第4話 アンチクリスタル

「リカルド、約束が違うぞ!」


 アントニオは黒いスーツを着た屈強な男に羽交い絞めにされていた。


「そりゃこっちの台詞だ。妙なやつを連れてきやがって。もう既にあちこち嗅ぎまわられてる。だから、俺たちはプランBで行くことにした。悪く思うなよ」


 リカルドと呼ばれた、黒スーツに金縁のサングラスをかけたスキンヘッドの男が、アントニオの頬を叩く。そして噛んでいたガムを床に吐き捨てると、大声で怒鳴った。


「おい、娘は見つかったか?」


 既に一階はリカルドの連れてきた黒服の男たちにめちゃめちゃに荒らされており、黒服たちは二階の捜索を行っている最中だった。


「いました! クローゼットに隠れてやがった」


 階段を下りてきた手下のひとりが、まだ十歳ぐらいの幼い少女の髪を乱暴に掴んで引きずってくる。少女の顔は痛みと恐怖に歪んでいた。


「クララ!」


 アントニオは悲痛な表情で叫んだ。その様子をリカルドが苦々し気に見る。


「けっ。狂言誘拐のネタに使おうとした娘っ子に、いまさら同情かよ。大体、餌に使った反物質結晶アンチクリスタルだって、その娘っ子の母親の遺品をかっぱらったんじゃねぇか」

「お前らが脅すからだろう! それに、殺すってどういうことだ。俺たちの身の安全は保証するって言ってたじゃねぇか!」

「てめぇがヘマしなきゃ、こっちもこんな面倒なことをする必要はなかったんだ。なにしろ誘拐保険にはあっさり加入できたんだしな。だが横やりが入っちまった以上、誘拐保険は足が付く。だったら、お前さんに掛けた生命保険で回収するしかねぇだろ。この娘に乱暴しようとしたところをお前さんが銃で撃たれてお陀仏。この子は世を儚んで自殺。泣けるねぇ。しかも単純明快。保険会社もニコニコ現金払いって寸法よ」


 リカルドは意地悪そうな笑みを浮かべて得々と己の計画を語った。

 その時である。

 ガラスの砕け散る音と共に、カウボーイハットの少女と一匹の豹が窓から転げ込んできた。少女は帽子のつばを左手でちょっと持ち上げると、リカルドを右手で指し示す。


「あんたが黒幕? ならば、倒す!」

「誰だ、てめぇ!」

「通りすがりの探偵よ!」


 ミライはコンバットナイフを構え、黒服の男たちに切りかかった。男たちは光子銃レーザーガンで応戦するがトリガーを引いてもくすぶった音が出るだけで動かない。クルーガーの力場防御壁フォースフィールドが効力を発揮しているのだ。

 ミライはコンバットナイフの柄を鈍器のように振るい、男たちをばったばったと戦闘不能に追い込んでいく。クルーガーは、巨体に似合わぬ俊敏な動きで跳ね回り、ミライの背後から襲い掛かる敵をなぎ倒していく。


「ちっ。やってられるかよ!」


 リカルドはくるりと背を向けると仲間を見捨てて逃げだした。それを追いかけるミライ。玄関を飛び出すリカルドの首根っこを捕まえた瞬間、後ろで大きな爆発音が聞こえ、一瞬のタイムラグの後に爆風がミライを襲った。ミライはたまらず手を放して転がる。よろめきながらも走り出したリカルドはそのまま置いてあった機械馬ホースロイドにまたがった。


「あばよ!」


 リカルドは機械馬ホースロイドのアクセルを全開にして走り出す。みるみるうちに遠ざかっていくリカルドを、ミライはじっと見つめ、そして背を向けると半壊した家へと戻った。

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