第一二節
研究所、事務所。
ジャパリパークを指揮する二大機関は大いに切迫していた。
事務所では試験の採点と採用通知の準備、更にはその後の報告関連の書類作成と、行うべき事項は山積みだった。
コクトとミタニは互いに連携を取りながら書類の整理を進めており、やっとの思いで八割方の作業を終えていた。
研究所では古代種実験が緻密かつ精密な手順等を追い進めていた。
化石からの復元という今までにない方法でのフレンズ化は熾烈を極め、サンドスターを垂らしてもフレンズ化しなかった事から、サンドスターの量が足りないのか、今までの方法では成功しないのか、事務所とは違い行き着く先の見当たらない解答に悩み続けていた。
両者とも少数精鋭で挑みかかっており、事務所は言う必要もなく、研究所の方はと言えば順調に一つ一つクリアしているものの、一歩も進めずと言う状況だった。
研究所。
研究所内は慌ただしく動き、資料を配する印刷機も施設内の電子製品も熱を発して稼働していた。時偶止まる機器や紙詰まりを起こす印刷機に幾度か自棄になりかけながらも、主力格である三名の室長に叱咤されながら進み続けていた。
「……んー」
カイロは画面と手元にある計測器の資料を手に悩み続けていた。
サンドスターの注入によって何度か変化はあったものの、それを維持するに至るサンドスターと形状の固定化に関する疑問が脳内を駆け巡っていたのだ。
レイコやセシルも同様に行き詰まっていた。
彼等は片手に資料を持ち、窓越しの先にある核シェルターほどの空間の一点に位置する化石を見つめていた。
「中々フレンズ化しないわね……矢張りサンドスターの量の問題かしら? それとも別のなにか??」
「デスガ、サンドスターで一時的に形状を変化させたのは事実です。もしかすれば、もっと異常値に達する程の量が必要なのかも知れマセン」
「いずれにしても、もっと別の方法を選んだ方が良いかも知れないわね……今研究所に貯蔵しているサンドスターもあと少しで尽きかけないわ。ちょっと手荒だけど、山からサンドスターの原石を取り出す必要があるかも」
「良いのデスカ? たしか原石事態のサンドスター濃度はかなり莫大なエネルギー量だったはず……今このパークを維持しているサンドスターから持ち出して使うともなれば……」
「そうよね……流石に私達だってこの島の崩壊は見たくないわ」
何度も何度も彼等の頭を駆け巡る問題。
その壁はまるで、大きく高くそびえ、どこかに抜け道があるとて、その方法は最も由々しき事態を招きかねないとも考えられるのだ。
「ちょっと方法を一変してみようか」
研究所内にいる研究員達の耳にも渡るようなその大きな声を発したのは、パソコンと睨めっこしていたカイロだった。
「……どういうこと?」
「実はフレンズ化した時のサンドスターの内包量と経過確認後のフレンズのサンドスター量が著しく違う時があったんだ。それは減ってもいたし増えてもいた。もしかしたら、ある程度肉体形状を変化させた瞬間に少しでもその状態を維持させれば、自発的にサンドスターを生成する可能性もあるんじゃないかってな」
「具体的ニ?」
「要は残りのサンドスターの内包量を使ってフレンズ化させる。形状が変化しだしたら一時的にサンドスターの注入量を減らして、現状維持状態にする。流石にそれで失敗したら一時断念だけど、可能性が無い訳でも無いでしょ」
研究所内が一瞬で静寂に包まれる。
彼が言いたいのは要は賭けだった。
事実此処で失敗してもまた後日行えば良いとは言えない状況であり、次また研究できる機会が設けられるか解ったもんじゃ無い。
サンドスターの内包量も少なく、この実験に成功してもせずとも、次の一手を行い失敗すればその時点で詰みだ。
簡単では無い、成功の見込みも無い。
崖っぷちで彼等は、決断を迫られていたのだ。
「……やろう」
空虚な空間の中で、彼女は声に出して彼等に言った。
「やってやろうじゃ無い! どうせ最後の一勝負、泣いても笑っても最初で最後。だったら新しい方法でもどんな方法でも試して、最後に所長と馬鹿笑いしようじゃ無い!!」
その一世一代の試み。
失敗が許されるとも、成功にたどり着けないのは科学者としての大きな恥となる。
ならば、と彼女は選んだ。
やらないで後悔するより、やって後悔してやろう。
立ち止まるよりも、進んでやろう。
その言葉を聞いた職員達は、一瞬互いの目を見つめ、何かに火を灯したかのようにその目の焔は再発火した。
「……そうですね、やってみなくちゃ解らない!」
「そうだ! やろう!!」
奮起する。
やる気に満ちる。
彼等のプライドは消えてなど居ない。
彼等は、一致団結し、室長に向き直り、大きく言った。
「室長方、ご指示を!」
「……、」
この信頼は、どうすれば生まれるのだろうか?
きっと、彼等はそれを理解していない。
だが、その解答の無い中で翻弄する事無く立ち向かう事こそが人間であり、その道を見たものこそ、その背を追うのだろう。
それだけが確かなのだろうと、そうなのだろうと、カイロは一人、彼等の目を見て思い込んだ。
「……レイコ、指示をくれ」
「レイコサン!」
「……やってやるわよ。各員位置について! 人間による最も古い動物へのアプローチを始めるわよ!!」
「……、」
研究所と打って変わって、事務所内。
時間は進み、あれから半日を過ぎ、辺りは暗くなっていた。
事務作業も殆どが終了に近づいていた頃、コクトはふと手を休め、研究所が在る方向に目線を向けた。
「気になるか?」
「えっ!? ま、まぁ……大丈夫かなぁ~とは思いまして」
「そうか……」
ミタニは静かにその手を止める、そして「フゥ……」と息を吐き出して彼に告げた。
「これが終わったら、手伝いに行ってやろうじゃないか」
ミタニは口元を緩め、小さく微笑んだ。
今まで堅物で、偶に不思議なところもあったあのミタニが、珍しく微笑んで見せたのだ。
その顔に、その表情に、小さく何か安心できるものを見出したコクトは、彼もまた小さく微笑み返し事務机に向かい直し、
「そうですね、早く終わらせて、手伝いに行ってやらないと」
小さく零した。
だが、その微笑みも、開け放たれた扉と共に壊される。
ダダダダダッダンッッ!!!!
駆け足で事務所へと走り、勢いよく開け放たれた扉。
其処には今まさに研究所で古代種フレンズ化実験を行っているはずの一人の若手研究員の姿があった。
「……ッハァ、ハァ」
息を切らしながら入ってきた彼は、休む間もなく、コクト達が驚き反応する言葉をだす間もなく、叫んだ。
「所長ッッ!! 研究所が、研究所がっっっ!!!!」
唐突な急報は、滅びの警鐘を鳴らした。
研究所前。
其処には多くの研究員達が居た。
否、居たと言うよりは、逃げてきたと言うべきだろうか。何人かが傷つき、その中には深傷の者もいた。
「……これは、一体」
辺りを見渡す。
研究員達を雑多に見渡すが、その光景にコクトは異常なほどの寒気を感じる。
「……ッ、彼奴らは、室長達はどうした!!」
「ま、まだ中に……」
コクトは走り出す。
後ろで制止する声も聞こえたが、構わず研究所内に入り込んだ。
入ると、研究所事態に至って外傷や爆発などは見受けられなかった。
何かがあったのだろうが、その様子も見受けられない。
「……ッ」
コクトは迷わず研究所内を走った。
居るとすれば。
彼等が居るとすれば。
そして、
最悪の想像が合っていれば。
たどり着いたのは、ジャパリパーク研究施設内の、シェルター構造の実験室。
扉は開かれていると言うより、壊されていた。
それはまるで化け物の一撃を喰らったかのように、外ではなく内側から、破壊されていたのだ。
なりふり構わず中に入る。
砂埃が充満し、歩く足下には抉り傷のような物が大きく多く付いている。
その煙が舞う中、コクトは真っ直ぐ進む。
このどこかに、彼等が居る。
彼等なら、此処のどこかに居るはず。
確証も何もない中、ただ考えられる推測だけで進んでいた。
ベチャッ
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ」
その光景を見て、彼はその全てを悟った。
踏んだ。
水のような、液体のような、何所か、そうだ。
――知ッテイル。
煙は少しずつ晴れ、その正体が露わになった。
足下に広がる血だまり。
その先に倒れる、見覚えのある三つの身体。
「……あっ、カ、カイロ! セシル! レイコォ!!」
彼等に近づく。
うつ伏せになった彼等を起こし確認する。
「おい! お前達、しっかりしろ! おい!!」
直ぐさま、一番近くにいたカイロの脈を取った。
(……ッッ!! まだ生きてる……だが…………!!)
「所長!! 所長!!」
後ろの扉の方から数名のかけ声が聞こえた。
それはコクトを追って入ってきた研究員達だった。
「お前ら、今すぐこいつらを診療所に連れて行く! 手を貸してくれ!!」
「え、あ、はい!」
少し戸惑ったかのような返事をしながらも、彼等は直ぐに此方に近づいてくると、三人をそれぞれが背負い上げる。
「直ぐに診療所に連れて行くぞ!!」
「……コクトさん」
一人の研究員が何かに怯えるようにして、声をかけてきた。
「どうした!! 今は早くにでもこいつらの治療を!!」
「アイツは、何処に行ったんですか?」
「……ッッ!!」
ぞわり……。
背中に寒気が走る。
混乱していたのは彼等ではない、自分だった。
そうだ、そう思わせるほどに、当たり前の事を忘れていた。
まるで不自然な煙。
いくら時間がたってもそれは引く事無く、まるで何かが意図的に隠しているような……。
ガシュッ!!
何かがコクトに衝突した。
とっさにコクトは受け流したが、防いだ腕に抉り傷が付く。
血が噴き出し、ただ掠めただけでもこれだけの傷を負わせる事の出来る何かが此所に居ると。
「チッ! そいつらを連れて早く病院に行け!! 付いたら直ぐに止血をするんだ! いいな!」
「なっ! コクトさんは!!」
「後から行く! 早く行け!!」
いつになく切迫したその声は、危機感を知らせるには十分だった。
何故なら既に、背中に二撃目を喰らっていたのだ。
「早く行けぇぇッッ!!」
研究員達は直ぐさま重傷である三人を連れてその部屋を脱した。
独り。
いや、もう一人、もう一体と言うべきか。
砂煙に紛れたそれが、どこかに居た。
「……、」
注意深く当たりを見渡す。
どこから来るか。
既に二撃受け、抉り取られた血肉はその強さを象徴するには十分だった。
どこから来る?
何所から仕掛けてくる?
(いや、違う)
コクトは当たりを見渡す事を辞め、前を見る。
睨み付けるように、真っ直ぐに、砂煙の先にある。
影を。
ドッドッドッドッドッドッ!!!
それは真正面から来た。
少女だ。
爬虫類に近い肌と、一足ごとに地面を踏み抜くその強固な足。
そしてその少女は、フレンズと言うには余りにも凶暴で、好戦的な目をした猛獣。
バゴォッッッ!!!!
目の前に現れるなりその少女は足を振り上げてきた。
コクトの腹部を捕らえ真っ直ぐに突き刺されたその足だったが、飛ばされる事なく倒れる事もなく、コクトはその足を片腕で防ぎもう片方の手で足を捉えた。
「……ティラノ」
ティラノサウルス。
属名Tyrannosaurusと称されたその恐竜は、言葉通り「暴君の爬虫類」と呼ばれていた。その恐竜の武器は強固な脚と顎。それを受け止めたコクトだったが、無論唯では済んでいない。
(なんて一撃だ……今ので腕と肺が一気に砕けた)
「……ッッッカハッ!!」
コクトは小さく咳き込むと、その喉元から血を吐き出す。
一撃を受けるだけで息をするのも億劫になる程のその脚、更には強固な牙にはジットリと血が滴っていた。
「……ウルルル。ウルルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「……ぐっ」
けたたましい叫び声が響く。
近くにいたコクトの耳にはそれ相応に響き、鼓膜が一瞬裂けるとも思えた咆哮だった。
(こいつ、まさか……ッッ!!)
ギュルンッッ!!
捕まれた脚を軸に、ティラノは身体を回転させる。
ドゴォォッッ!!
勢いを付けて放たれた逆脚の蹴りは、防衛に入った腕ごと彼の身体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされたコクトの身体は、地面を何度か跳ね飛ぶ。
姿勢を直し、仰け反りながらも立ち上がるコクトだったが、とっさに防御に入った腕が最初の衝突で防いだ腕だった為か、右腕は大きく折れ曲がっていた。
だが彼はそれを痛がる事もせずに、無理矢理に骨を繋ぎ治した。
ゴキュッッ!!
(……ッ! コイツ、暴走してるのか? ……いや、これが本来とも言うべきなのだろうか? 恐竜のあるべき、謂わば、古代種のフレンズ特有の暴走。そして……)
ティラノは、先程コクトから抉り取った肉が口元に垂れ下がっている事を確認すると、怪しげな笑みでニンマリッと残りを口に入れ飲み込んだ。
(捕食者としての、欲……獣としての本能が優先されたのか)
危険だ。
こいつは危険だ。
警鐘が、コクトの中で鳴り響く。
フレンズ化したとは言え、野放しにすればジャパリパークの崩壊に繋がりかねない。フレンズ達で対処できたとしても、その被害は大きくなるはずだ。
それに……。
(此処でこいつと戦っていられる時間は無い。早く戻って彼奴らの処置をしなければ)
決断は急かされる。
数多の命に対する選択権が委ねられる。
一秒でも遅れれば、コクトは大切な物を失う事になる。
だが、今、目の前に居るコイツを、フレンズを処理するとなれば、それはつまり……。
「……ハァ、ハァ、ハァ」
ダンッ!!
一歩、そしてまた一歩、ティラノは此方へと近づいてくる。
その眼にはきっと、コクトが捕食対象としか映っていないのだろう。だが、彼女もまたフレンズだ。此処で彼女を殺せば、それはつまり……。
「ならば、俺は……私は……っっ」
決めきれない中で決断を迫られる。
それはきっと、所長として、長として背負うべき責務なのだろう。
背中に羽織った一枚の白衣。
布きれ一枚でも、その重さは、重圧は、測りかねる。
「私は、決めた。私は……英断する。この先のジャパリパークの安寧の為に、私はこの道が三度黒に染まろうとも……、私はそれを選ぶ」
きっと、その選択は、この先所長として背負う業なのだろう。
例えどんなときでも、泥を被らなければならない。
組織を守る為に、多くを守る為に、人は、決断する義務があるのだ。
明日の笑顔を守る為には、彼等の命を救うには、もう、背負うべき選択肢以外、無いのだ。
「ティラノサウルス。君から、フレンズの称号を剥奪する」
決断した。
彼の目は、静かに覚め、穏やかな夜の海のように静かに、冷静になっていく。
直後。
研究所に響き渡る轟音が鳴り響いた。
研究所で事件が起き、一〇分が過ぎただろうか?
研究員は命かながら研究所を離れ、診療所に集まっていた。
然程に大きくない診療所の中で、心身共に疲労していた彼等だったが、軽傷者はミタニの呼びかけにより重傷者の治療を行わせていた。
それは無論、彼等三人も……。
バンッ!!
診療所の扉が勢いよく開け放たれる。
そこに居たのはボロボロになりながらも生還したコクトだった。
彼は入るや否やその惨状を目にした。
ベッドを使えず、ソファーで横たわる傷だらけの彼等を。
「お前達……」
「コクト!!」
奥からミタニが声をかけて駆け寄ってくる。
今までに無い青ざめた顔で、彼は駆け寄ってくるとコクトの両肩をガシッと掴んだ。
「良かった、お前は無事だったか」
「……え?」
どういうことだ。
それはどういうことだ。
「どうして、俺は、何だ?」
「……、」
「ミタニ、なぁ!!」
「ミタニさん!! ……ッ! 所長、カイロさんが!!」
奥に居た研究員の一人が焦った顔で叫んで呼んでいた。
その声に、二人は迷う間もなく駆け出した。
「……ああ、来たか」
診療所の団体室。
其処にはカイロ、セシル、レイコの三人がベッドに横たわっている。コクトに声をかけてきたのはカイロだった。
「お、まえ、たち?」
「何だよ……しんき、くさい……かお、するんじゃ、ねぇよ……」
最早理解したくなかった。
今この場で生きているのはカイロだけだ。
レイコとセシルは……既に死んでいたのだ。
そして、医者だからこそ、医者なればこそ、理解した、理解してしまった。
カイロももう、長く持たない。
「なん、で。何で……」
震えた声を出しながら、コクトはカイロに近づく。今にも泣き出しそうな涙腺を必死に堪え、だがそれが今にも決壊しそうな震えた声で、カイロの伸ばしてきた手を掴んだ。
「所長が、そんな、顔するんじゃねー、よ……いい男、なんだから、ちょっとぐらいシャキッと、しろよ……」
「ばか、ばかやろう……だって、お前、なんで、今、ふざけるんだよ……」
泣き出しそうになる。
涙があふれそうになる。
苦しい。
痛い。
辛い。
だがそれは、きっとカイロも同じなのだ。
「なあ、所長。おれ、たちは……がんば、た、よな? ちゃん、と、じゃぱり、ぱー、く、に、貢献……できた、よな?」
「……ッッ!! 当たり前だ!! 何を言ってるんだ! お前達は優秀だった! お前達が居なければ私は……私は……ッッ!!」
「ああ、そうか。ちゃんと、俺は、役に立てたん、だな」
「役に立っていない訳がないだろう!! お前らが居なかったら私は一人でここまで来れなかった! 一人では無理だった!! だから、だからっ!!」
カイロは、震えたその声を、涙に耐えるグシャグシャなその顔を、力一杯握られた、温もりのあるこの手を感じていた。
「そ、うか……なぁ、コクト……じゃぱり、ぱーくを……頼んだ、ぜ」
「……ッッ!!」
苦しいはずのカイロが、痛いはずのカイロが、まるでいつも通りを演じるような綻びかけた笑顔で、力一杯に振り絞って、コクトに言葉を放った。
「なぁ、コクト……最後に、褒めて、欲しいんだわ。褒美とか、そう言うのじゃ無い、お前の言葉で、『良くやった』って、俺達を、褒めて、欲しいんだ」
「……ッ!!」
最早、その言葉の意味をわからない訳ではない。
言葉でなければ伝えられない報酬。
カイロは、セシルは、レイコは、それを待っていたのだ。
下唇を噛む。
言えば終わる。
そんなの嫌だ。
そんな子供じみた意地を、必死に、必死に振り払い、限界ギリギリの涙腺を気持ちだけで抑え込み、震えながらも、所長として、最後の言葉を、キチンと贈った。
「カイロ、レイコ、セシル。今までご苦労だった。君たちは、このジャパリパークにおいて、多大なる功績を残し、我々の手助けとなってくれた」
震える。
唇が震える。
だが、それでも。
それでも……ッッ!!
「今までご苦労だった。ゆっくり休むと良い」
「ああ、ありがとう。ゆっくり、やすむ、よ……」
握った手から、力が抜けた。
スルリッと抜け落ちた手は、虚しくベッドの上に落ちた。
この日。
ジャパリパークは。
三人の功労者を、失う事となった。
彼等は最後まで責を全うした。
それは、誰でもない所長が、誰よりも知っていた。
そう、誰よりも、彼等の功績を、彼等の栄光を、所長が一番、知っていた。
誰よりも、
誰よりも、
多く……。
――知っていた。
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