せるかもしれない。
それに、レーヌの提案以外のアイディアがないのも事実。僕は彼女のアイディアに乗ることにした。
しかし、手を使わずにスマートフォンを操作するとなると、手段は限られる。まずは彼女の胸ポケットからスマートフォンを取り出さなくては。
「じゃあ、ちょっと、ごめんね、レーヌ……」
レーヌに一言断りを入れて、僕は彼女の胸ポケットに口を近づけた。
え? スケベだって? 手が使えないんだから、他に手段がないじゃないか!
レーヌの胸ポケットから顔を出しているスマートフォンの上部を前歯で咥え、ゆっくりと引き抜く。もう少し、あと少し……。
だがその瞬間、突然バスがガタンと大きく揺れ、僕は勢い余ってレーヌの胸に思いっきり顔を埋めてしまった。豊満なレーヌのバストはうちの枕よりもずっと柔らかくて……って、違う、わざとじゃない! わざとじゃないからな!
「ひゃぅん……」
レーヌが小さく声を上げる。
「ご、ごめん……」
「いいから、続けて……」
続けてって、埋める方? ……なわけないよね。僕はもう一度レーヌのスマートフォンを咥えて、胸ポケットから抜き取った。
「ほへ、ほうひはらいいほ?(これ、どうしたらいいの?)」
「モーリスの太ももの上に落としてちょうだい。まずは私がやってみるから」
よく今ので通じたな。
レーヌに言われた通り、僕は咥えたスマートフォンを自分の太ももの上にぽとりと落とした。え、でも、これをレーヌが操作するってことは、つまり……?
レーヌはおもむろに僕の太ももに落ちたスマートフォンへと口を近づける。
「もしもし」
レーヌの声に反応してスマートフォンの画面がアクティブになった。音声認識機能で彼女の声を登録してあるのだろう。しかし、これでは声でスマートフォンを操作していることがテロリストに知られてしまうおそれがあるのではないか――レーヌも同じ懸念を抱いたらしく、そこからは鼻先でタッチパネルを操作し始めた。
太ももの上、それも膝寄りではなく足の付け根に近い位置に置かれたスマートフォンを操作するレーヌ。もぞもぞと頭を動かすその動作は、こう、卑猥な連想を引き起こし……。
「何やってんだ、お前ら?」
「ひえっ!」
その時、すぐ近くで大男のドスのきいた声が響いた。
レーヌの頭の動きに集中していた僕は、通路を歩いてきたバスジャック犯の気配に気付くことができなかったのだ。レーヌもびくりと体を震わせ、緊迫した空気が漂う。
ただし幸いなことに、窓側に座った僕の太ももの上のスマートフォンは、通路側に座って僕の膝の上に覆い被さったレーヌの頭に隠れているため、通路に立っている大男からは死角になっていた。スマートフォンのことには気付かれていないようだ。
どうしよう、何か答えなければ。この状況で相手を納得させるには……。
これしかない。
「あ、あの、すいません、なんか急にムラムラしちゃって、彼女に頼んじゃったんです……それだけです……」
ああ、我ながらなんつー言い訳だ……。レーヌも僕の言い訳に合わせて、
「もごもごもご」
と声を上げた。
すると、大男はあからさまに顔を顰め、
「……バカじゃねえの?」
とだけ言い残して、再びバスの前方に戻っていった。
ふう……危なかった……。大男が去ったのち、僕の太ももから顔を上げたレーヌは、何とも形容しがたい恥じらいの表情を浮かべていた。
「ご、ごめんよレーヌ、さっきはああ言うしか……」
「うん、わかってる……あぶなかったね」
「それで、どう? 連絡はとれた?」
レーヌは首を横に振った。
「だめ。なんていうアプリだったか聞いたはずなんだけど、色々あってどれがどれだか……」
あ~。なるほど。今はスマートフォンでも最初から複数のSNSアプリがプリインストールされているからなあ。
「じゃあ、僕がやるしかないか……」
とは言うものの、それには大きな問題がある。
例えば、さっきレーヌがしたのと同じように、彼女の太ももにスマートフォンを落として僕が鼻で操作するとしよう。しかし、僕の座席は窓側でレーヌは通路側。さっきと同じようにまたバスジャック犯が巡回に来た場合、さっきはレーヌの頭でスマートフォンを隠すことができたけれど、次は通路側から丸見えになってしまう。かといって、席を代わったりしたらさすがに怪しまれてしまうだろう。
その懸念をレーヌに伝えると、彼女は目を伏せ、声を震わせながら、消え入りそうな声で呟いた。
「……カート……かに……」
「えっ? なんて?」
それまで以上にぼそぼそとしたレーヌの声はほとんど聞き取れず、耳を寄せて聞き返すと、
「スカートの中に頭を隠してやれば、大丈夫……かも……」
おいおい、この子、なんかすごいことを言っているぞ……。
僕はレーヌのスカートを見つめながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
でも、それしか手段がないんだったら……仕方ないよね?
それから僕たちが行った作業はこうだ。
まず、レーヌが僕の太ももに乗ったスマートフォンを咥えて持ち上げる。僕は口でレーヌのスカートをパンツが見えないギリギリのところまでめくり、露わになった生足の太ももにレーヌがスマートフォンを落とす。そして、めくったスカートを軽く太ももにかけなおし、僕がレーヌの股の間からスカートの中に頭を突っ込む。
言葉にすると簡単なように聞こえるけれど、これがなかなか難しい。レーヌの太ももにスマートフォンを置くところまではスムーズに進んだのだが、スカートの中に頭を入れるのに苦戦した。普通に頭を突っ込もうとすると、スカートが僕の頭に引っかかってめくれ上がってしまう。だから、レーヌに通路側の足を上げてもらって、左右の太ももの間に角度がつき、スカートに隙間ができたところで、頭をグイっと……あ~、何やってるんだろう、僕。
それでも何度か失敗し、その度に、レーヌは小さい呻き声を漏らした。何度でも言うけど、わざとじゃないからな!
これはいっそのこと、パンツが見えるところまでスカートをめくって頭を入れた方が早いのではないか――そう思い始めた頃、僕の頭はようやくスカートの中にすっぽりと納まった。
スカートの中は真っ暗だったが、スマートフォンのバックライトのお陰で、ほんの少し視界が確保されている。レーヌの清楚な白いショーツが目の前に……って、今はそんなこと考えている場合じゃない!
煩悩を捨て、スマートフォンの画面に集中した僕は、レーヌがやっていたのと同じように鼻でタッチパネルを操作し、まずはメールのアドレス帳を確認した。が、登録件数はゼロ。まあ、SNSが発達した昨今、操作が煩雑なメールを使うことはあまりなく、レーヌはまだスマホを使い始めたばかりということもあって、0件であっても驚きはない。彼女が言うにはどれかのSNSアプリに連絡先が載っているはずなのだが、レーヌのスマートフォンにインストールされているSNSアプリは三つ。どれを使えばいいのだろう。
ところで、自分がされる側だったときは気付かなかったのだが、太ももの上に乗ったスマートフォンを鼻で操作する際、どうしても時折唇が太ももに触れてしまう。おそらく僕はズボンを履いているからその感触に気付かなかったんだろうけど、レーヌのスカートの中は当然生足なわけで……。
「はっ……んっ……」
僕の唇がレーヌの程よくむっちりした太ももに当たるたび、彼女は切ない声を上げた。重ねて言うけど、わざとじゃないからな!
「あの、レーヌ、君の部下の名前を聞いてもいい?」
「ケ、ケンイチと、クリストフ……他には誰も登録されていないはず……んっ」
「ご、ごめんね、早く見つけるから……」
ちゃちゃっと全てのSNSアプリを確認し、僕はレーヌの部下二名の連絡先を発見した。でも、何て送ればいいんだろう……とりあえず、バスジャックに遭っていることを伝えるべきか。などと考えていたら、再び車体が大きく揺れて、
「んぁっ!!」
レーヌが一際大きな声を上げた。今の振動で、僕の顔が彼女の、その、デリケートな部分に思いっきり突っ込んでしまったのである。
大男のドシンドシンという足音がこちらに近付いてくる。
「……なんだ、今度はそっちか」
大男の呆れたような声。バスジャックに遭遇しているというのに、僕は女の子のスカートの中に頭を突っ込んでいるのだ。どんな顔で僕とレーヌを見下ろしているかは、わざわざ確認しなくても想像がつく。僕はとりあえず謝ろうと思った。
「ご、ご、めんなさい」
股に顔を突っ込んだまま答えてしまったため、その一言の間にも、レーヌは何度かびくりと体を震わせた。ごめん、ごめんよレーヌ!
だが、それよりも問題なのは、スマートフォンで外部と連絡を取ろうとしていることに、大男が感付いているか否かである。さっきはどうにか言い逃れられたけど、こうも続けざまだと、流石に怪しまれるかもしれない。相手の顔が見えないだけに、さっきよりも反応が怖い。
でも、帰ってきたのは意外な言葉だった。
「若いって、いいな……」
大男はしみじみとそう呟いて、また前方へと戻っていったのだ。
……えっ、それで終わり?
危機一髪、どうにか切り抜けることができた……のか?
戸惑っていると、上からレーヌの声が降ってきた。
「モーリス、いつまでそこに顔突っ込んでるつもり?」
「わわっ、ごめん」
それから僕は、ケンイチとクリストフのアカウントにレーヌがバスジャックに遭遇している旨のメッセージを真面目に送り、立派に役目を果たして、レーヌのスカートの中から頭を出した。
「終わったよ、レーヌ」
ほんのりと上気したレーヌの表情は、少し怒っているようにも見える。そして彼女はジトっとした目で僕を見ながら言った。
「モーリスのえっち」
「ご、ごめん……なさい」
それはそれとして、レーヌのスカートの中は、お香みたいな、とてもいい匂いがした。
窓ガラスを派手に破って、二つの黒い影が車内に飛び込んできたのは、それから数分後のことだった。
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