銀河美少女伝説

藤良群平

第1話 ロデオフィッシュ

「ねぇ、クルーガー。まだぁ?」


 そこは星間巡洋船スペースクルーザーロデオフィッシュのコクピットである。ごちゃごちゃとしたインジケーターが所狭しとならぶ操縦席コクピットの後方に備え付けられた作戦投影装置オペレーションパネルに堂々と胡坐をかいてのたまう人物の名はミライ・七夕・ゴールドウィン。世界一の推理力(本人談)と類まれなる美貌(本人談)でその名をあまねく銀河に知られる名探偵(本人談)である。

 名探偵かどうかは議論の分かれるところだが、美貌という点ではあながち誇張ともいえないだろう。軽くウェーブのかかった明るい金髪ブロンドは肩先まで伸び、透き通るように青く潤んだ瞳と、シンメトリーなカーブを描く形の良い鼻の下には、柔らかく色づく桜色の唇。小柄だが均整の取れた体から伸びる四肢からは、生命の持つ躍動感といったものが余すところなく表現されていた。


「お嬢様。まだ昼すぎでございます」


 そんなミライの問いかけに答えたのは、クルーガーと呼ばれた一匹の豹だった。いや、これは果たして豹なのだろうか。体のサイズは人間の三倍、いや四倍はあり、その野性的な毛皮の模様さえなければむしろ熊といったほうがしっくりくる。そして、もう一つ際立った特徴は、その頭頂から首元にかけて取り付けられた銀色のヘッドセットだ。毛皮にかくれて接合部の全ては見えないが、よく見れば数本のパイプが頭皮に潜り込んでいるのが確認できる。上部にはいくつかのセンサーが配置され、首元にはいくつかのスイッチ。生体改造獣バイオビーストだ。

 そもそも豹とは、遠い昔に消滅した人類発祥の地、地球テラで崇められていたとされる聖獣である。そのDNA情報を入手するには宇宙船スペースシップが一台買えるぐらいの銀河通貨ギャラクシーチップが必要だし、ましてや復元となるとどれだけの費用がかかるのか。金持ちが道楽で作らせたものであることは想像に難くない。


「約束の時間まで、まだたっぷり時間はございます。そんなところで不貞腐れてないで、先日の仕事であちこちから送られてきた請求書の整理でもなさってはいかがですか?」


 クルーガーは落ち着いた声で少女を諭した。その声はヘッドセットではなく、クルーガー自身の声帯から発せられている。これは生体脳自身が人間と同等レベルの言語処理能力を持っているということを示していた。


「もう、あんな請求書! クライアントが絶対に急ぐっていうから無理しただけじゃない。なんでアタシばっかり悪者にされちゃうのよ」


 宇宙服スペーススーツにつつんだ肢体をじたばたさせながら暴れる姿はまるで子供のようだ。だが、こう見えても今年で十七才になる。そろそろ彼氏の一人もいておかしくない年齢ではあるが、どうしたわけか出会いがない。


「そうは言われましても、星系進入用の重力門グラビトンゲートであれだけ派手な戦闘をなされたのですから……」

「たかが捕縛弾キャプチャビットを十数発ぶちかましただけじゃないの。あの程度の弾もよけられないなんて宇宙船乗りの資格ゼロ! 小惑星帯アステロイドベルトで玉突き衝突しちゃえばいいのよ」

「ご自身の反射神経を基準にお考えになってはいけません。常人にあんなものを避けるのは無理というものです。お嬢様は、何しろ銀河にその名をとどろかせる名探偵なのですから」


 名探偵、と言われたミライはへにゃへにゃと相好を崩す。もし第三者がこの様子を見ていたら、チョロイ、と思ったであろう。だが、クルーガーはあくまでも紳士的に、上品にふるまった。


「まあ、お嬢様が退屈なさっているのなら、時間は少し早いですが現地に降りてみましょうか。もし多少の揉め事が起きたとしても、今日の約束がつぶれる程度で済みますし」

「クルーガー……アタシが揉め事を起こすって決めつけてない?」


 ミライが柳眉を逆立てる。


「めっそうもございません。ただ、お嬢様はお美しくていらっしゃいます。世の男性がお嬢様をめぐって余計な諍いを起こしてしまうのは致し方のないことかと」


 クルーガーはこういうと、悠然と副操縦席サブコクピットの方に歩き出した。ミライはすっくと立ちあがると大股でジャンプして主操縦席メインコクピットへストンと収まる。そして、操縦舵ステアリングを握り締めると高らかに宣言した。


「じゃあ行くわよ! 加重加速降下アクセルランディング!」


 ミライの駆るロデオフィッシュが、キューに突かれたビリヤードの玉のように急激な加速を開始した。船体が、周囲の空気をイオン化しながら灼熱の光を放ち、赤茶けた地表へと降下していく。目的地まではわずか15分程度の小旅行ショートトリップだった。

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