第93話 カラドラスの決着

※すみません、前回、二日連続で更新しますとか言っておきながら、時間が無くてできませんでした(^_^;) もうできそうもないことは言いませぬ。




 そして翌日の午前、両軍はカラドラスの南の平原で対峙した。


 マンジュ軍は総勢約三千騎であった。

 それ故、リューシスも前日の言葉通りに三千人の軍勢で臨んだ。


「本当に同じ兵数で来るとはな」


 自ら総大将となって全軍の指揮を執るマンジュ王バイジンは、言葉の端にわずかな不快感を滲ませた。


「父上。このような舐めた真似をしたことを後悔させてやりましょうぞ」


 草原の向こうに黒く固まって見えるリューシス軍を眺めながら、傍らの王子バティは口端に薄笑いを浮かべた。


 昨日バティは、リューシスによって縄を解かれた後、感情のままに怒りを爆発させた。

 敗北して捕らえられたにも関わらず、その縄を解かれて再戦の機会を与えられた上、同じ兵数にしてもらうなど、まるで大人が子供を相手に馬比べをするような行為であり、屈辱の極みであるからだ。

 だがバティは、夜食を取った後には気持ちを切り替え、父のバイジンや残った将軍らと共に気焔を上げた。


「同数であれば負ける気はしない。この一戦であの赤毛の首を挙げてやる」


 バティは雪辱に燃え、錬鉄の手槍を握りしめた。

 彼の愛槍は少々特殊で、両端に刃がついている。それ故、単純計算すれば通常の槍の二倍の手数を出せる。彼は生来の強力でこの槍を振り回し、戦場で数多の首を挙げて来た。


 バティは、自軍を見回した。

 約三千の騎兵。中央にバイジン、バティ、弟たちが率いる主力二千、その左右両翼には部下の将軍らが率いる五百ずつを配し、全て横陣に備えていた。 

 横陣は、全攻撃力を真正面から集中させることができる上、状況によっては包囲が可能である。


「平地であれば我らの騎兵が圧倒的に有利だ」


 バティは自信たっぷりに笑みを見せた。


 一方、リューシスは上空からマンジュ軍の布陣を見て、


「圧倒的な攻撃力と機動力を活かし、両翼包囲を狙うつもりか。しかしあれほどの見え見えな布陣で来るとは、余程自分達の強さに自信を持っているんだな」


 と、真面目な顔で呟きながらしばし思案した後、地上へと降りて各諸将に作戦と指示を与え、備えを改めさせた。


 まず、前線にバーレンとヴァレリーが率いる三百人ずつの騎兵隊、それとヴァレリーの副官を務めていたルーサン・フーと言う男を抜擢して同様に三百人の騎兵を預け、その三隊の騎兵を横三列に並べた。

 次に、それより500メイリも後方に、ネイマン、シュエリーが率いる歩兵一千人ずつを、縦に厚くして横二列に配置した。

 リューシスの飛龍隊はその更に後ろである。




 そしてしばらくして、両陣から合図の角笛や鐘が鳴らされて戦闘が開始された。


 両軍の距離はおよそ2コーリー。

 開戦の合図の後、マンジュ軍のバイジンは「突進!」と命令を下した。

 一角馬の圧倒的な速度と攻撃力を活かした不意打ちの急襲戦法である。


 だが、


「二度も同じ手を食らうかよ」


 リューシスは合図の鐘を鳴らした。


 前線に並んだ騎兵三隊が前方へと駆け出し、突進して来るマンジュ軍へ一斉に矢を放った。


 マンジュ騎兵らが、人馬もろとも矢を受けて砂塵の中に倒れ込んだ。

 だが、両軍の間にはまだ距離があった為、矢を受けたのは最前線の一部である。

 後方から続く者たちは、果敢に矢の雨を潜り抜けて突進して行く。


 すると、リューシス軍の騎兵三隊はすぐに反転し、背を見せて後方へと逃げながら騎射を行った。


 この戦法は所謂――


 ――北方射法か!


 中央前線を率いるバティは馬上で目を瞠ったが、すぐに目尻を吊り上げた。


 ――高原の民である俺達に北方射法を使うとは……馬鹿にしているのか!


「かかれっ、かかれっ!」


 バティは兵士らを鼓舞し、より一層速度を上げた。

 騎兵の速度であれば騎馬民族であるマンジュ軍の方が速い。バティらは退いて行くローヤン騎兵隊との距離を、徐々にではあるが確実に詰めて行った。


 だがそこへ、頭上より新たに襲い来る矢の雨。数騎が倒れた。


 見上げれば、上空にリューシスの飛龍隊が飛んで来ていた。


「怯むな、第三隊、空へ矢を射掛けろ!」


 王バイジンの命令が飛んだ。彼らは当然リューシスの飛龍隊への備えをしてあり、後方の部隊に特別な長弓を装備させた手練れの射手を配していた。


 その時は今である――彼らは素早く長弓に矢をつがえると、上空へ向けて一斉に射撃した。


 だが、彼らが熟練の射手ならば、リューシスらも皆、熟練の龍士たちである。

 リューシスらは巧みに飛龍を操って矢を躱し、あるいは刀槍で打ち落とした。

 しかもまた、そのまま反転して退いて行きながら矢を放つ。


 この上空からの北方射法により、マンジュ軍は更に十数騎が倒れた上、前線の足並みが乱れた。


 バティは舌打ちすると馬を引き、


「一旦停止だ!」


 と、進軍を止めたのだが、するとすぐにローヤン騎兵隊らが戻って来て、再び正面からバティらへ向けて矢を放ち始めた。


 ――ここは一度退くべきか?


 バティの心中に迷いが生じた。


 だが、


 ――距離は確実に詰めている。追い付きさえすれば負けはしない!


 と、バティは迷いを振り切り、「進軍! マンジュの勇者たち、奮起せよ!」と、大声で命令を響かせた。


 だが、それを嘲笑うかのようにローヤン騎兵隊は再び反転、北方射法戦術を展開した。


 疾駆して行くマンジュ軍最前線の騎兵らが一人、二人と倒れて行く。


 バティは苛立ちながらも、「追い付けば我らが有利だ! 怯むな、かかれっ!」と兵士らをしきりに鼓舞する。


 マンジュ軍は、ローヤン軍の矢の雨を掻い潜りながら果敢に突進。

 その甲斐あって、遂にバティらはローヤン騎兵らの背まであともう少し、と言うところまで追いついた。


 だがその時、ローヤン騎兵らが左右に動いて互いの間隔を開け始めた。そして、その開いた隙間から、騎兵らと交代するように、槍を備えた歩兵らが躍り出して来た。

 ネイマンとシュエリーが率いる歩兵隊である。


 彼らは吼えながら一斉に槍を突き出した。

 マンジュ軍騎兵らは突進の最中であり、急に止まることなどできない。彼らはローヤン歩兵らの槍をまともに食らい、悲鳴を上げながら次々に倒れた。

 また、後続の騎兵らも、倒れた彼らにつまずいて続々と横転した。

 

「おのれっ」


 バティも、大地に投げ出されていた。

 彼は幸い軽傷であり、素早く起き上がりながら愛槍を振って眼前の敵を吹き飛ばすと、


「怯むな! 接近戦ならば負けはせん!」


 と、統制の乱れ始めた兵士らを落ち着かせながら、自らローヤン軍中へと斬り込んで行った。


 たちまち、両軍が高原の大地を揺らしながら白兵戦を展開した。

 ローヤン兵の槍の穂先がマンジュ一角馬の腹を突き刺し、一角馬の鋭い角がまたローヤン兵の胸甲を突き刺す。

 馬上へ槍を繰り出し、馬上から剣が薙ぎ払われる。

 馬を降りて戦うマンジュ兵、それを数人で取り囲むローヤン兵。


 血生臭い熱気は大地の草を燃やすが如く、飛び交う刃の炎は高原の乾いた大空を焦がすかの如き大乱戦となった。


 だがやがて、後方にあって難しい顔で戦況を注視していたバイジンが合図を出した。

 待機していたマンジュ軍左右両翼の騎兵二部隊が駆け出す。


「左右から挟撃せよ」


 バイジンの指示を受けて、騎兵二部隊はローヤン軍の左右側面を突くべく、大きく回り込むように疾駆する。


 しかし、リューシスも当然、それを見ると素早く反応した。


 先程、歩兵と交代するように下がって来ていた騎兵三部隊のうち、ヴァレリーとルーサン・フーの二部隊を左右へと走らせた。


 すぐに、ヴァレリーとルーサンらは左右から駆けて来たマンジュ騎兵隊と激突、激しい騎兵戦となった。


 それを見たマンジュ王バイジンは忌々しげに舌打ちしたが、すぐに鼻で笑った。


「小癪な。正面からの馬上戦で我ら高原の民にかなうと思うてか。数も我らの方が上だ」


 マンジュの左右両翼の騎兵は各五百騎ずつであるのに対して、ヴァレリーとルーサンの騎兵は各三百騎ずつである。加えて、兵士個人の馬術も戦闘能力もマンジュの方が上であった。

 バイジンの言った通り、左右両翼での戦闘は、徐々にマンジュ側が優勢になり始めた。


 このままでは、やがてヴァレリーとルーサンの騎兵隊は撃破され、中央のネイマン、シュエリーの歩兵隊がそのまま両翼包囲されてしまうであろう。


 またその中央でも、ネイマンとシュエリーらはバティらと互角に戦っていたのだが、やがて個々の兵士の力の差が出始め、押される場面が目立つようになっていた。


「我らマンジュの勝ちだ」


 バティ、バイジンらは会心の笑みを浮かべた。


 だが、リューシスはまだ冷静に戦況を見つめていた。


 リューシスは、一気に逆転する次の一手を打つ"時"を待っていた。


 褐色の瞳で戦場全体を見つめ、嗅覚と聴覚で戦場の動きを捉える。

 焦りが無いわけではない。中央も左右両翼も、マンジュ軍の方が優勢なのだ。その"次の一手"を打つ前に、崩壊してしまう危険はある。

 だが、リューシスは配下の将校、兵士達の力を信じ、逸りそうになる気持ちを抑えつつ、じっと時機を見極めていた。


 そして、その時はやって来た。


 中央の戦線で、更なる攻勢に出ようと、王バイジンの部隊が上がって来て、兵士らを鼓舞し始めた。

 マンジュ軍が気勢を上げ、勢いを増し始めた。すると、兵士らが皆前線へ出ようとして、陣形が横に長く、縦に薄くなった。


 ――ここだ。


 リューシスは、係の龍士に合図の鐘を鳴らさせた。


 それに呼応して、中央右のシュエリー隊が、マンジュ軍の攻撃をさばきながら後退し始めた。

 

「退き始めたぞ! 押せ!」


 自分たちの攻勢にローヤン軍が押され始めた、と思ったマンジュ兵らが、勢いに乗って追って行く。

 それにまた押されるように、シュエリー隊は徐々に後退して行く。


 だが、当然これは作戦である。


 シュエリー隊は後退して行くが、左のネイマン隊は後退しておらず、ほぼ最初の位置でまだ戦っている。

 と言うことは、自然と、マンジュ軍中央部隊の戦列が左右前後に伸びていることになり、また、その真ん中に微妙な隙間ができることになる。


 これに、勢いに乗るマンジュ兵らはもちろんのこと、北方射法による苛立ちから一転して勝利を掴みかけていることにより視野が狭まっているバティも気付かなかった。


 だがこれこそが、リューシスの狙いである。


 褐色の瞳が紅みがかった光を放った。


「今だ! バーレン、行くぞ!」


 リューシスは眼下へ向けて鋭く叫んだ。


「おう!」


 待機していたバーレンは殺気立って咆哮すると、


「皆、俺に続け!」


 と叫んで、先頭を切って駆け出した。


 旗下の三百騎の騎兵らも、口々に気合いを発しながら続いて行く。

 その陣形は、先頭のバーレンを頂点にして鏃のような三角形になっていた。

 これは楔陣形と言い、敵中突破の時に多く用いられる陣形である。


 バーレンとその旗下の騎兵ら約三百騎は、その楔陣形となって疾走し、前後左右に伸びて薄くなったマンジュ軍の中央へ斜めに突撃した。


 更に――


「援護だ!」


 と、リューシス飛龍隊約五十騎も出撃し、上空から射撃を行ってバーレン隊の突撃を援護した。


 その結果、バーレン隊は易々とマンジュ軍のわずかな間隙を突破し、分断した上でその背後に出ることに成功した。

 当然それだけではない。バーレンはすぐに次の命令を叫ぶ。


「戦果拡大、敵軍の背後を襲うぞ!」


 バーレン隊はすぐに反転するや、マンジュ軍の背後へと突撃した。


 その直後、リューシス飛龍隊もマンジュ軍の後方上空へと出た後に反転、降下突撃を敢行した。


 勝利は目前、と押しまくっていたマンジュ兵らの間に鮮血が舞い上がり、悲鳴が渦を巻いた。


 また、それまで後退していたシュエリー隊が取って返して逆襲に転じ、ネイマンとその旗下の兵士らは力を奮い起こしてますます猛った。


 バーレン隊はそのままマンジュ軍の背後を襲い続け、リューシス隊は上空へと戻った後に、再び降下突撃を放った。


 マンジュ軍中央は一気に混乱の渦へと落ち、それはたちまち左右両翼にも波及して、マンジュ軍全体の統制が崩壊した。


 マンジュの武将らの必死の指揮は空へと消え、兵士らの阿鼻叫喚が高原の空気に響くだけであった。


「大王、すでに危険です。ここはお退きください」


 マンジュ王バイジンの側近が、青い顔でバイジンに進言した。


 戦況は、総大将であるバイジンが誰よりも把握している。


「うむ……何と言うことだ……勝利は目前であったのに……残念だが……もはや撤退するしかあるまい」


 バイジンは無念そうに呻いた。

 そして全軍に撤退命令の鐘を鳴らして、自らは供回りの者達と戦場を離脱しようとした時であった。


 血眼でマンジュ軍中を駆け回っていたバーレンがバイジンを見つけた。


「そこか! マンジュ王逃げるな!」


 バーレンは単騎で殺到した。


「大王、早くお逃げくだされ!」


 バイジンの供回りの兵士らが、果敢にもバーレンへ向かって行った。


 しかし、バーレンは涼しげな顔を鬼の如く一変させ、


「どけっ! 殺されたいか!」


 と、咆えながら彼らを蹴散らすと、逃げ始めたバイジンの背へ風の如く迫り、その乗馬の尻へ槍を一閃した。

 

 馬が横転し、マンジュ王は北の大地へ投げ出された。

 間髪入れず、転がったマンジュ王の喉元へバーレンの槍の穂先が突き付けられた。


 こうして、勝敗はわずかな時間であっけなく決した。

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