第33話 ホウロー山の頭領

 ヴァレリーが驚く。


「ホウロー山の山賊? それが何故ハーベンどのと……一体どういうことだ?」

「ヴァレリー。ベン・ハーベンとホウロー山の賊が繋がっていると言う話は聞いたことがないのか?」

「ええ。全く聞いたこともありません。驚きました」

「両者が繋がってそうな、何か心当たりは?」

「うーん……ああ、そう言えば」


 ヴァレリーは手を叩いた。


「ホウロー山の山賊どもは、我らも見逃していたわけではないのです。夕方にも申し上げた通り、討伐の話は何度も出ていました。しかし、その度にハーベンどのが、"今はガルシャワの侵攻に万全の備えをするべき時だ。ホウロー山討伐に出向いている間にガルシャワが襲って来たらどうする。ホウロー山の賊どもは、特に町や民を襲っているわけではないので、当分は放っておいてもいいだろう"と言って流れていたのです。その時はそれも道理だと思って納得しておりましたが、よく思い返してみれば、その言い方はどこか不自然でもあった」

「なるほど、これでわかったな」


 アーシンがにやりと笑った。


「しかし、ベン・ハーベンがホウロー山と通じていたとは……一体何故だ?」


 ヴァレリーの顔にはまだ驚きが残っている。

 リューシスは考えながら言った。


「恐らく……ホウロー山の賊がやっていると言う塩の密売が絡んでいるんだろうな……」

「何ということを……」

「詳しくはわからないが……とにかくベン・ハーベンはホウロー山と密接に繋がっているようだな。今回のことは、ベン・ハーベンが玉璽を盗み出した罪をイーハオになすりつける為に、ソウセンと言う商人に売ったと言う証書を捏造し、それをホウロー山にいると言うスリの達人を使ってイーハオの身体に忍び込ませたんだろう」


 リューシスが言うと、皆が頷いた。


「ホウロー山か。じゃあ、ベン・ハーベンはホウロー山に逃げたってことだな。急いで向かおうぜ」


 ネイマンが太い腕をさすって言った。


「いや、ベン・ハーベンがホウロー山と繋がっているからと言っても、奴がホウロー山に行ったとは限らないだろう」


 リューシスが言って、思案の顔となった。


「だが、この真夜中だ。時間的に、一旦身を隠す為と休む為にも、ホウロー山に行った可能性は低くない。それに、もし奴がホウロー山に逃げ込んでいないとしても、ホウロー山に行ってみれば、ベン・ハーベンがどこへ逃げたかわかるかも知れない」

「やっぱりホウロー山じゃねえか、急ごうぜ」

「いや、待て」

「何だよ、まだ何かあるのか?」

「俺たちがこのままホウロー山に乗り込んで行っても逆に捕まるだけだろうが」


 リューシスがヴァレリーを見て言った。


「ヴァレリー、ここまでわかったんだ。シーザーに言って何とか兵を使わせてもらえないかな」

「え? それは話してみないことにはわかりませんが、今のこの時間では……」

「だよな。この真夜中だ、シーザーには会えないし、そもそも兵も動かせないな」

「ええ。戦時でもないのでこの夜中では流石に。夜明けを待ってすぐに政庁に向かい、シーザーに掛け合ってみます」

「いや、朝まで待っていては遅い。その間にもベン・ハーベンは動くかも知れないんだ。しかも結局兵を使わせてもらえなかったらそれこそ時間の無駄だ」


 と言ってリューシスは考え込むと、すぐに閃いたものがあった。


「チャオリーだ。あいつ、ホウロー山の連中とも付き合いがあるかも知れない」


 リューシスの思った通りであった。

 酔っ払って家で寝ていたチャオリーを叩き起こして訊くと、元宮廷侍医の闇医者は、時々ホウロー山に呼ばれて山賊たちを診てやることがあると言う。

 リューシスは急いで現在の状況を説明し、そのまま寝ぼけ眼のチャオリーを連れてホウロー山へと馬を走らせた。


「ホウロー山の山賊、どんな奴らだ? 民や街を襲わない得体の知れない不思議な連中だと聞いたが」


 途上、闇の中を疾駆する中で、リューシスはチャオリーに訊いた。


「ええ、その通りです。民や街を襲わない不思議な山賊なんですよ。と言うか、彼らはそもそもまるで山賊に見えませんでな」

「何?」

「まあ、下っ端の連中は見るからに粗野な山賊ですけどね。上の連中や頭領などは身なりも小奇麗で礼儀正しく、教養もある。話していると、まるでどこかの貴族のような感じまで受けるんです」

「へえ……」

「まあ、実際のところは私もよくわからないんですけどね。気になるので、いつもさり気なく色々と聞き出そうとするのですが、毎回うまくはぐらかされてしまう始末でして」

「なるほどな。頭領はどんな男だ?」

「頭領もまた謎めいた男なんですよ。いつも覆面をして顔を隠してまして、口数も少ない」

「ふうん……」

「まあ、しかしちょうど良い時でございました。実は明日、その頭領に頼まれていた薬を届けに行く用事があったのですよ。何か適当な理由をつけて、早く来たことにしましょう」


 と、チャオリーは言った。

 リューシスは頷いて、皆に確認するように言った。


「よし。じゃあさっきも言った通り、俺とネイマンがチャオリーの弟子の振りをして一緒に入る。ホウロー山にベン・ハーベンがいたら、ヴァレリーが来るまでベンが山から動かぬようにさせるか、麓に潜んでベンの動向を見張る。その後、もしヴァレリーが兵を連れて来られれば、ホウロー山を攻めてベン・ハーベンを捕え、兵を連れて来られれなかった場合には、隙を見て策を講じ、ベンを捕らえる」


 ヴァレリーは、クージンに残して来た。

 明け方を待ってシーザーに会い、ダメ元で兵を使わせてもらえないかどうか頼んでみる為だ。

 許可されれば、すぐに兵を率いてホウロー山に駈け付ける手筈になっている。許可が下りなかった場合でも、すぐにヴァレリーは単身ホウロー山に来ることになっている。


「アーシン殿らは、ホウロー山の麓近くに潜み、山に注意を払いつつ、ヴァレリーの到着を待ってくれ」

「わかった」



 そして、リューシスらはホウロー山に着いた。

 着いた頃には、すでに明け方に近い午前三時を回っていた。


 ホウロー山は、それほど標高の高い山ではないが、樹木が深く、賊が根城とするにはうってつけの山と見えた。

 麓の東西南には森林が広がっており、北に少し行くとハン川と言う幅広の河が流れている。ハン川は大河であるティグリス川の支流であるが、ローヤン領内とガルシャワ領内を大きくうねりながら東西に流れる川であり、物流の重要ルートとなっている。このハン川がすぐ近くにあると言う事実が、ホウロー山の連中が塩の密売をしていると言う噂の信憑性を高めていた。


 アーシンらを麓付近に潜ませ、リューシスとネイマンはチャオリーと共に山道を上り、その山塞に向かった。


 チャオリーはすっかり顔なじみで、眠そうな顔の門番の男達は、まだ夜明け前だと言うのに「やあ、これは先生。お早いですな」と言ってにこやかに出迎えた。

 その態度と言動が実に礼をわきまえており、チャオリーが言った通り、とても山賊には見えなかった。


 そこは、木材と石だけでできた粗末な山塞であったが、構造は一般の砦と変わらない。

 謁見の間のような広間があり、リューシスとネイマン、チャオリーはそこに通された。

 左右に山賊の幹部たちと見られる男達数人が立ち並ぶ中、剣を外して預け、中央に立って待っていると、やがて一人の人間が静かにやって来て、前方の一段高い位置に置かれた長椅子の上に腰を下ろした。これが、頭領であった。

 

 その姿を見たリューシスは驚いた。


 頭領の男は小柄で華奢に見え、ややゆったりとした道服のような純白の上下を着ており、確かにチャオリーの言う通りにとても山賊には見えない。

 そして、頭領は白い頭巾を被り、顔にも白い布で覆面をして、隙間から二つの大きな目だけを覗かせていた。


「先生、こんな明け方近い時間とは珍しいですね」


 頭領がいきなり言った。口調も丁寧であり、その声も凛として澄んでいる。ますます山賊に似つかわしくない。


「とても良い薬を手に入れましたので、すぐにお渡ししたいと思いまして」


 チャオリーはにこやかな笑顔で答えると、荷袋の中から小さな木箱を取り出した。部下の男が近寄って来てそれを取り上げ、頭領の男に手渡した。

 頭領は、木箱を開けて中を検めると、


「先生、ご苦労なことでございました。いつもありがとうございます。代金はいつも通り、ウェインから受け取ってください」

「はっ」

「ところで……」


 と、その後、頭領の男は別の話を始め、しばらくチャオリーと世間話のような雑談になった。

 その話が長く、リューシスが流石にしびれを切らし始めて来た頃、頭領がふと、リューシスとネイマンを見て言った。


「そうそう。そう言えばそこの二人は、先生の新しい弟子だそうですな」

「はい。修行の為、近頃はどこに行くにも連れております」

「ほう。二人の名は?」

「はい、こちらがリュースと申します。そしてこの大きいのがネイ……マ、いや、えーっと……その……マンマンです」


 ネイマンが、大きな眼を更に丸くしてチャオリーを見た。リューシスは下を向いて笑いをかみ殺している。


「はは……おかしな名だな」


 頭領は、覆面の下でおかしそうに笑った。


「ええ、はは……」

「しかし先生、下手な嘘はこの私には通用しませんぞ」

「え?」


 チャオリーの顔が引きつった時、頭領の声が鋭く響き渡った。


「この二人を捕らえろ!」


 そして、左右にいた幹部らが寄って来て、リューシスとネイマンを縛り上げてしまった。


「お頭、何をなさいますか」


 チャオリーは顔を青ざめさせて言ったが、白覆面の頭領は冷笑した。


「先生、とぼけなくとも宜しい。まあ、先生は直接は関わりがないようですがね」


 頭領は言うと、部下達に命じた。


「連れて来い」


 すると、数人の男達が同様に縄に縛られて引き摺られて来た。

 それは、アーシンとその仲間たちであった。


「お前たちも捕まってしまったのか」


 入って来るなり、アーシンはリューシスを見て言った。


「アーシン……まさかそっちも捕まるとは」


 リューシスが顔を険しくすると、アーシンは忌々しそうに言った。


「特に目立つようなことはしていない。静かに森の茂みに潜んでいたんだがな……いきなりこいつらに囲まれてな、数はざっと見て四十人以上、しかも一斉に弓矢を向けて来ただけじゃなく、炎の天法術ティエンファーで牽制してきやがった。流石にどうにもならん」


 そして、アーシンらもリューシスとネイマンの後ろに座らされた。

 頭領の男は、縛られて座らされたリューシスらを見回してふふっと笑うと、リューシスを見て言った。


「さて、わざわわざこんな山にまで来て、何が目的かな? ローヤンの第一皇子ディーイーエンズどの」

「なにっ?」


 リューシスは驚いて目を瞠った。


「な、何を言って……」


 リューシスが思わず狼狽えると、頭領は突然長椅子を蹴って立ち上がった。


「ふふっ……何がリュースだ。久しぶりだな、リューシスパール!」


 頭領は鋭く言い放った。

 リューシスはもちろん、チャオリー、ネイマン、アーシンらも目を丸くして絶句した。

 無音の衝撃と共に、緊張に満ちた静寂が張り詰めた。

 リューシスは青い顔で頭領の両目を見た後、口を開いた。


「俺を知っていたのか……」

「当然だ。お前は私が誰だかわからないか?」


 頭領は冷笑して言った。その覆面の顔をリューシスはじっと見つめたが、


「そんな布で覆ってたら、誰だかわからないに決まってる」

「まあ、そうだな……天法術ティエンファーで声も変えているしな」

「何?」

「だけど、声を変えて覆面をしたぐらいで気付かないなんて、いくら何でも酷すぎないかしら?」


 と言った頭領の声色が、突然女のものに変わっていた。

 その声に、リューシスは聞き覚えがあった。リューシスは顔色を変えた。


「その声、ま、まさか……」

「相変わらず酷い男ね。たった一ヵ月ちょっとの結婚だったとは言え、元妻よ。何で気付かないの」


 と言って、女声に変わった頭領は、頭巾と覆面を剥ぎ取った。

 そこに現れたのは、緩いウェーブのかかった金髪と、青い目をした人形のように美しい女の顔だった。


「エレーナか」


 リューシスは愕然として呟いた。

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