第四章 Fourth_year_Code.

第一節

 ジャパリパークに来て、早四年目となる。

 そして、記念すべきジャパリパーク開園計画の実行年ともなるその日……、コクトは一人、事務所の屋上で空を眺め黄昏れていた。

「……、」


   *


 蓮野玲子。

 Cecil・Clark。

 四季葉魁呂。


 三名の突然の死。

 それは、余りにも突然で、余りにも早い別れとなった。


 コクトは、彼等が死んだその後の事を、ふと思い返す。


   *


『……、』

 カイロが息を引き取ったその後、コクトは彼等三人のベッドを眺める位置にて、彼等の死に姿を見つめていた。

『……コクト』

 ミタニは、心配しつつも顔には出さず、冷静な面持ちで彼に声をかけた。

『……ミタニ、現在いまジャパリパークに残っている研究員は、この診察所に居る者で全てか?』

『あ、あぁ……』

『そうか……』

 コクトは、小さく息を吐き出す。

 涙などとっくに枯れていた。

 流す直前に、彼の中にある覚悟が芽生えていたのだろうか。ただその変貌に、ミタニは違和感を覚えていた。

 その横顔は、冷静だった。

 大局を見つめる軍師のように、静かで、冷静な声で、色の無い表情で、彼は放った。

『全員をここのロビーに集めろ。今すぐにだ』

『ああ、構わないが……どうする気だ?』

『どうも。ただ、所長としてをするだけだ』

『……? わかった』

 ミタニはその意図を把握できないまま、病室から出た。

 彼は周りの研究員達に呼びかけ、ロビーへと集められる。その間コクトもロビーへと赴き、重症患者の処置を行っていた。

 何故集められたか解らない彼等だったが、彼等の信頼する三人が居ないことを知ると、何人か勘ぐり始める者も出ていた。


 処置を終え、コクトは集まった研究員達を確認する。

 現在約三〇名程の研究員達が、ロビーに集まっている。


 そんな彼等は皆、中央に居るコクトに目線を向けた。


『君たち、体感した通りだが、今回古代種のフレンズによってこのような被害が出た』


 そうだ。

 彼等は知っている。

 フレンズ化し、襲いかかってきたあの少女を。


『そして今回、残念ながら三人の死亡者が出てしまった』


 ザワッ!

 驚く、驚愕する。

 その誰もが、その言葉に嫌な予感が巡る。


『レイコ、セシル、カイロ。彼等三名は、かの者の手によって重傷を負い、つい先程、殉職した』


 そう。

 予想を……、当てたく無かった予想を。

 コクトは何のためらいも無く言った。

 無論、その事実に驚き、涙を流し始める者も居た。


 良い上司だった、良い人だった。

 面白い人だった、楽しい人だった。

 もっと聞きたかった、もっと話したかった。


 誰もが、その心中にある嘆きを、涙として流し始めたり、その事実に震え出す者も居た。


『だが』

 続ける。

 少年は、そんな彼等に、現実を受け止めきれない彼等に、放った。

『彼等は最後に、我々に託した。このジャパリパークの事を』


 ――……じゃぱり、ぱーくを……頼んだ、ぜ。


 あの言葉を、託された所長として、繋げなければならない。

 彼等研究員が解き明かしてきた真実を、無駄にしない為に。


『なら、泣くな、嘆くな。それは無礼だ。託された者として、その背に背負った白衣を着る者として、己が慕った人間の思いを無駄にするな。泣くより、嘆くより、彼等の誇りに傷を付けることだけは絶対にするな!』


 託された者は、託してくれた者になんと言えば良いのか。

 それはきっと、成し遂げた時にこそ、語れる瞬間が来るのだ。

 ならば立ち向かえと、前を見ろと、彼は彼なりの叱咤を彼等にたたき込む。


 非常な判断とて、見間違えるな、と。


『……、』

 涙を拭った者が居た。

『……!!』

 瞳に光を灯し、立ち上がった者が居た。


『ああ、そうだ。その思いを無駄にするな』


 コクトは、彼等の決定を快く受け止めた。

 ……そして、彼は小さく息を吸い、吐き出した。

 そう、ここからなのだ。

 本当に言うべき言葉は。


『これより君たちには、有ることを守って欲しい。これは、ジャパリパークの今後を担うこの場だけでの決議である。我らは今回の件を黙秘する。それは、外部にも、外に出ている同僚にも、この場に居る者以外の全てに話すことを禁ずる』

 先程まで意思を決めていた彼等だったが、再び動揺する。

 だが、奥の方で聞いていたミタニは、粗方察しが付いていた様に頷く。

『解っているだろうが、今回の件を外部に漏れるようなことがあれば、研究機関の停止はおろか、フレンズ達にも強制執行が行われる可能性がある。今回の件、今後一切口外することを禁ずる。そして、今回殉職した三人についてもこの一切の口外を禁じ、退職処分とする』

 一気に響めいた。

 先程までの決意が軽くあしらわれるかのように、その決定に対して所長が何を思っているのか研究員達は全く解らなかった。

『ど、どういうことですか!!』

『そうですよ! 死を隠蔽するなんて!!』

『……なら、今回の研究員の主格三人が死亡した点について、君たちはなんと説明する?』


『……ッッ!!』

『解らない訳では無いだろう? 今回の件のその一切を口外すれば、この場所は消え、最悪フレンズの牢獄と化すのだ。それは彼等の意思にも反することとなる』

 仮にも、今回の研究に集められた研究員達だ。

 その意味がわからない訳では無い。

 今生きている者の為に死を利用するか、その死を隠さない為に生きた者を捧げるか。

 言い過ぎかも知れないだろうが、言い得て妙でもある。


『……、』

 研究員達の動揺は止み、一同が俯く。

 そうだ、そうするしか無いのだ。


『酷な選択をさせて済まない。今回の研究所の件については設備不良の事故、彼等三人については退職という形で認識してくれ』

『わ、解りました……』


 妥協。

 と言うよりは、苦渋の選択だろう。

 研究所の存命の為には、その道以外選べない。研究員達はそれを理解していた。この日この瞬間の想いを押し殺し、日常に戻る。それがどれ程辛い事とて、守るべき物が有るのだ。


『……全員、怪我の処置が終わり次第港に集合しろ。我らだけの出棺を行う』

『え……』

『最後だ。せめて、託してくれた彼等を送ろう』


 コクトは、その言葉だけを残して診療所を出た。

 そんな彼の背中を、研究員達は唯々黙して見送った。


『出棺……って』

『死体を運び出すんだろ。それよりも、所長さ……何であんなこと言ったんだろうな』

『知らないよ。でも、俺達にそんな選択を押しつけて、あの人は何であんな冷静にしていられるんだよ……』

『……私達の事、なんとも思ってないのかな?』

 不穏が、不信がロビーを包む。


 だが、一人だけ、それをかき消す者が居た。


『何も解らないのか! お主達は!!』

 突然、診療所を駆け抜ける一つの大声が走った。

 聞いた事が無いその声は、その声の主に目線を移させ、その怒号の正体が彼等のよく知る人物だと知り驚愕した。


『お主達、コクトがどれ程の想いを背負っているとも知らずに、何を言うのだ! 彼奴はあれでも所長だ。我々の長だ。その男が、どれ程苦しい選択をしたのか知らんのか!!』


『……、』

 ロビーに居る彼等は目を丸くした。

 あのミタニさんが大声を発した。その事実に一番驚愕した。

 だが少しして、彼等はその言葉に対して考え初めてもいた。

『解っておるだろう、お主達も。こうしなければ、次に命を落とすのはフレンズかも知れんのだ。ここで見殺しにするつもりなのか? 貴様らは……』

 ミタニの言葉に、その瞬間の光景を想像してしまった。

 そしてそれは、彼等にとっても一番行いたくない選択だと、彼等自身の心が知っている。だから、そんな選択は嫌だ。だが、そのために死んだ人間達の真実を捨てなければいけない。その間に一体どれ程の葛藤が自分たちにあり、その選択をしたコクトがどれ程の思いをしているのか、察せない彼等では無い。

『す、すみません……』

『良い……お主達はとりあえず体を休めてから港へ赴くのだ。死体は私が搬送する』

 ミタニはそうは吐き捨てた後、外に置いた車を動かして死体の全てを乗せて港へと先に向かった。


   *


 港では、コトの企業が扱う大型船が停泊していた。

 というより、先程の一件後に彼等に電話をかけ、急遽彼等を呼び出していたのだ。


『態々呼ばれたかと思えば、また面倒な事になっているようだな』

『……余り冗談に乗れる気では無い』

『そうか……』

 彼の冗談に冷たく返すコクト。

 コトも解って言っていたように、小さく鼻を鳴らす。

『だがまあ、近くの航路を通ったのは幸運だと思ってくれても良いだろう。上等なものは無いが、人がは居る箱であれば三人分は今から用意できる』

『頼んだ』

『……、』

 彼の表情はいつも変わらない。

 だが、今日は一段とその表情が変わらなかった。

 目の下は多少赤くなっているが、抑えるような感情も啜るような涙声でも無い。いつも以上に淡々とした口調だった。


 そこに、誰もいないような静けさがあった。


 コトが準備を整え始める。

 外に出された長箱の蓋を開け、中にクッションとシーツを入れ簡易的な棺桶を完成させる。

 準備が順調に進められていく中で、ジャパリパークの奥から一台のワゴンカーが此方へと向かってくると、彼等の前で停車した。

 運転席からミタニが降りてくると、此方へ歩み寄ってくる。

『死体は持ってきた。早急に事を進めなければ研究員が帰還してくる可能性もある』

『解った。コト、もう良いか?』

『大丈夫だ。死体を運び出してこの中に入れてくれ』

 コトの言葉に、ミタニとコクトは互いに頷く。

 ワゴンの後ろ扉を開けると、其処には彼等の死体が入っている。

 器用に横たわらせてはいるが、矢張り傷が目立つ。

『コクト?』

『……布と、水を持ってきてくれないか? 出来たら救急キットも頼む』

『……解った』

 ミタニはコクトの元を離れ、コトに在庫があるか確認を取る。コトは乗船員に持ってくるように伝えると、直ぐに中の乗船員が一つの箱とタオル、バケツに入った水を持って此方へと向かってきた。


『コクト』

 ミタニはそれらを受け取りコクトの元に届ける。

『そこに置いてくれ』

 コクトの近くに頼まれた物を置くと、コクトはタオルを水で絞り、彼等の血を拭き取り始めた。あらかた拭き終えると。、次は傷口を縫合し止血すると、傷口をガーゼで塞ぐ。

 彼等の死体をなるべく綺麗な状態にすると、彼等の死体を抱き上げ、箱に入れて行く。

『……、』

 死体は苦しむの表情も無く、傷つきながらも安らかに眠っているようにも見える。

 その苦労から介抱されたかのように、本当に言葉通り安らいでいるのだろうか。

『コクト、研究員達が来た』

『解った。コト、閉じよう』

『良いのか? 最後の言葉を贈らなくても』

『大丈夫だ。既に終えている……いや、伝えなくとも、伝わっている』

『そうか』


 彼等は箱を閉め、釘を打ち終える。

 不意に研究員達を見ると、彼等は横一列に整列していた。

 それは、彼等が指示した訳では無い。

 彼等が自分から行った。


(……本当に、信頼されてたんだな)


『コト、後は、頼んでも良いか?』

『手筈は整えておく。だが……』

『ああ、大丈夫だ。親族への弔いは私が行く』

『……了解した』


 コクトは、その場を離れ研究員達の元へ向かう。

 棺桶は、コトの乗船員達が運ぶ準備を進めていた。


 コクトとミタニは、研究員達の前にたどり着くと、二人とも彼等の前に立つようにして船の方向へと向き直る。

 棺桶は持ち上げられ、今、三人との別れの出棺が始まっていた。


『全員、英霊たる三名の研究員に、敬礼ッッ!!』


 棺桶は運ばれ、船の中へと入っていく。

 彼等の敬礼は、動く事無く続けられた。


 そう、それは、その船が発進し、水平線の先に消えるまで、ずっと、ずっと、続けられていた。


 背負った者立ちは、去った者立ちの意志を受け継ぎ、その背中を追い続ける。


(……任せておけ)


 水平線に船が消える間近。

 コクトは、心中に一つの思いを馳せる。


 いつか約束した、あの思いを。

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