奇蹟の大空 Un_verdadero_valiente.

「シロさん、シラユキ、クロユキ、ご飯ですよ~」

「わ~い!」

「待ってました!」


 此所は、ジャパリパークのキョウシュウエリアにある、図書館のお隣さん。……正確には、図書館の隣に家を設けたある一つの家族。大黒柱シロ。その愛妻であるかばん。そして、娘のシラユキ。


 そして――。


「……あれ? シロさん、クロを起こしてきてくれませんか?」

「あ、まだ寝てるのか……珍しいな」

 そう。

 もう一人、息子のクロユキがいた。

 四人家族である彼等は、今日も平和な一日を謳歌し、共に同じ時間を過ごしていた。


 その家族をどう説明するかと問われれば、上げる言葉は無い。

 そう、言ってしまえる程に彼等の関係というものは目に見えて……まあ、相思相愛の家族だ。かばんは鼻歌を口ずさみ、シラユキはその鼻歌に小さくリズムを取り弾み、シロは息子のクロユキを起こす為に、ドッキリを企みながら階段を上がる。


 此れは、そんな家族の一部始終。

 ……な、はずだった。


 ドダドダドダドダッ!!


「……?」

 少しして、階段の方からけたたましい足音が家の中に響く。その音に小首を傾げるかばんだったが、ダイニングに駆けてきた夫の青ざめた顔と、その言葉を聞くや否や、目を丸くした。


「……かばんちゃん。クロが、居なくなってる……っ!!」


「……へ?」


   *


 少し、時間を遡る。


「……スゥ」

 吐息を吐きながら寝ている黒髪天然パーマの少年。

 少年の名はクロユキ。クロユキは、瞳を閉じて心地よさそうに眠っていた。

 夢には何を見ているのか、時折見せる心地よさそうな表情は、きっと夢願う何かを理想の形としているのかも知れない。もしかすれば子供のように他愛の無い夢か、大人には想像できない未知の世界か。


 だが。

 その眠りは、突如として妨げられた。


 ――……。

「……?」

 少年が寝ている部屋の窓辺。

 月光が射す光の他に、もう一つ――微かで弱い光が、森の奥から小さく輝いていた。

 その微かな光は、少年の瞼裏の瞳に映ってしまったのか、彼は小さくくぐもった声を上げながらゆっくりと身体を起こす。


「……、」

 目線の先にあるのは、窓の先。木々を通り抜けた先で、弱っている小さな光。その光は、少年の探究心を眠りから覚まさせてしまったのだ。

 ゆらゆらと、微かに揺れ、点滅しているかのようにも思える。木々の影が邪魔をしているのか、それとも光自体が揺れているのか、少年の想像には達せない。


 少年は寝ぼけ眼でその光を見つめていると、だんだんと光が消えて行くのが見えた。遠退いたのかも知れない、何処かに行ってしまうかも知れない。

「……あ!」

 クロはベッドから飛び降りた。

 パジャマ姿の少年はそそくさと玄関まで降り、乱暴に靴を履くと外へと駆け出した。


   *


 真夜中の月下の元、少年は走る。

 周りは涼しげな風と、その風に揺れる木々。


 ザザッと、草むらを駆ける。風が頬を撫で、日中の暑さは涼しげな夜風が追い払う。足取りは衰えない。子供の体力か、それとも、その純粋な興味か。

 少年の本能は、その日の光景がどんなに綺麗でも、それよりも早く光へと走った。


「……はぁ、はぁ!」

 我武者羅に、何よりも、その光に向かって走る。

 周りの景色に目もくれない。

 どれだけ綺麗でも、今の少年はそれ以上の何かを一点に捉えていたのだ。


 もう後ろを振り向いても、きっと家は見えないだろう。しかし、その時だけは少年の心には、その光景を見失ってはいけないと言う躍動感。そう、少年故の想いが在った。


 そして。

 その足を進めた先。


「……はぁ、はぁ……っ」

 見つけた。

 そう、心の中で呟いた。

 少年の目に映っていたのは、一本の木にまるで横たわるように寄り添う光。ただ、その光は余りにも弱々しく、今にも消えそうな蝋燭のような光だった。


「……ねぇ」

 光に近づく少年。

 だが、光は答えるはずも無い。

 ……はず、なのに。


「ねぇ、くるしいの?」

 まるで、何かが聞こえているのか、心配そうに血相を変える。

 そして、クロユキの中ではその光が放っておけないのか、その光を救うてを探し始めた。

 きっと、父親なら、母親なら、何か知恵を貸してくれると思いたかった。

 だが、もう周りには、見える場所に家など無い。今になって自分が迷ってしまったことを実感した。


「……えっと」

 どうすれば良い?

 目の前では微かな光が今にも消えそうになっている。

 その場所には自分しか居ない。


 窮地だと、理解したくなかった。

 諦めたくなかった。


 そんな時。

 その、諦めない心は、その少年の心に背中を押した。


「……ひ、光だね! 光が足りないんだね!!」

 小さな考えだろうか。光が弱いから、光を与えれば良い。きっと、大人ならもっと理知的に考える。だけれど、少年の頭はまだ子供の物だ。どれだけ誰かよりも優れていたとしても、持っている物は少ない。

 それでも、諦めない。


 光を与えたい。

 何をすれば良い?

 考える。


「……なにか」

 見渡す。

 光源は、月。

 それだけ。


 他に何か無いか?


「……そうだ!!」

 その場所に居ても、仕方が無い。少年の心はその小さな光を救う為に、必死に動き出す。


 小さな足で、少年は小さな光を抱えて走り出した。


   *


 光には、質量が無いのか、感触は無かった。だが、その小さな光はクロユキ少年の腕の中で揺れる。クロユキは走る。彼には、クロには考えがあった。

 それが正解なのかは解らない。

 そこが何処かなど解らない。


 でも、一つだけ、教えて貰ったことがある。


 ――月の光は、高ければ高い程強くなる。


 きっと、簡単な理屈だった。

 登れば良い。

 うんと高くまで、登れば良い。


 時に、小さな躰で崖を登った。

 時に、小さな川を力強く飛び越えた。


「……はぁ、はぁ」

 汗と、泥。

 少年の服も、からだも、汚れていた。


 ――それでも、その瞳は死んでいなかった。


 真っ直ぐに、小さな躰でも懸命に、

 登る。

 走る。

 目指す。


「……いたっ!?」

 ドテンッ! と、前のめりに転ぶクロ。

 光を潰さないように腕を前にして、顔面から地面に倒れた。

「……っ」

 それでも少年は立ち上がる。泣き出しそうなぐしゃぐしゃな顔を腕で拭い、泥まみれの顔で耐える。下唇に噛み付き、震える声を我慢する。


「もうちょっと、もうちょっとだからね?」

 クロはせめてもと、弱みを見せまいと、安心させるように光に諭す。

 聞いているかなど、解らないだろうけれど。

 でも、諦める訳にはいかない。そう、自分の中で言い聞かせて前へ、前へと。


 進む。


 服中泥まみれ、目には涙を溜め、必死に進む。

 軽快な走りは、もう見えない。息を切らし、それでも進むしかない。

 小さな躰に何が出来るか? そんなことを、きっと大の大人達は問うのだろう。だが、少年と大人とは、決定的にかけ離れた、子供にしか無い可能性がある。衰退し、燻りが消え、なくなった物を、少年は持ち続けている。真っ直ぐと、折れない可能性。

 それが、少年の足を前進させた。


 何処が頂上で、此所が何処なのか何て解らない。ただ、少年の頃にあったのは諦めないという強い意志だけだった。

(まけない……、ぼくはぜったいに、あきらめない!!)


 そんな強い思いは、少年の目にある物を映した。


「……あ」

 小さな声が、漏れた。


 走り続ける中で、ふと視界の端に何かが映ったのだ。


 振り向いた目線の先は、湖だった。

 キラキラと月光に照らされ輝く自然の鏡。

 こんなにも強い光なら、きっとこの小さな光ももっと輝けるかも知れない。


 過ぎった思いを、その足に乗せて走る。

 湖は下った先。

 少年の足は、たどたどしく、だが、懸命に走る。


 そう、真っ直ぐだ。

 目的に、真っ直ぐに向かう。


「……もうすぐ、もうすぐ……あっ!」

 もつれた足が、少年の躰を投げ出す。前へと躰が飛ばされ、咄嗟にギュッと胸の中に光を握りしめ丸まった。

 ゴロゴロゴローッ!! と躰は回り出し、一気に湖へと転がって行く。


 そして。


 バッシャーンッ!!


 少年の躰が、湖の中へと飛び込んだ。


   *


「……が、がぼぼっ!?」

 突然の事に頭が追いつかなかった。

 此所まで来た疲労の性か、思う以上に深いその湖の底へと無抵抗にも引っ張られていく。足をバタバタッ!! と動かすが、水面へは届かない。意識半ばの状態だった為に、正常な判断も付かない。

 藻掻き、抗い、苦しむ。

 クロの躰は抵抗虚しくゆっくりと水底へと引き込まれていた。


 身を超える量の水が拒む少年の躰を無理矢理に入り込み、喉から体内へと浸食を始める。咄嗟に口を閉じることも叶わず、鼻をも侵食され、無理矢理に躰中を支配されて行く。


 力がどんどんと弱まり、握っていた光が手をすり抜ける。


 ふわぁ、と手から離れる光。

(死んじゃう、のかな?)

 ゆっくりと霞んでいく視界。それは、湖の水だけでは無く、少年の涙も含まれていた。

(もっと、おりこうさんだったら、こんなことにならなかったのかな? ……ごめんね、ぱぱ、まま、……サーバルちゃん……)


 どんなセルリアンよりも、その水は少年の躰を瞬く間に支配した。

 霞んでいく意識の中で、まるで走馬灯のように浮かんだ表情。


 消えていく中。

 死んでしまうと感じてしまう中。


 もっと、もっと……と、後悔だけが浮かび上がる。


 でも。

 その失い欠けていた意識の中で。


 奇跡が起きた。


   *


「――諦めてはいけない」


   *


 小さな光は、水中で月光を屈折させ、収束させる。

 先程より強さを増した光は、失い欠けていた意識の少年の瞼を超えて、輝く。

 辺り一帯が輝きで包まれた。……そう思った瞬間、クロは謎の浮遊感に襲われていた。


 確かに、水の中はフワフワとして、動けなかった。

 しかし、何かが可笑しい。

 何処か、風が涼しくて……風?


(……あれ?)

 少年はゆっくりと瞼を開く。

 そこは、水中などでは無かった。

 その証明にもう苦しさは無い。


「けほっ……けほっ……へ、なんでぇ?!」

 突然の出来事に、今度は身動きの出来ない水面の上の空中でジタバタと動く。

 腕も足も動く、息もある。

 頭を混乱させる中で、ハッと思い出したかのように先程の光を探し始めた。


 ――だが、探す必要も無く、その光は水中から顔を出した。


 先程よりも、神々しく輝く、目の前の光。

 手の中に収まるような小さなあの光は、クロよりも大きな光で……目の前で光り輝いていた。


「……わぁ」


 ふわぁ、と浮かんだ躰はゆっくりと陸へと移動し、クロの躰を降ろした。

「……、」

 ボンヤリと、不思議そうな瞳で少年は光を見つめる。


 その光は、ゆっくりと形を成し始める。

 いつしかその体は、まるで人のような形をし始め、そこに現れたのは、クロと同じ黒い髪と、クロとは違う真っ直ぐに伸びたロングヘア……。そして、女性のようにも男性のようにも中性的に見える顔立ちと、鋭く、でもそこはかとなく優しさを帯びた瞳が少年を見つめていた。


「……ヒ、ト?」

「……、」

 その言葉に、目の前で光から青年へと変わった者は、小さく微笑んだ。


「君の勇気が、残り少ない私の命を救ってくれた」

「……ぼく、が?」

 その青年はクロに、小さく頷く。


 そして、緊張の紐が解けたのか、クロの足は力を無くし、その場にヘタリ込んでしまった。


「……、」

 そんな少年に、青年は両手を掌で囲うようにする。

 すると、キラキラと光の粒子が集まったような輝きがそこに生まれ、それを少年に向かって優しく放つ。

 青年の輝きはクロの躰を包む。

 すると、先程の泥も、汚れも、疲れさえもクロから消えていた。


「……へ? な、なにこれ?! ぜんぜんつかれてない!!」

 少年の心は、飛び跳ねる。

 その力に、純粋に目を輝かせ、青年の彼へと向けた。


「ねぇねぇ、あなたはかみさまなの?!」

 その問いに、青年は小さく微笑む。


「神様、か……そうかもね」

「わぁ!! かみさま! かみさまだ~!!」

 ぴょんぴょんっ!!

 少年は目の前の奇跡に、心も躰も飛び跳ねた。


「そんなに驚くのかい?」

「うん、だって!! かみさまがいたんだもん!!」

「でも、私を救ってくれたのは君だろう?」

「え、でも……」

 喜んでいた少年は小さく俯く。


「ころんじゃったし、おとしちゃったし……ぼくは、なにも……」

「でも、諦めなかった」

「……へ?」

「君は、諦めずに私を助けようとしてくれた。君の勇気が私を救ったのだ……だから君は、誰よりも勇気のある少年さ」

 俯いた少年の頭に、ポンッと掌を置く。勇気ある少年を賞賛するように、彼は優しくクロの頭を撫でた。

「……うん」

 小さく、呟いた。

 クロにとっては、それが、その言葉が何よりも嬉しかった。


 小さな少年が、大きな命を救ったのだから。


   *


「君は、何て言う名前なんだい?」

「僕は、クロ……クロユキ」

「そっか。クロユキか。成る程、君に良い名前をあげたようだね。成る程、確かにだ」

「そうなの?」

「名前は、一人にとって一つだけの大切な名前さ。家族が愛してくれている証明でもある。大切にするんだよ。クロユキ」

「……うん!」

 力強く、少年は頷く。


 そんな少年を見かねてか、青年はふと空へと顔を向けた。

「……うん」

 そう、小さく呟く。

 すると、クロと青年の躰は再び浮き出した。

「ふぇっ?! へぇぇぇ!?」

 突然のことに驚くクロ。

 躰は一気に空へと飛び立ち、そして。


「見てごらん、クロユキ」

「へ!? ……わぁぁ!」

 クロが見たのは、山よりも超えた場所。ジャパリパークの天空だった。月光に照らされたジャパリパークと満天の星空。地上で見るだけでも、その星の海は絶景であっただろうが、空から一望する世界はまた違う。

 空を見上げれば星の海、地上を見れば、なだらかにそよぐ海と、揺れる木々、遠くには図書館とクロの家がある。


「どうだい、綺麗だろう?」

「うん! おひるにみるのとぜんぜんちがう!!」

「飛んだことがあるんだね。なら、可成り新鮮だろう?」

「うん!! すごい! すごいよ!!」

 子供だから何て、青年は莫迦にしない。小さな身体に大きな勇気を詰め込んでいるその少年の光景を、優しく見つめていた。


「ねぇ、もっととおくまでいける?」

「ああ、生きたい所があるのかい?」

「ううん! もっととんでみたいんだ!!」


「そうか、なら、勇者には最高の報酬を、かな?」

「ゆうしゃ?」

「ああ、そうさ。勇気を持っている人には、そういう名前が付くんだよ」

「ゆうき……なら、ゆうきをもってたら、ひーろーにもなれるの!?」

「ああ、その忘れない心を持っていれば、ヒーローにも、真の勇者にもなれる」

「しんの、ゆうしゃ?」

「そう、諦めない優しさと、護る強さ。その両方を忘れずに持ち続ける人は、真の勇者になれるんだ」

「なれるかなぁ……ぼく」

 考え込む、クロ。

 彼は、好きな女性がいる。でも、その女性のことになると、モヤモヤとしてしまう。そう考えてしまう自分が居る、それを知っているからこそ、悩んでしまっている。

 でも。

 青年は、簡単に、言ってしまう。


「なら、そんな自分を許せる力も忘れないことだよ」

「じぶんをゆるせるちから……?」

「そう、どんなに悪いことを考えても、そんな自分を許して、気持ちも忘れない。簡単なことでは無いけど、夢に楽な道はない。だから、困難でも進むんだ」

「ぱぱも、ままも、そうしてたのかな?」

「ああ、してきた。ずっとしてきたよ……それに」


 青年は、少年と共にビュンッと空を飛び始めた。


「わわっ!」

「ほら、下を見てごらん」

「……、」

 広大な地面が、月光に照らされ見える。とても広く、とても広大で、何処までも続く世界。

 その目には、純粋な、子供ながらの感動が刻まれ続ける。


 その光景に、その世界に、少年の心は言葉となって口から零れだしていた。

「……きれー」

「それだけじゃ無いさ」

 青年は、遠くの水平線を指差す。

 そこからは、水平線の隙間から輝きが漏れ出していた。


「……わぁっ!!」

 目に入る一杯の輝き。

 それは、日の出だった。

 太陽の光が水面から顔を出すように浮き上がる。視界いっぱいのその光景は、何よりも美しいと思える程に、輝きを世界中に照らし、余すこと無く夜を照らす光が満ちる。それは本当に、綺麗で、輝いていた。


「……っ」

 スゥーッと、少年の瞳から小さな水滴の粒が、流れている。優しく拭い、指先で確かめた。

「この光景を君が忘れなければ、君はきっとヒーローにも、真の勇者にもなれるさ」


 優しい言葉が、少年の中に響いた。

「……うん、やくそくする」


 今日という日が、少年の心の中を変えたのだろうか?

 それは、誰にも解らない。


 ただ、今日という日を忘れないのならば、少年は、きっと……。


   *


 日の出の直ぐ、青年とクロは元の図書館近くに降り立っていた。

「此所でお別れだ」

「……うん」

 寂しげな声。だが、少年の目は確かに真っ直ぐに彼を見ている。

「どこかいっちゃうの? じゃぱりぱーくのどこか?」

 青年は、少年の言葉に小さく首を横に振るう。そして、空高くを見つめ、言った。

「宇宙よりも、ずっと先……かな」

「うちゅう?」

「ああ、この空の先には宇宙が広がっているんだ」

「そっかぁ……あえなくなっちゃうのかな?」


 寂しげに語る少年に、彼は再度頭を優しく撫でる。


「例え、私が宇宙の星屑になろうとも、希望は君と共にある」


「……え?」

「君が迷った時は、空を観るんだ。そして、今日の思い出を忘れずにいるんだ。そうすれば、君は真っ直ぐ歩ける。だから、大丈夫」


 最後に、青年は少年の頭から手を離す。

「それと、此れを預けるよ」

「これは……?」

 渡されたのは、透明に輝く青い石だった。透き通った石の中には何かが刻まれている。

「それは、約束だ。思いを忘れない為の約束」

「やくそく……?」

「そう、約束」


 そして、クロから一歩離れ、彼は優しげな顔をして、少年へと吐き捨てた。


「……クロユキ君。また、いつか」


 その言葉だけを残し、彼は飛びたったかと思うと、ビュオンッッッ!! と空を切り星を描き消えた。


「……またね」


 その言葉は、別れでは無かった。

 まるで、またいつか出会えると、そう願って、信じて、解っていたかのようで……。


「クロぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 ただ、その感動を薙ぎ払うかのように、家の方から叫び声と共に少年の躰を抱きしめる父が来た。


「クロぉぉぉ心配したんだからなぁもぉぉぉお!!」

「くるしい……」

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!! と、強く抱きしめるシロ。

「うぅぅ……寝相でも悪かったのか?」

「し、しろさぁぁぁん……!」

 後ろからは流石に父親の爆走に追いつけなかったのか、かばんとシラユキが駆けてくる。心配そうながらも、父親の爆走に必死に駆けつけようとするかばんと、特に心配していなかったのか、ピューンッとそれを追い越すシラユキ。

「あ、ごめんごめん……」

「い、いえ……はぁ、はぁ、クロは見つかったんですね?」

「くろ~、こんなところでねちゃだめだよ!」

「ちがうよ!! ねぇ、ぱぱ、まま……」

「ん? なんだ??」

「どうしたの?」


「僕ね、神様に会ったんだ!!」


「「かみ、さま?」」


 二人は、顔を見合わせた。

 キョトンッと不思議そうな顔で互いに見つめ合うと、シロは不思議そうな顔で、

「夢でも見たのか?」

 と言い、母は、

「えっと……寝ぼけてたの?」

 と言えば、シラユキは、

「かみさまってなにー?」

 と言ってくる。


 世迷い言だと、寝惚けているのかと思われるだろう。

 でも、真っ直ぐに、彼は言っていた。


「本当だって! 神様に会ったんだって!!」


   *


「……、」


 青年は、宇宙そらへと。

 その広大な星の海を、今日も飛び越える。


 大切な夢を、護る為に……。


   *


 きっと、夢を失わない子は、本当に夢のようなことを語れるのかも知れない。

 その夢を現実にしようとする勇気がある限り、失わない限り、夢を諦める必要など無い。

 夢を見続けることには勇気が要る。


 だから、勇気を持って夢へと向かって欲しい。


 そして、どうか……忘れないで欲しい。


 その思いが君の心に残り続ける限り、夢はまだ終わらない。


 ――勇気ある子供の夢を、終わらせない為に。

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