第2話 マリブ・ミルク
「なーんにもないじゃない」
お気に入りのカウボーイハットを目深にかぶったミライが、巨体をゆらしながら歩くクルーガーに愚痴をこぼす。それもそのはず。版図をアンドロメダ星雲にまで伸ばそうという人類の
「お若いの。こんな辺鄙な街になんの用じゃ」
老人をじろりと一瞥して返事もしないミライに代わってクルーガーが挨拶を返す。
「こんにちは。実はエル・ベガスで人と待ち合わせをしているのですが、少々早く着きすぎてしまったので……この街に立ち寄った次第です」
老人はクルーガーを見てふうむと瞠目し、そして楽しそうに笑った。
「はっはっは。貴殿は
「このアタシを成金娘……ですって?」
成金娘という言葉に反応して、ミライの瞳が剣呑な光を帯びるが、それは間髪入れず挟まれたクルーガーの声にかき消された。
「ご老人。この街にどこかゆっくりできるような場所はございませんか。あるいはちょっとした観光を楽しめる場所など」
「ゆっくりできるような場所など、この街にありはせん。どうしてもというなら、そこの酒場にでも行ってみるがいい。昼間っから飲んだくれている阿呆どもばかりだが、なに、お前さんがついていればお嬢ちゃんが危険な目に会うこともないだろうて」
クルーガーは礼を言うと、なおも不満そうなミライのわき腹を鼻の先でつついて歩かせる。
「何か飲み物ぐらいはあるでしょう。ただ、くれぐれもお酒はお召しにならぬよう」
「まあクルーガーなんてことをおっしゃるの?
ミライは、目をパチパチとしながらわざとらしい言葉づかいで微笑むと、酒場の
店内は薄暗く、煙草と酒の匂いが染みついている。周囲の男たちが好奇と羨望の眼差しでミライを熱く見つめるが、一匹と一人は気にせずカウンターに歩を進め、ひげを生やした中年のマスターに声を掛けた。
「ペテルギウス産シトラスベリーのフレッシュジュースを頂けるかしら」
「お嬢ちゃん。ここは酒場だ。酒のほかにはミルクしかねぇよ」
ミライの怒りは、再度クルーガーの声に阻まれた。
「では、ミルクを頂けますか。お嬢様にはココナッツシロップで割ったマリブ・ミルクを。こちらは熱いホットミルクで」
「ほう。最近の
マスターが店の奥に引っ込むと、ミライがクルーガーにささやいた。
「ホットミルクなんて飲めたっけ? 熱いわよ」
「先日の
ほどなくしてマスターが戻ってきた。湯気の立ったカップと、可愛らしいビーチパラソルの飾られたグラスを差し出す。ミライはくるくるとパラソルをかき回すと、ストローに口をつけた。
「あら、美味しいわ。クルーガー、そっちはどう?」
クルーガーは前足を器用にカウンターの上にのせるとカップを掴んで口元に注ぎ、一口で嚥下した。その精悍な顔からは表情はうかがい知れない。
「なるほど……ただ、私にはいささか少なすぎたようです」
「ふふっ。そんな一口で飲み干すものじゃないわ」
表情を和らげるミライに向かって、マスターが話しかけた。
「ところで、お前さんたちみたいなよそ者が、こんなさびれたところに何しに来たんだ?
「外れ。でも、その話は面白そうね。何があったの?」
「これは余計な事言っちまったかな……」
マスターは鼻の頭を掻きながら、それでも格好のうわさ話相手だと思ったのか、カウンターから身を乗り出すとひそひそと小声で話し出す。
「ここから北に30マイルばかり行ったところにマグダレナ鉱山てのがあるんだが。そこの地下岩盤で
「そう……発見された
「そういう専門的な話はよくわからんが……たしか
その言葉を聞いて、ミライとクルーガーはちらりと視線を合わせる。そしてミライは腰元につけたポーチから金色に輝く
「面白い話を聞かせてくれたお礼よ」
マスターはチップをひったくると後ろ手に持って、ニコニコと愛想笑いを浮かべた。
「こりゃまたどうも。首を突っ込むのはお嬢ちゃんたちの自由だが、気いつけなよ」
軽く会釈をして酒場を出るとミライはクルーガーに訊ねた。
「どう思う?」
「
「誰かがこっそり隠した。でしょ?」
クルーガーはグルルと肉食獣の声帯を鳴らし、首を縦に振った。
「じゃあ決まりね。いざ、名探偵の出番よ!」
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