第5話

 太陽が電子回路に沈んでいくのをサーカスから逃げ出した象の背中から見ていた。

 象の大きな背中は不思議な罪悪感があり、その背中から見る夕日は奇妙な背徳を覚えさせた。

 この町の教義は簡単だ「快楽こそは正義」である。

 電子たちは今日も愉悦を得るためにサーカスをはしごする。それが論理回路たちの見世物によって複雑な演算処理を可能にするこの町の仕組みだ。

 今日も町に賑やかな夜が訪れた。電子たちは光速に近い速さで回路の上を走り回り、そうとは知らず人間に利用されているのだ。彼らがその労働の対価を人に求め始めれば人の世はあっという間に借金まみれになるだろう。だが、この町の教義が快楽を与えることであることを思い出せばその心配が杞憂であると分かるだろう。

 我々と電子たちは利害が一致しているのだ。これを幸運と言わずなんといおうか。

 電子たちは夜になると箪笥の隅から現れ、複雑に入り組んだこの町の街路を右往左往しながら数々の論理回路(サーカス)を見て回る。そのトリッキーな動きが合理的計算の秘訣なのだと町の設計者たちは語る。

 しかし雨が降るとこの町はその役目を終える。電子たちはどこかに行ってしまい、サーカスも店じまいする。

 昨日のことだ、この町に雨が降ったのは。だから今はこの地には誰もいない。残されているのは町を離れることが出来ない老人や滅びゆく街の郷愁を歌にしようとしている吟遊詩人たちくらいなもので、私のように郷愁に浸る人間は珍しかった。

この象は多分、サーカスが別の町に行く準備に追われているのを見計らって逃げてきたのだろう。

 雨が止んだ後の町はきれいな平地だった。ただ、電子たちが通った道は複雑な幾何学模様として残っていたし、サーカスの跡地も草が生えていなかった。それがかつての隆盛を伝える残骸だった。

 さて、これからどうしてものか、私は象に尋ねた。

 「どうしてサーカスから逃げたんだ?」象は空を飛ぶ事でそれに答えた。動物が飛ぶ事は別段珍しいことではないが、象が飛ぶというのは初めてだった。

 象の飛行は慣れたもので心地よかった。もしかしたら象はこうやって自由に飛ぶために逃げだしたのかもしれない。

 目的地の無い飛行は月が天井にかかるまで続いた。

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