年末年始スペシャル
年の焉
――時代が、終わる。
世界に一陣の風が吹く。
まるで、寂しげな顔を浮かべる空模様は、多くの混乱と混沌を見つめる物のように曇っていいた。
「……、」
何度も移り変わってきた世界。その年の瀬は、募る思いが不意に綻び溢れるような日々だと考える者も多ければ、新たな角での準備に伏す者達の前期間だとも捕らえられる。
言うなれば、まさしく終わりと始りの狭間。
典型的に時代の文化を重んじる考古学者なら、この瞬間にまた一歩歴史が刻まれたか、遠退く時代に悲しみの涙を憶えるのだろうか。逆に、先を見据える科学者なら、新たな時代とその時代に生まれ出でる発明に心躍り、遠足前の子供のように準備を整え始めるのだろうか。
いつの世も、時代の節目は混沌と感情が渦巻く。
だが、それが悪しき事だという訳では無い。
新たに迎える世界に、新たに迎える時代に、何が起きるかも解らない。
最も、現実的な者は、簡素に時代の切り替えは歴史貯蔵ファイルを変えるだけの単調な事だと思う者もいる。
単に時代も重んじること無く、ただ日々の記録を完結的に判別できる年号だと思い、そこまで重んじることが無い。それ故に、変わらぬ者だっている。
永劫回帰、時代とは解らぬものだ。
何せ、時代に思い寄せる物など、均一された見解など無いのだから。
「寂れてるな」
風がビュウビュウと鳴くその日、一人の青年が、その時代の節目にある寂れた神社に足を運んでいた。常日頃だった白衣の上には丈の長いトレンチコートを羽織り、首回りにはまるで誰かの手編みのような、素朴なマフラーが巻かれている。吐息は白い水蒸気に可視化され、顔の表情は凍り付いたかのように動きが少ない。
「ま、コレばっかりは仕来りや風習のような文化の産物だな。こうも習慣的に行っていると、自然に身につく」
誰ともいない寂れた場所で、彼はまるで気怠げに言葉を投げ捨てる。
「思えば、色々と巡ってきたな」
その青年を一言で表すことが在るとすれば、歴史に大きな分岐点を作ったことくらいだろうか。所業は認められず、鑑定すれば大きな変動を与えたが、その代償に支払った物は赦されるべき物では無い。
罪無き改革は無い。
言葉にすれば安易だが、それでも、数々の犠牲を積み上げてきた。今も尚、その食材の日々は続く。人が築き、積み上げる度、その反動は彼の背中に背負われる。
新たな時代。
新たな世界。
新たな分岐。
数々のその根源として生み出された舞台装置は、寂れても尚、動き続ける。人類の生命装置とも言わんばかりに、世界の果てにて稼働し続ける負の遺産。
世界の罪という物を、もし仮に誰かが……避雷針として除去できるともなれば。聖書における、人間の原罪を洗い流し天使に近づくような所業。
可能性があれば、若しかたら数々の分岐の者達には、その原罪は既に避雷針に引き寄せられているからこそなのかも知れない。
「……、」
都合の良い、生命維持装置。
そんな理想的な避雷針は、今も尚人間の形を保っていた。
「あぁ」
ふと、言葉に出して思い返す。
その経緯を。
家族がいて、他愛も無い笑みがあって、ただそれを、外から見るだけの退屈。何も無く、何者にも得がたい万能機を持ちながら、それ故の適材適所。
簡単に言える物では無い。
簡単に行える物では無い。
でも、その道を選び、今尚世界を見通す。
哀しそうで、だが何処か、安心したような目で……。
「今年も、残り少しか」
時計など要らないのか、感化された世界を測り、鑑定した思考は彼の口から吐き出される。
年の瀬は近く、それはまた、新たな時代が来るという予兆。幾度も無く過ぎ去ろうとも、彼はその芯が立ち続けている以上、人間的なのだろう。
「さて」
どこからともなく、箒とちり取りを取り出す。
寂れた境内に入り込み、器用に片付け始める。
埃や痛み、散らばった木の葉や、蜘蛛の巣。大晦日の大掃除の真似事のように、時代の節目に整え始める。
行いに意味は在るのだろうか。
ある。
そう、信じているから。
「私らしいかな」
適当に、自分をはぐらかし、掃除を続ける。
時間はゆっくりと過ぎ、あっという間に日が暮れ始まる。
街灯などは無く、暗くなり始めていく世界が終わりを待つ。
そして、新たな時代に踏み出す。
そうして、年を越す。
「まるで、文化人だよな……でも、それを悪く思わないのも、そういう人間に染まってるからなのかな?」
誰に聞こえるかも解らない声。
そして。
「……よし」
綺麗になった……とは言いがたい。
結局は元が寂れていた為に、見栄えがある程度良くなったとしか言いようが無い。
でも、それで良いのだ。
いつか、時代が終わり、人は時の人間として現世を過ぎ去る。
ただ、それまで多くの物を残す。
継承か、
遺産か、
痛みか、
悲しみか、
それ以上に、多くの物か。
残し、紡ぎ、伝え行く。
例え、何色にも変わろうとも、忘れられたとしても、その時代に、その者達がいた。
忘れるなと、言えない。
でも、いたという事実だけが、在って欲しい。
「来年は、より良い御年でありますように」
両手を合わせ、彼は祈る。
そうするのは、結局自分と解って居ても、それでも願わずにはいられないのだろう。
人間である、以上は。
そして、彼は振り返る。
寂れた神社から観る、世界の光景を。
……世界は、崩壊を始めていた。
大地は砕け、空が割れ、まるで積み木が無重力の中で浮かび上がり、更に何かに再構築するような、改変。
この場所は、何処かは解らない。
だが、時期のこの世界の歴史は終わり、新たな物語が生まれる。
過ぎ去る物は、保てない。
だから、世界は新しく塗り替えられていく。
数々の出会いが有り、だがそれも覆される程に何も残らない。
この世界は、悲劇にもその他の事象から切り離され、新たな世界に構成される。
誰が望まなくとも、因果は望む。
理不尽な悲劇だった。
「幾度観たことか……」
終わる世界を、数々見通してきた。
忘れ去られた世界、存在を肯定できなくなってしまった世界。
世界は永遠では無い。
積み上げてきた建造物も亀裂と共に消え失せ、遺産となった巨大な山もマグマが噴き出し崩れ去る。世界が積み上げてきた戦歴も、産歴も、何もかもが消えて行く。
時代が、終わる。
「本当に、守り切れないことが悔しくてならないな……だが、世界もまた、生まれ落ち、老いて死にゆく。因果と解っていても、人の情の内に在るこの価値観は、どうにも軋むな」
胸に手を当て、ひとたび人の心を思い返す。
「……忘れないよ」
砕け消え、そして新たに生まれ変わる世界に、彼は吐き捨てる。
次なる世界は、どんな場所なのだろうか。
嘗ての地がまだ残っているだろうか。
新たな物語の主軸が誕生するのだろうか。
もう、この世界に生命の波動は感じない。
全てがクリーンアップされていく。
単純な機械が、埃や塵を掬い取り、軽量化を計るように。
時代は終わり、歴史は変わる。
だが、忘れないで欲しい。
確かに、居たのだ……その世界に、輝かしき想いを持った者達が。
「……さよなら、世界」
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