第一〇節 V.S.『神道より出ずる農耕の祭神 Ⅰ』Round_01.
中央管理センターに、一つの通信が入る。
「はい、此方中央管理センター司令室」
『コクトだ』
「所長ですか!? ご無事で!!」
『前口上は良い。現状は把握できているな?』
「はい……、セルリアンが現在停止しています。ただ、光源は微かに存在するはずなのに、一体も動かないという奇妙な状況です。一応は監視の目を光らせフレンズには休んで貰ってはいますが……」
『それで良い。現状は成る可く維持。フレンズの体力回復を優先させろ。だが、成る可くローテーションで緊急時の対応を可能にしておける状態で、だ』
「了解しました!」
『それと……』
ため込むようにして、通信機の先から吐き捨てられた。
「私は其方に戻れない。緊急時の対応は其方で判断せよ」
『え……、しょ、所長!?』
ブチッ!!
通信は、問うことも出来ずに、切られた。
*
ジャパリパーク。
事務所。
とある部屋のロッカー。その扉を開けた者は、更にロッカーの奥へと手を伸ばす。
ガギガギガギッ!! と、鉄の削れる音を立てながら奥の鉄の板が外されると、鉄板との間に妙な空間が出てきた。小物程度であれば隠せるような其処には、一本の刀が収納されており、男はその刀を手に取り、腰に差す。
暗闇の中、男はロッカーを後にし、部屋を出た。
暗い闇夜の事務所の廊下。
外の窓から見える空は、厚い雲が天を閉ざしている。
男は足場も見えない程の暗闇に戸惑うこと無く、真っ直ぐに進んでいた。
「……、」
静かに、カツカツッと、歩みを進める。
長い廊下を、ゆっくりと進む。
腰には、刀が一本。
そして……。
それを遮る、一つの影。
「……何処に、行かれるのですか?」
歩む男の前に、一つの影が現れる。
分厚く、光をも遮る雲から、月下が隙間を覗き闇夜を照らす。
窓に差し込む光は、その影の二者を月下の元に表した。
独りは、コクト。
刀を腰に差し、白衣を靡かせる。
一人は、オイナリサマ。
まるで、彼の歩みを止めんと、立ち塞がる。
「……何処かに行く理由を、お前に話す必要があるか?」
「この非常事態に怪しい動きをしていれば、問いただすのは当たり前かと」
「そうだね。だけど、どいてくれはしないのかい?」
「問いただしているのは、此方です」
ピリッ……。
ピリッ ピリッ
ピリッ
火花のように、言葉が火花を散らす。
一歩も引かない。
まるで、剣士同士の、決闘前の静けさのように。
「理由は言えない」
「なら、尚更通せません」
「悪いが、通させて貰うよ」
「行かせるつもりは無い、と言っているのですよ」
「……、」
緊張感が走る中、コクトは静かに片足を下げる。
オイナリサマも、その行為を見て直ぐに悟った。
押し通るつもりだ、と。
ビュォォォォォォッッッ!!!!
コクトが動くより早くだった。
虹を孕む輝きが、まるで覇気のようにオイナリサマから流れ出す。
「……神格だけあるな。唯の野生解放で此処まで体現化させるか」
「貴方が何をしようとしているか、解らないとでも?」
「……ッ!?」
彼女の言葉は、コクトの眼を大きく開かせた。
「長い付き合いです。貴方の考えようとすることは私にも解ります。それこそ、全てでは無くとも、貴方はこの異変の根源を知っている。そして、其処に一人で向かうつもりなのでしょう?」
「……どうだろうな。下手すれば、このまま尻尾を巻いて逃げるかもって思ってないのかい?」
「逃げるような方が、私を前にして震えていないのも可笑しい話でしょう」
相手は、どんな理由があろうとも、神格の神獣だ。
神たる存在は、当たり前のように人間を超越し、当たり前のように世界を作り変える。
それが出来て当たり前のような規格外の存在。その力の片鱗を振るえば、大海や焼け野原にすることなど造作も無い。
その力の体現で有り、象徴が、目の前で己を止めるだけに振るわれようとしている。
コクトでも、その意味は理解している。
そして、それが旧知であるからこそ、冗談ではないと言うことも。
だが。
「……今の君では、俺を止めることは出来ないよ」
「仮にも私は神獣です。貴方を止めることなど、造作も無い」
言葉の中にあった敬語が消えた。
最早敬意無く、その輝きは彼女の本気だと捉えても言い。
殺してでも止める。
比喩であっても、まるでそう言いたげな程に、神格としての威厳を放っている。
「……もう良いよ。君を説得するのは目に見えて無理なのだろうな」
コクトは、引いた足を戻す。
強引に突破することを止め、まるで諦めたかのように元の姿勢に戻る。
そして。
腰から一つのカプセルを取り出した。
「良かったよ……此れを見せるのは、君で……最初で最期になりそうだ」
「――ッッ!?!? 真逆、止めなさい!!!!!!」
ピシィッッ!!
コクトは、カプセルを掌に納め、強く握る。
中でカプセルが割れたような音を発すると、手の内側から黒い蒸気のような物が吹き出した。
「――」
そして、彼の手から吹き出す黒い瘴気は……彼が腕を振るうと同時に、全身を覆い隠すように彼に纏わり付いた。
「――っ!! ……貴方という人は!!!!」
オイナリサマが、柄にも無く怒鳴る。
それが、何かを彼女は察し、そしてその行為が如何に愚かかを、最早暴言のように吐き出していた。
だが、その愚かさの体現は、徐々に霧を身に吸い込み、姿を現した。
皮膚が陶磁器のように割れ欠け、中から黒い瘴気が吹き出す。
目元は全てが欠け落ち、中から黒い瘴気とボンヤリと浮かぶ瞳が覗いている。
「サンドスター・ロー……」
彼女は、呆れと、驚きと、その行いに哀れみを含めたように吐き捨てた。
「そう。最も、研究員達にも極秘の成分だ。此れを知っているという事は……矢張り君も、既にこの島の現状を知っていたという事なんだな」
「……っ」
「ま、良いさ。そして、悪いが……」
コクトが、身を屈め前のめりな姿勢へと移行する。
呆気に取られていたオイナリサマは、彼の行動の移行に直ぐさま焦るように身構えた。
だが。
「通らせて貰うよ」
次の瞬間、廊下の窓が吹き飛んだ。
*
身を屈めて、銃弾のようにコクトは放たれた。
横をすり抜け通ろうと、彼女の脇の隙間に向かって駆け抜けようとする。もはや駆け抜けるという次元では無く、音速の世界。
だが、瞬時にオイナリサマは結界を張り巡らせ、彼の行く手を塞ごうとした。
無論、コクトも応戦する。
目の前に張られた結界に、音速で動く彼は背中から瘴気を鋭利なナイフのように硬質化させ、牛の角のように突進した。
音速の中の世界での、矛と盾の衝突。
唯その衝突だけで、窓ガラスは一瞬にして砕け散り、外に投げ出される。
風圧という言葉だけでは無く、衝撃波も起きたのだ。
結果的にコクトは弾き返され、ズザザザザーーッと弾かれるように後ずさりをする。
顔を上げたコクトの体中には、多くの亀裂が更に入り乱れていた。
「通す訳には行きませんよ」
「だろうな」
コクトは軽く肩を押さえて鳴らしながらに、窓の外を流し見る。
(窓の外から出ても、追いつかれるだろう。あの反応速度からして、彼女を通り抜けるのは不可能だ……とも成ると、彼女を押さえなければならない……オイナリと言えど、神獣。生半可な覚悟では、無理だな)
軽く頭の中で整理させる。
突破口は、彼女を抑えること。
それ以外に、道はない。
「それに――」
ゴバッ!!
目に見えない衝撃が、彼を襲う。
彼の身体の直ぐ脇で、爆発が起きた。
「私、これでも本気なんですよ?」
「……っ」
コクトの身体半分に更に亀裂が入ると同時に、壁まで身が放り投げられる。
身体事態へのダメージが無い物の、体中に走る亀裂だけが着々と蓄積されていた。
(容赦無し、か。それに、視界に移らなかったのでは無く、空間その物に有を作るのか!)
忌々しい。
最早何かを投げて当てたり、自身から打ち出すとか、そういった領域では無い。
何も無い場所でコンクリートを壁に風通しの良い穴を開けてしまう程の火力をぶち込んでくる。それも、最悪体内に埋め込めるという脅し付きだ。
直ぐさまコクトは立て直して動き出した。
ビュオンッ!! と風を切り、音さえ置き去りに駆け出す。
オイナリサマの前で順応無尽に飛び回り攪乱し、彼女の背後から一気に強襲を掛けた。
だが。
一瞬。
視界の仲に不可解な閃光が幾つも映っていた。
ボッ!!!!!!
彼女の周りで、連続性の無い大量の爆発が起きた。
鼓膜が張り裂けるような、同時発火された爆弾のように、彼女の周りを一切の隙間無く彼を襲っていた。
「――ッッ?!?!」
余りの出来事に、コクトはその爆発に容赦なく飲み込まれる。
白衣の所々に火が飛び散り、陶器のような皮膚が焦げ始める。黒い瘴気が直ぐさま彼を纏うように動き火は沈下されたが、体中に走る亀裂は隙間無く埋め込まれ、所々が欠けて瘴気が漏れ出していた。
「私は、貴方を止めると言いました」
体勢を立て直すコクトを見据えて、オイナリサマは言い放つ。
「ですがもう、説得は諦めています。だから……貴方の四肢を捻り潰してでも止めさせて頂きます!!」
確固たる決意か、神としての意志か。
あの優しい口調が、刺々しい覇気を纏ってコクトに放たれていた。
絶対的にも見える力の差。
この場を掻い潜るためには、神という領域に全身を投げ捨ててでも、ねじ込んでも勝てるかなど解らない状況。
だが、その言葉に、彼は小さく微笑んでいた。
「そっか……」
「何が可笑しいのですか?」
「いや、別に。それに、大体種明かしは済んだ。もう目くらましにも飽きた所だ」
「何ですって……っ?!」
彼女は、まるで怒りの尾先に触れた小物を観るが如く、その侮辱に対して噛み付いた。
だが、コクトは軽くクルリと翻すようにして吐き捨てていた。
「神様って言うのは、大体属性が絡みやすい。解りやすく言えば四神の四大元素。妖怪は伝承通りの能力……いや、そもそも神様は伝承によってその能力があるし、逆に言えば人の想像によって神様ってのはその力の幅が変わる。中でもオイナリ、君は本来穀物や農業における神で、現代では産業にも発展している。そういった豊作を元にされたイメージってのは人の中で型が変わりやすい。言ってしまえば、偏見さ。農業ってのは水を回し、陽の光を当てる。収穫や水引は人の行動だが、天候は昔神の考えによるとされていた。つまり、陽の光。光の属性が君の本来の根幹だ。人を導き、人の先を照らす象徴でもある白狐。白が定着しすぎた結果、君の状態の発現は姿にも表れている程にわかりやすかった」
「だから、なんです?」
「だが、その昔、ある一つの噂によって君はその偏見性が人の感情によって現れてしまった。江戸時代に流行った疫病によって、更にその農作物から感染が広まった理由で、君は『疫病神』とされた。更に時代が進み、産業に対してもその利益を生み出してしまったが故に、ある時期疫病神との併合をされてしまい、現代的な戦争の火器。つまり、爆発という兵器を扱えるようになってしまった。簡単な話さ。神様を生み出すのはいつだって人間だ。そして、その結果君は一番忌み嫌う力を、人間の偏見と、己の属性を掛け合わせた形にしてしまった。所謂所の、光の爆破。つまり、少クラスの核爆弾。人工的な核融合では無く、天然的な核融合の誘発。知名度が高ければ力も付くとは言うが、君がこのジャパリパークで名を馳せたせいで、忌み嫌うその力は更に増大化した。君が四肢を捻り潰してでもと言ったのは、その力を使わなくては止められないからと、その力が制御しきれる代物では無いから。太陽の化身では無く、豊作の神として産まれたが故に、其処まで定着の無い力が人の偶発によって産まれてしまったんだ」
「……っ!?」
彼女は苦悶の表情を、苦虫を噛み潰したかのように浮かべる。
「それに一番面倒なのは、君がフレンズ化してしまったこと。それによって、善性のサンドスターを有してしまい、その爆発は核融合時に発生する放射能さえ遮断するクリーンエネルギーになってしまった。人からしてみれば都合は良いけど、人の悪文化を何でもかんでも良性にしてしまうサンドスターが合わさった性で、忌み嫌うには曖昧な場所で定着してしまった訳だ。後は、その力を出さないように本来の神社にまつわる神事を応用した力で包み隠してきたんだろうけどな」
彼女の能力。
それは、とても解りやすい物なのだ。
それは、人の偏見によって生み出されてしまった、善性的な核。天然的な核融合。つまり、太陽の化身の断片を振るえるようになってしまっていた。
それは、人間文化の信仰上の理由における、彼女が――産業の神となり、太陽という繋がりを持ち、疫病という大量殺戮の片棒を持たされ――それらを統合してしまった人間の偏見的信仰が今の彼女を生み出してしまったのだ。
「だとしたら……」
「……、」
俯いた表情の仲で、彼女は下唇を噛み、吐き出した。
「だとしたら!! 私はどうすれば良かったんですか!! 人を死に至らしめてきた人工的な火と鉄の力!! その片鱗を持って顕現し、今更善性にされた?! 私はその力で人々も動物も無残に死にゆく姿を見てきたのに、その片鱗を私に託しますか!? 冗談じゃ無い!! 私はそんな力一つも持ちたくなかった!! 人と獣と、その両方に手を差し伸べるだけの優しい力さえあれば良かった!! 絶対的な神様の力なんかじゃ無くて、人の隣に居られるような優しさに溢れた力があれば良かったと何度も苦悶しましたよ!! なのに、私に対する考えは誰も改めない!! 世界の何処かの独悪的な資本家が! 悪名な政治家が!! 人の心が私を穢した!! そんな風になりたく無くとも、この身は!! 神の身はその考えを引き寄せる!! 何度も耳を塞いでも、耐えがたい程に入り込むあの苦しい声を!! 聞き乍らに何もできなかった私は!! この力に何と言って!! 人に何と言って考えを改めさせれば良いのですか!! 人は過ちを認めない!! 己を認めない!! なのに、何故私たちは今でも寄り添わなければならないのですかっっっっっっ!!!!!!」
息を切らしながらに、彼女は叫んだ。
フレンズとなり感情が芽生えたのか?
違う。
神々は人に寄り添って生きてきた。
それは、過ちと火と鉄の時代をも共に歩んでしまったが故にだ。
きっと、放棄すれば良かった。
制裁と言って君臨すれば良かった。
だが、できないのだ。
彼女達は知っている。
過去の人間が魅せてきた、感謝と屈託の無い笑顔を。
信じ続けてきた。
祈り続けてきた。
その笑顔が、又全世界で、広がることを。
だが。
時代は、恐ろしく悲惨な方向へと進み、戻ることは無かった。
今は無き、あの笑顔が……人に見出せない。
だから彼女達は此所に来たのかも知れない。
信じていた者に裏切られた、その心を癒やすために。
「……、」
どうしようも無い独白だ。
神様は万能だ。
だが、心まで万能にはできない。
人が思うように、神も思う。
故に、彼女達も又、苦しみとも歩むのだ。
「……オイナリ、もう一度言うよ。どいてくれ」
「……っ」
優しかった。
コクトの声は、彼女の決意を歪める程に、優しく懐かしい声だった。
「俺は、このパークを守る。だけど、その為には、必要なんだ」
「犠牲が、ですか?」
「そうだ」
「要りません、そんな犠牲」
「なら、その痛みと苦しみが、また世界に広がっても良いのか?」
「……ッ!?」
「俺は、これより先に起こることを知っている。きっと、君は明確には知らないのだろう。今動くべきは、止められるのは、全てを知っている俺だけなんだ」
「そんな犠牲は要りません!!」
「……、」
子供のようだった。
駄々をこねる子供。
融通など無く、唯自分の意見を通し、有益になりたい、純真で欲の強い子供。
今の彼女に神様の誇らしさなど無かった。
皆に魅せる笑顔は無かった。
儚い年の華奢な少女が魅せる、綺麗な涙があった。
「私は、この場所で嘗ての笑顔を観ました。それは動物だけじゃ無い。来る人来る人が、皆々笑顔になり帰っていくのです。私は考えられなかった。こんな事ができるなんて知らなかった。色んな笑顔にまた触れたいと思って、出しゃばったなんて言われても、それでもあの笑顔と共に居られたあの時間が忘れられなかった。……ずっと欲しかったんです。また、あの場所が欲しかった。そして、それを作ったのはコクト……貴方なんです。貴方は、まだ此処に残るべき人間なんです」
「……そっか」
コクトは小さく息を吐いた。
だが、彼の口から出たのは、落ち着いた声で、重い言葉だった。
「だけど、それではこの先に未来が無い」
「……っ!!」
そうだ。
彼女も悟っている。
この状況が、均衡が続いた所で、解決にならない。
誰よりもこの状況を知っていて、見据えていて、理解しているコクトは、どうしても優先順位に上げられてしまうのだ。
世界の贄になれという。
笑顔の殺人の、死刑台に上げられる生け贄に。
「……ならっ! 説得すれば良いでは無いですか!!」
焦るように裏返った声で、彼女は叫ぶ。
「私が協力します!! 貴方が抱えている秘密や考えを打ち明けて、皆に理解して貰えば、皆さんも協力してくれます!! 神獣の方々だって、この事態を見過ごしませんよ!! きっと皆で協力し合えば、手を繋げば……きっとっ!!」
「なら、君はこの問題の解決の為だけに、多くの生き物たちを恐怖と暗闇の中で過ごし続けろというのか?」
「……なっ!?!?」
「私はもう、見ただけでも解る程に、人間ではない。素性を隠し、偽り続けてきた。それこそ、私が包有する知識の大半は人成らざる非人道的な知識ばかりだ。この秘密を知るだけで、人の脳に値段が付けられる程にな」
「な、何故そんなことを……どうして、其処まで!!」
「……だから、私は何度も言うさ。この犠牲は私一人で成り立つ犠牲だ。皆が笑顔で、笑い合えるために、満場一致で選ばれた犠牲となる命……唯それだけの理由なんだ」
「……解らない」
どれだけ仄めかしても、彼女には彼の思考が一切読めない。
「どうしてそんなことをしたんですか!! このジャパリパークに何があるというのですか!! 私たちに迫る危機って何なんですか!! 私たちでは知り得ない、知ってはいけないような事なんですか!!」
彼女の疑問は当たり前だった。
余りにも情報が不足しすぎている。
彼一人がため込んでいるだけの情報は、きっと彼女達とは格段に離れた溝を作っている。
だからこそ言うのだ。
知っているからこそ、犠牲者にたり得ると。
「……そうだ」
過去現在未来。
その全ての生物達が満場一致で行う笑顔の殺人には丁度良いと。
「……、」
「……、」
オイナリサマは俯いたままだ。
コクトは彼女を見据えている。
互いに互いの意見はもう、纏まることが無い。
硬い意志を打ち砕くには、己の意見を通すためには……。
既に回答は出ている。
「なら、私は何としてでも貴方を止めます!! 無理だとしても、難題だとしても、私は貴方を止めて、皆を説得して、平和をつかみ取って見せます!!」
「例え……、回答が見当たらなくても?」
「答えは、変わりません」
「そうか……」
なら、もう語り合うのはお終いだ。
ここから先は、もう後戻りはできない。
意志と意志との……正真正銘のぶつかり合いだ。
だから。
「ならもう、私も隠し球を隠すこと無く使うとしよう」
コクトは、腰から新たなカプセルを取り出す。
否。
カプセルと言うには、まるで大きめの試験管だ。
巻物のようなその大きさの管の中には、真っ黒の液体のような物が、隙間無く保存されている。
ピシッ!
コクトは、握り出す。
節々に亀裂が走り出し、ゆっくりと試験管は割れ始める。
「もう、止められないぞ」
ピシッ!
「そ、そんな量のローを!?」
「言っただろう。隠し球だ」
ピシッ……ピシッ!
バギィィィィィッッッ!!!!
試験管は粉々に砕けた。
そして、コクトの掌から大量のサンドスター・ローとなる液体が滝のように流れ出す。試験管の大きさに不釣り合いな、無限に湧き出る黒い液体は床を浸し。巨大な水たまりのようにどんどん広がっていく。
そして。
「此処からは……容赦は無い」
急に、足場に流れ出していた大量のサンドスター・ローの液体はコクトを中心に球体のように彼の周りに纏わり付く。
ギュオンギュオンッ!! と竜巻のように液体は彼を包み隠していた。
「……っ!? 何て邪悪な!!!!」
彼女もその風圧に肌で感じていた。
並のセルリアンでは無い。
最早、その存在その物が天変地異とも言えるような天災その物を体現するような邪気を、肌にジリジリと感じていた。
そして、まるで凝縮するように彼を中心に吸い込まれ出した。
「……、」
体中にへばり付くように、粘着質な黒い物体が彼を纏う。
全ての亀裂を塞ぐように、内側に在る物を漏れ出さぬように、彼に纏わり付く黒。
そして彼は、ゆっくりと視線を彼女に会わせた。
黒く濁るその瞳。
存在するだけで悪と見なされるような邪気。
そして……。
「……構えろ」
静かに。
「……っ」
「……そうだ、気を緩めるな」
瞬きの瞬間無く。
「……でなければ」
「――ッッッ!?!?!?」
「……死ぬぞ」
攻撃は始まった。
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