第3話

 桜色のダイアが太陽を閉じ込め、淡く光る時をこの街では”鷹の心臓”という。

 不確かな足音と共に猫たちは雲を動かす溜息をはく。

 月が馬車のヒヅメで欠ける音は、冷えきったワインが割れる快音に似ている。

 旅人達の女神が、仕事を忘れた詩人がこよなく愛したという黄昏の劇場は無限後退する魔術師の螺旋の呪文を刻んだ鳥たちの翼休めの場である。

 この街は忘却である。

 透明で重さの無い海に沈む残骸である。

 人々は影だけを残した。

 青い影を。

 魚たちは天を泳ぐためにひれを大きく広げて月を抱擁しようとした。

 星は近くにあり、手を伸ばすと小さな光を救うことは簡単だ。

 医者がさじを投げた患者ばかりが暮らす図書館が町のはずれにある。そこの人々は常に笑顔で、たくさんの本を読んでいる。この図書館では患者自身が病気の治療法を独自に研究している。彼らは死ぬまで研究を続ける。コーヒーが湧く泉、極楽鳥の羽毛の布団が各部屋に用意され研究にもってこいの場所である。

 しかし、この図書館には桜がないのである。

 桜。

 この街の象徴たる鷹の心臓。

 機械式計算機の複雑な歯車のかみ合う音が桜の歌う歌と不協和音を織りなす事が分かってからというもの図書館の近くには桜が植えられなくなった。

 たまに鳥たちの翼に付いた花びらが春の訪れを告げる。

 規則的な機械の音の合間に鈴の付いた首輪をした猫が憐美のまなざしで図書館の住人達の足元を(あるいは頭上を)歩いた。

まるでワルツを踊るように鳥たちは星をついばむ(彼らの夜のごちそうなのだ)。

 新聞配達がこの図書館にあまりいい感想を持っていなのは、患者たちが笑顔だかららしい。普通の人々にはあの笑顔は作り物めいて見えるのだ。それは間違いではないが、悲壮と愉悦にいったいどんな差があるというのか?

 とにかく文字という文字は患者に吸い込まれて、彼らが一冊の本になってしまう時、彼らは本当の意味で死に不死の存在になるのだ。まるでダイヤが太陽を閉じ込めるように。この図書館に所蔵されている本の何パーセントかは元人だというのがもっぱらの噂だ。


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