第92話 カラドラス陥落

※諸事情により更新が滞っておりました、すみません。今日、明日と二日連続で更新いたします。


 リューシス軍はマンジュの大将軍コルティエルを討ち取った上、王子バティを生け捕ることまで成功した。


 だがリューシスは、捕らえたバティを引見せず、すぐに諸将と兵士らを集めた。


 勝ったとは言え、慣れない地での強行軍の上の奇襲戦である。

 皆の顔にはありありと疲労が見えていた。


 そんな将兵らの顔をゆっくりと見回しながら、リューシスは語りかけるように言った。


「皆、よくやってくれた。マンジュ軍を壊滅させた上、コルティエルを討ち取り、王子バティまでも生け捕った。これ以上ないほどの戦果だ。皆には、ルード・シェン山に戻った後にそれぞれ二十万リャンの特別恩賞を与えよう」


 その瞬間、全兵士は疲労を忘れて歓声を上げた。


 二十万リャンと言えば、三ヶ月以上は遊んで暮らせるほどの金額であり、破格過ぎる恩賞である。兵士達が狂喜したのは当然であった。

 だが、兵士ら全員にこれほどの恩賞を出せば、当然ルード・シェン山の財政に大きく響く。


 それをわかっているヴァレリーとバーレンは、


 ――また殿下の無茶苦茶な金銭感覚が……。


 と、顔を青くした。


 しかし、ここでそれをいさめれば兵士らの喜びに水を差す形となり、ひいては全軍の士気に響く。二人とも苦い顔で黙っているしかなかった。


「だが……」


 リューシスは続けた。


「その前に、皆にもう一働きしてもらいたい。戦争と言うのは何よりも勢いに乗ることが肝要かんよう。俺はこのまま北へと取って返し、この勝ち戦の勢いのままにマンジュの首都カラドラスを攻撃したいと思っている」


 リューシスは、再び兵士らを見回すと、


「皆、疲れているところ悪いが、もう少し力を貸してくれないか? もちろんタダじゃないぞ。見事カラドラスを落とした暁には、皆に更に十万リャンを出そう!」


 と、大声と共に人差し指を天へと突き上げた。


 その瞬間、バーレンは手で額を押さえ、ヴァレリーは空を見上げてふうっと溜息をついた。


 だが、兵士たちの間からは熱狂的な歓声が上がった。

 疲れていた彼らの間に、再び高い士気がよみがえった。


 後に、リューシスの評伝を書いた彼の側近はこう記している。


「リューシスパールの狂った金銭感覚は彼の大きな欠点であったが、それは彼の軍の強さの理由の一つでもあった」




 そしてリューシス軍は、正午過ぎまで休息を取って鋭気を養った後、午後には全軍でカラドラスへ総攻撃をかけた。


 リューシスは、あえてバティらを撃破したことをカラドラスへは伝えなかった。

 だが、カラドラスにはすでにその情報が伝わっており、籠城するマンジュ兵らの間には動揺が広がっていた。


 そこへ、リューシス軍が総攻撃を仕掛けた。

 

 今回、リューシス軍は大した攻城兵器を持って来ていない。

 だが、マンジュ族の城壁など、ローヤン人から見れば玩具おもちゃのようなものであり、攻城兵器などは必要なかった。


 リューシス軍の兵士らは一斉に城門へ殺到して破壊にかかり、城壁をよじ登る。

 リューシスの飛龍隊は空から射撃してそれを援護し、更には悠々とカラドラスの上空を飛び回って城内へと火矢を放つ。


 カラドラス側がバティら敗北の知らせで士気が下がっているのに対し、勢いに乗っているリューシス軍は、その意気天を衝くばかり。

 怒涛の猛攻をかけ続けると、翌日の夜半にはカラドラス城内へと侵入することに成功し、マンジュ王バイジンを始め、重臣将軍らを捕縛、カラドラスを陥落させたのだった。


 その時はすでに夜半であった為、リューシスは捕縛したマンジュの者らを一旦牢に入れておき、その翌日の午後に彼らと面会した。


 カラドラス宮殿の広間。


 そこは、ハンウェイ文化とは違い、北方高原らしさが現れている空間であった。

 四方の壁には刺繍入りの布が張り巡らされ、香が焚かれている。

 王の位置である最奥中央が高くなっているのはハンウェイ文明と同じであるが、そこはハンウェイのそれよりも数段高く造られていた。そして、そこには王が座るべき椅子が無かった。

 代わりに、雪豹ゆきひょうの毛皮の敷物が何枚か重ねて置いてあった。そこが王の座る位置であった。


「ふうん。まあ、おかしくはない。むしろ懐かしいような感じを覚えるのは、俺達ローヤン民族も元々は北方高原から出ているからだろうな。ローヤン人も遥か昔には地べたに直接座っていたんだからな」


 リューシスはそう言って、雪豹の毛皮の敷物を感慨深そうに見た。


 椅子に座る――と言う文化は、元々はハンウェイ人独特のものである。

 以前は、ローヤン人もガルシャワ人も皆、家にいる時は床に絨毯や敷物を敷いてその上に直接座っていた。それが彼らの習慣であった。

 リューシスも、かつてアンラードの宮殿の居間では、絨毯を敷いた上に直接座り、食事や読書をしていた。


「昔のローヤン人になった気分だな~」


 リューシスは機嫌良さそうに、敷物の上に座って胡坐あぐらをかいた。

 そして、「さて……」と、広間の下段を見回した。


 広間の中央には、マンジュ王バイジン、王子バティを始めとして、捕らえたマンジュの重臣、将軍らが縛られた状態で座らされていた。


「はじめまして。私がローヤン帝国"元"第一皇子のリューシスパールだ」


 リューシスは、にこやかな笑顔を見せた。

 しかし、バイジン、バティらはもちろんのこと、マンジュ人たちは皆、険しい顔で押し黙ったままであった。


「当然すぎることだけど、歓迎はされてないな」


 リューシスは笑うと、


「だが、まず安心してもらいたいのだが、俺はあなた方マンジュ族を滅ぼすつもりもなければこの土地を支配するつもりもない。しかし、あなた方がローヤンとの約定に背いただけでなく、裏切ってローヤンを攻撃した罪は重い。それに、今回の戦いで勝ったのは俺たちだ。それ故、勝った側として一つだけ要求をさせてもらおう。我らローヤン帝国の傘下に入ってもらいたい」


 すると、マンジュ王バイジンが呻くように声を上げた。


「ローヤンの従属国になれと言うか」


 リューシスは微笑して、


「その通り。それだけで、これまでと一切変わらないマンジュの独立自治を認めるし、しかも高原地帯に限り、他の国や部族を攻めることも自由に許可しよう。また、他の部族に攻撃されてマンジュが危機になるようなことがあれば、その時にはローヤンから援軍を出す。どうだろう、悪くないと思うがな。もちろん、他に人質や貢物などの諸条件はあるが」


 リューシスが言うと、バイジンは険しかった表情を緩めた。

 通常、従属国となれば、他国を攻める自由などは当然許されない。


「ふむ……悪くはないが……」


 バイジンは態度を軟化させたが、そのすぐ背後から「断る!」と、ハンウェイ語で力強い声が上がった。

 声の主はバティであった。バティは父王バイジンの背へ言った。


「父上、確かに良い条件ですが、ローヤンに臣従するなどマンジュ族の誇りを失ったも同然。正々堂々と戦って負けたならばともかく、卑怯な策でやられた上に臣従しろなど、マンジュ族の誇りが許しませぬ。ここは潔く滅びを選びましょうぞ」


 息子のこの言葉に、バイジンは苦渋の表情を見せた。


「バティ。気持ちはわかるが、そう簡単に決めるべきではない。これは我々だけでなく、マンジュ族全体に関することだぞ」


 そこで、横合いからリューシスがバティに言った。


「バティどの。今、卑怯な策と言ったが、それは昨日の待ち伏せのことか?」

「無論だ」


 バティが大声で答えると、シュエリーが横から進み出た。


「お待ちください。戦場においては卑怯も何もありませぬ、互いの智勇を尽くして戦った果てに勝利と敗北があるのみです。しかしその前に、卑怯どうこうを論じるならば、先にローヤンとの約定を破った上にハルバン城を盗み取ったあなた方マンジュの方が卑怯ではありませぬか。マンジュの誇りとやらが聞いて呆れます」


 普段はおっとりしているシュエリーが、珍しく鋭く激した口調であった。

 

 バティは反論できずに険しい顔で黙りこくった。

 そこへ、シュエリーは更に「そもそも……」と続けようとしたが、


「シュエリー、ちょっと待ってくれ」


 と、リューシスがそれを遮って、バティを真っ直ぐに見て言った。


「バティどの。あなたの言い分からすると、正々堂々と戦って負けたのならば、マンジュ族の誇りも納得すると言うことか?」


 バティは、無言でリューシスの眼を見返していたが、やがて静かに頷いた。


「そうだ。貴様らは、間道を使ってハルバン城の背後に出たかと思えば、カラドラスを急襲するふりをして我らを誘き出し、それを未明に待ち伏せて奇襲を仕掛けた。これでは負けた気にならん」

「なるほどな。では、バティどのが言う正々堂々の戦いとは、日中に戦場で真正面からぶつかり合うことを言っているのかな?」

「もちろんだ」


 すると、リューシスは膝を叩いた。


「わかった。では、改めて会戦をしようじゃないか。その上で負けたのならば臣従してくれるな?」


 リューシスは笑いながら言うと、


「バーレン、ヴァレリー。彼らの縄を全て解いてやれ」


 と、立ち上がりながら命じた。


「何? どういうつもりだ?」


 バティが驚くと、リューシスは真剣な顔で答えた。


「バティ、お前の望み通り、野外で正面から戦おうと言うことだ。俺達はすぐにここから出て行き、このカラドラスも返してやろう。だから急いで準備しな。そうだな……お前たちは今回の戦で兵力も減ってしまっているだろうから不利だ。そこで、俺達も同じ兵数で戦ってやる。それで負けたならば、文句はないだろう?」


 この言葉には、バティ、バイジンらマンジュ族の人間たちはもちろんのこと、バーレンやヴァレリーら、リューシス旗下の諸将らも唖然とした。


「殿下、よろしいのですか?」


 訊いたシュエリーの白い顔が、より白くなっていた。


「正気か……?」


 バティは目を丸くしてリューシスを見つめる。


 そんな彼らを後目しりめに、リューシスは上段から降りて彼らの間を歩いて行きながら言った。


「明日の午前だ。場所はここより南10コーリーの平野。待ってるぞ」

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