幕間?章

御茶会-Detrás de la escena.-

   〇


 其処は……何処だ?

 迷い込んだ?


 だが、其れを認知するには、余りにも……魅力的で、魅惑的な光景だった。


   〇〇


 まるで、植物園のような場所だった。花々が綺麗に咲き誇り、まるで幼い踊り子のように華奢な姿で迎え入れていた。

 植物園の中央のスペースには、白い木造テーブルと小洒落た椅子が設置されている。テーブルの上には三段式のケーキスタンドが設置され、その中には色鮮やかなマカロン達が並べられ、更には高級そうなティーカップがソーサーの上に置かれていた。

 ティーカップの中からは、湯気が漂い、ほんのりとした紅茶の匂いが鼻を擽る。


 そして、テーブルを囲むようにして並べられた二つの椅子の内の、奥側に、白衣を纏った少年か青年の様な男が腰掛けていた。


「やぁ、初めまして……かな?」

 男は紅茶を片手に、ソーサーをもう片方の手で掴みながらに、目の前に居るその誰かに語り出していた。


 否。

 その目の前に、彼の目の前には確かに居た。


 黒い髪に黒い鞄、その容姿形相は人間に近い形だが、本質がまるで異なるような其れが居た。

 血溜りを移したかの様な瞳の少女。

 ヒトの片割れ。


 偽りの、ニンゲン……。


「ふム……、ココはドコですカ?」

「さぁ? 始点と延長点、将又はたまたそのとでも言うべきだろうかね? ま、出逢うことの無い我々が出逢ったんだ。折角だ、少し君の話を聞かせてくれないかい?」

 余りにも不審的な、その男。

 だが、それは相対する少女にも言えたことだろうか。互いにその胸の内に醜悪な願望を宿しながらも、それらは嘯くように作り笑顔を見せていた。

「エエ、良いでスヨ。こう言う機会はアマり無さそうですカラ」


 まるで社交辞令のような無機質な笑みは、何処か憎悪を感じても可笑しくないのだろうか? それこそ不気味さこそ一気に増すが、それでも対面に居る男は和やかに迎え入れていた。

 少女は進言通り同調するように、彼の前に腰掛ける。

 渡された紅茶に手を伸ばし、マカロンを雑多に口の中に放り、モグモグッと咀嚼し飲み込んだ。


「ムグムグ……で、ボクはドんな話でこノ御茶会を盛り上げレバ良いのデスカ?」

「何、私の無駄話に付き合ってくれれば良いさ。それに、私は君にも興味がある」

「ボクに……でスカ?」

「嗚呼、私は君を知らない。だが、本質上の君はとても興味がある。人間に擬態では無く其の瓜二つの外見ながらに、反物質のように主体と叛逆し合う。其れは本当にセルリアンから来る物なのか……それとも……」

「ボクはボクですヨ? アレとは関係アリませン」


 黒い少女は、嘲るように吐き捨てていた。

 動揺も何もしていない。唯純粋に、自分の本質を吐き出したのか、それだけのようにも見えた。

 もしくは、其処に触れる事に面倒くささもあり、早々に切り捨てたのかも知れない。


「そモソも、ボクとしてハ貴方の方にモ興味が出てきマシタ。貴方ハ私と面識が無イハずナノに、ドウしてボクを知っているんデスカ?」

「言ったろ? 君の事は知らない。だけど、君の本質を理解したい。そう言っただけさ」

「なら、ボクがセルリアンのよウな存在ダト言ウ事実には辿り着かない筈でス。……何か隠していまセンカ?」

「私からしたら、その隠された真実を暴いたところで、君の得には成らないと思うけどな。有益か無益かで言えば、どちらにしろ無益に甚だしい」

「なら聞く必要もありマセンね。……ハムッ、ムグムグ」

「……そんなに美味しい?」

「マぁ、興味はあルノデ」

「そっか」

 少女がマカロンを頬張るところを見かねてか、男も手に持っていた紅茶に口を付ける。茶会らしい茶会には、なっているのだろうか?


 不意に、男は口を付けた紅茶を少し高くに上げ、彼女の視点を其方に向けさせる。男は其のティーカップを上げた後、まるで名句を読み上げる書き手のように話し出した。

「"Storm in a Teacup."……取るに足らないことで怒ることや騒ぎ出すことを語源とした英国圏のことわざだが、此れはティーカップを器の容量を示す語源でもある。ティーカップを器と云うのも、人間の器の大きさというような言葉が生まれるように、その者の心の広さを示している。だが、ティーカップは本来、このソーサーに移して飲むのが本来の飲み方だ」

「ツマり、心をカップと同じと例えルト、大キナ器を持つ者ニハ、多くノ量の紅茶ヲ楽しむコトが出来テ、小さナ器ノ者はソレガ直ぐに終わってしマう、ト? それダト同じ味ヲ多く飲むノハ飽きそウでスネ」

「嗚呼、紅茶にも種類があるように、ヒトは多くの舌を持つ。其れと同じくして、ヒトにも飽きが在る。君の云う絶望がもし、一等片の世界ならば、其れは君の舌にもキテいたはずだ。だが、悉くに趣旨を変える。……まるで、彼女とは相反するのにも関わらず、彼女に近づく……否、ヒトに近づいているな。矢張り創造主と相反する生物を創造しても、創造主に近くなってしまうのは因果かも知れないな……」

「勝手に話ヲ自分の中で肯定しないデくれませンカ?」

「ああ、悪い悪い。何、年配の性だ。語らいたい事など百も千も出てきてしまうのでな」

「ふぅ~ン……でも、若ソウですけド?」

「君の生後で云えば?」

「ハイハイ」

 最早彼女にとっては彼の何処か古めかしい言葉にウンザリし出したのか、返し方が雑になり始める。


 そして、其れこそが。

「其れが、舌が飽きたという形の体現だな」

「……、」

 まるで知ったかぶったような其の口調は、節々に触れ始める。彼女は口元をへの字ににして面倒臭そうに彼の言葉に耳を傾けていた。


「ま、年上の雑学は時折子供らの成長に多大な推進を掛ける事が多い。聞いていて損は無いよ」

 ただ、その言葉にピクッと、彼女の眉が一瞬動いた。それは、今の彼の言葉の隙間に、まるで本棚の隙間に隠された一枚の写真を見出したかのような気分で、その気になった感情を吐き出してみた。

「……ソレって、ボクがよウにも取レますガ?」

 冷淡さに含み笑いを入れて、彼女は吐き捨てた。ただ、その言葉に対して彼は特に其の和やかな表情を崩す事無く、然も当たり前の事を言い放っているように吐き捨てた。

「何、私は関与していないからね。がどのような形で進もうとも、私にとっては関係ない。それが多くの動物の絶滅を意味していても、フレンズの消滅を意味していても、私にとっては重要な問題では無い。私が見ているのは、そこでは無いからね」


 彼女の眉は、釣り糸に引っかかったかのようにピクピクッと揺れる。

 ただ、其の質問をするよりも早く、男の口元は動き出していた。


「さて、私も少々話しすぎたね。折角だ、君からの言葉は何かないかい?」

「……、フム。デは……」

 彼女の頭の上にライトでも点灯したのか、その思い至った言葉を吐き出した。

「貴方は、生物ノ絶望がどう生まレルカ知っテいますカ?」

「おや、興味深いな」

「生き物たチハ大いなる恐怖を前に怯エル、更に嘗テの友が己の喉元ニ爪を突き立テる瞬間も同じデス。ですガ、時に余波トイう物が残るのでスヨ」

「……へぇ」

「ソレは、受ケ手と攻メ手のドチラにも作用シ、仲間を傷つケタ者は其ノ苦悩に押シ悩まれル。仲間ニ傷つけラレた者ハ其ノ対象に恐怖を覚え、仲間を守れナカッた者は無力ニ怯えル。恐怖とイウ物は其の性質上どのヨウにも働く相互座用を持ってイテ、ソレは時にどんな形でも生み出せる物なノデスよネ」

「成る程、恐怖は事象では無く、其の狭間でも多く作用し、更に生産性が高い、か」

「ダイセーカイ☆ 更に、貴方の持ち上げてイル其のティーカップ。ソレが生物の器だとスレば~?」

「此れかい?」

 男がティーカップを持ち上げる。


 刹那。


 パンッ!!


 乾いた音が、其の植物園に広がった。


 彼の持っていたティーカップは、彼女の持っている拳銃に撃ち抜かれ、粉々に砕け散る。パラパラッと地面に無造作に飛び散り、あの高級そうな一面は見る宛も無く粉々になっていた。

「ネ? コンナ風にあんナニ大きかった魅力ガ、そこマデ矮小なガラクタにナッてしまウンです♪ それモ、割れタ面は鋭ク、意図も簡単ニ近づいタ物ヲモ傷つけラれル」

「あらら、意外と気に入ってたのに……」

「それに、ネ」

 彼女は次に、テーブルをバゴンッ!! と蹴り上げる。

 乱暴に蹴り飛ばされた木製のテーブルは、ケーキステージごと投げ飛ばされた。そして、直ぐさま拳銃をテーブルに向けると。


 パンッ!! パンッ!! パンッ!! パンッ!! パンッ!!

 木製のテーブルは意図も簡単に砕かれる。

 最早其れは木のガラクタのように、バラバラと地面に落ちていた。

「コンな風に先ずハ舞台を整えナキャいけまセン。元々アる舞台ジャ、面白くもナンともないデショ?」

「……確かに、物語を始めるならば、舞台を一掃し、新しき舞台に書き替える……まるで芸術点をあげたくなるような発想だね」

「エエ、デスが、其の舞台に手を掛ける者も例外デはアリませんヨ?」


 手に握られた拳銃を男に向ける。

「……、」

「良いのかい? 其の回転式拳銃リボルバーは、既に六発を撃ち終えていたはずだが?」

「――知ってイまスカ?」

 少女は嘲た笑みを彼に向ける。

 其れは敵意と云うべきか? 否、違う。


 まるで、天上君臨する神を貫く武器を手に入れた人間の、傲慢の体現だろうか……。其の余韻に浸ってしまい、力という毒に侵されたような……凶器の様な微笑み。

 その上がった口角の中から吐き出された言葉は、鋭く、先の尖った槍のように突き放たれた。

「――『弾は常に、一発残っていると思え』ッテ」

「……、」

 男の表情はまるで変化しない。

 和やかな笑みは失われる事無く、今も尚微笑み続けている。気色悪いと言うなれば、それは双方に言える事だ。彼女も彼女で、其の表情が無機質な機械のように張り付いた笑顔で、消える事が無さそうだ。


 ――カチッ


 パァンッッ!!


 ただ、その躊躇う事の無い一閃は、引き金の音と共に呆気なく……そして、戸惑い無く放たれていた。

「ただ、例外はいつモ面倒でスネ……」


 ――ギギギギギギッッッ!!


 放たれた銃弾は、途端に進行方向を変えて、地面へと突き刺さった。


 否。

 銃口と彼の延長線上で、何かが遮った。


 薄く透明な、視界の中で歪む其れは、まるで円状の何かだった。所々に凹凸が見えるようにも思えるが、一瞬の発現の後、薄く消えていった。


「今の言葉は、何かのことわざかい?」

「造語でスヨ」

「なら、この言葉を贈ろう。『窮地に微笑むのは、策士か馬鹿だ』」

「……どういう事でスカ?」

「造語だ、大した意味は無い」


 彼の言葉に、少女はぷっつんと糸が切れたかのように興味が薄れたのか、再び椅子に腰掛ける。「アーアー」と落胆したような声を上げながら、ボーッと空を眺めだしていた。


「しかし、君は良く理解したね。この事象を……糸が絡み合った瞬間に起きたこの特異点で、其の本質を読み解いた。矢張り、消えるには惜しい存在だ……嗚呼、本当に惜しいregrettable

「……?」

 彼女が彼の言葉を理解するには、どうにも彼女自身が追いついていなかった。


 バタンッ!

「アイタッ」

 不意に、彼女は尻餅をついていた。

 いや、正確には、腰掛けていた椅子が消えたのだ。


 だと云うのに、目の前にいる男の椅子は消えておらず、其れも特段驚いた様子も無く彼女を見つめていた。まるでその事象が当たり前かの様に、唯々傍観しているだけなのだ。

「ふむ、では。終幕としよう。全ての裁定は、ものとする」


「ナっ?!」

 彼女は目を見開いた。

 それは、彼女の背後……在るはずの無かった石版の扉が存在し、ゴゴゴゴゴッと扉が開き始めていたのだ。

 扉は開くに連れて、その何もかもを引きずり込もうと、猛烈な吸引風を起こし始めた。

「ウワワワワワワッッ!?!?」

 彼女の身体はその強引な吸引力によって身体を引きずられ始める。どれだけの力を要そうとも、抗う事の出来ない吸引的な風が、彼女の身体を引きずり込んでゆくのだ。


「さて、其の舞台で踊り狂う少女達よ!! 唄え、叫べ、其の舞台の上で其の存在感を示し、そこに居ると叫んで見せろ!!」


 まるで喜劇の舞台の語り部のように、男は言い放った。

 男はまるで動いていない。席に腰掛け、未だ尚悠々と彼女を見つめているのだ。

「え、ちょ!? ……ま、マテ!! オマエは……一体ッッッ!!」


 引きずり込まれながらも、彼女は抗い彼に手を伸ばす。

 だが男は其の彼女を哀れむわけでも無く、面白おかしく笑うわけでは無く、唯々、悠々と見つめていた。

 ただ、最後に言葉を残して。


「そして、神域に近づきし者達よ……、いつか、あの場所に立ちて、世界を見よ」


 ――己が作り出した、世界を。


 バタンッ!


 少女を吸い込んだ扉は、勢いよく閉じた。

 閉じたかと思えば、其の扉は既に其処には無かった。


 まるで、SFと言うべき事象だったが、彼は目もくれない。

 ただ、虹色に光る発光を散りばめ、彼の身体は消え出していた。


「さて、では……次の来訪者が来るまで――少し、消えるとしよう」


 脚が消え、腕が消え、残った顔の口元が、微かに動く。


 それは、誰もいない空虚な空間で、響く事無く、吐き捨てられた。

 

『――にて、また会おう』

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