第7話
硝子でできた薄い翅が鍵盤を叩く。それは一年で一度だけある瑠璃色蝶の結婚飛行である。
羽ばたくほどに割れ砕ける蝶たちの破片はピアノの白黒荒野が広がるこの町唯一の名物だ。
その光景の美しさは喩えようがなく、詩人たちにとっての奥義であるという。
世界中の郵便局が羨望の眼差しで(或いは鼻高々としてか?)眺めるピアノの旋律は聞く人々の心臓の歯車をかちゃかちゃとさせる。
灰色のレコード盤が酔っぱらった指先からキラキラとした映画を上演させる時は月が空のあちらこちらに現れる祭りの始まりの合図なのである。
私は足早に蝶たちの輝く飛行機雲を追った。まるで軌道周回衛星の破片の一つ一つが意志を持つ蟻のように氷砂糖をなめていた。それを拾って歩くのが私の仕事である。蝶の破片は良質な切手の材料になる。この切手ならばはるか遠くの星界に浮かぶ蜂の巣のような雲の群れにまで届くという。
関節が喜怒哀楽のどれでもない無表情である内に、月の灯りが翅を照らしているうちに、階段ばかりで出来た町はずれのコンサートホールに向かわなければならない。今日の演目は花の名前を持つ騎士が星界の果てに送ったラブレターそれが元で文明が一つ滅ぶというもので、噂では実話らしい。
硝子の雨が美しい旋律を奏でる。落雷の無いことは祝福なのだ。
詩人たちはビールを飲みながら即興劇に興じる。もつれる足が不思議と様になっていて、彼らの卒業公演、青春の終わりに似合いである。
落雷が無いのは祝福である。
演者のいない舞台の周りをうろつく猫たちが狐に化け術の教授を願い出たとき狐たちは招き猫の小判を要求したが、二つ尾でない猫たちにそんなものはなく断られた。諦めきれない猫たちは狸に教えを請うことにした。狸は快く術を伝授した。猫たちは替わりに空中で体勢を反転させる技を教えた。
提灯さえもが七色に変化するこの町のコーヒーは結婚飛行の後に残る余韻を隠し味にしているという。
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