第二節
彼等の死の一件は、「退職後、事故が原因で死亡」と言う形で終結した。研究員達には退職までに付いてしか教えず、なるべく黙秘する形となる。
だが、事後処理としてコクトにはまだ仕事があった。
事故の目撃者として、その親族に通達する事。
親族の家へ赴き、通告と共に死体の引き渡し。
全てを終え本島に戻ると、メンテナンスの終了前日と言う事により多くの研究員達が帰還していた。
彼等にも集会という形で退職についての言伝と今後の割り振りについて話すと、二日後の研究再開と増員される職員についての準備を行う為に事務室で作業に移っていた。
そんな、事務机に向かってタイピングを続けていたコクトの元に、ミタニが部屋に入ってきた。
「……相変わらずだな、その頬の傷」
「まあな。カイロがあんなに大所帯の家族の一人とは思いもしなかった」
逝去に関する弔いの言葉を家族に伝えに行ったコクト。
カイロの家に頭を下げに行った際に、家族の一人に思い切りぶん殴られた。
「それ程に、愛情を多く貰って育ったのだろう」
「そうだな……本当に、そうだ」
大きく息を吐き捨てたコクト。
その溜息は、強く思い物を感じさせた。
「……済まない、少し離れる」
コクトは席を立つと、ミタニを事務室に残し部屋を出た。
見送りの言葉も無く、彼はスタスタと屋上へと足を運んで行く。
「……、」
空はドンヨリと分厚い雲が空との境界となって塞いでいた。未だあの日の暗がりから雲が開けず、今にも降り出しそうな天気に、自然と憂鬱感が出てくる。
ただ、彼にとってはそんな風情じみた考えを出来るほどの心の隙間は無い。
部下であり友である彼等の死と、新人達と現研究員の再配分。資料作成に研究の再開。傷心状態の彼は、それでも耐えて乗り越えて歩まなければいけない責務があるのだ。
更にその地位の性でもあり、弱音など許されない。
出来るのは、耐えるだけ。
「……ぁ」
小さく口からポツリッと零れる息。
眺めた曇り空を見て、更に首根を絞める決意を行おうとしていた。
*
研究所での最後の本格メンテナンスと、以前の事件の修復の為に、研究所は一時封鎖となった。その間研究員達は再び休息を取る形となる。
だが、ある日。
かつての事件から間もない……。
まだジャパリパークに研究員が帰還していないその日、事件当時の研究員が事務所の一室に集められていた。
事務所最上階にある『総務課』と言う札が壁に掛けられた大きな一室。その場所で、誕生日席に位置する机にコクトが立ち、呼ばれた研究員達を見つめていた。
各々が何故ここに呼ばれたのか、理解できてはいなかったが、以前の事件の件についてだろうという考えはあった。
「まだ傷が治っていない者も何人かいるようではあるけど、他の研究員が帰ってくる前にある一つの規定を定めようと思う」
「規定、ですか?」
「ああ、そうだ。今回の事件の件でも多く考慮するべき案件は幾らでも出てくる。だが、それでも現在の体制では対処は不可能であり、我々はその案件を凍結化する」
「……凍結、化?」
彼等は首をかしげた。
ただそれは、純粋に解らないという理由で首をかしげたのでは無く、何所か不安下のある面持ちが大半だった。
コクトは息を吸う。
きっとその言葉は、研究員である彼等にこそダメージが強い物だと自覚している。
だが、ここから先、彼の道には多くの決断を強いられる瞬間が来るだろう。
ジャパリパークの長として。
研究所の所長として。
人と獣の命を預かる物として。
「……現在より古代種、並びに絶滅種のフレンズ化の全てを停止、現存種以外のフレンズ化における全ての研究を、半永久凍結する」
「「「「なッッッ!!!?」」」」
事務所内が一気に動揺に包まれた。
「何故ですか所長! 確かに今回の一件は異例ですが、次こそは!」
「そうですよ! それに、絶滅した動物を再び再生できるというジャパリパークの一つの計画が無くなってしまいますよ!」
彼等は各々にコクトに向かって抗議の声を上げた。
無理も無い。研究員にとって、盛大な研究と、不幸な事故であったとしても成功の一例として出来た事実は確かに知っている。化石からのフレンズ化が三人の死によって立証され、更にその三人から継続を託された。
彼等の中には「ここでは終われない」という強い意志が、何者よりも大きく自分の感情を動かしていたのだ。
だが。
「だがその計画で、俺達は何を失った!」
「「「……ッッ!!」」」
「見誤るな。見間違えるな。確かに生き返らせるというのは、歓楽的に見れば喜ばれるかも知れない。だが、生き返らせる側を考えた事はあるか? 仮にも私達人類は最も絶滅の要因となった生物だ。彼等からしてみれば、どういう理由であれ、自分を殺した者に再び生き返らせられると言う事実はどう映る?」
「そ、そうですが……」
「……別に君たちの思いを否定はしない。唯一永劫、研究者という物は探求こそが生き甲斐だろう。だが、それが今後無関係な者まで巻き込む形になりかねない事も理解しろ」
そうだ。
今後増員される職員は、研究員以外にも事務員作業員など、多くの仕事を取り扱う者立ちが入ってくる。研究とは無関係な彼等を、逃げ場の無い一つの島の上で危険晒す事は出来ない。
だからこそ、今彼等の意志をねじ曲げても、ジャパリパークの運営の為にも、押し殺さなければいけない物が有るのだ。
「……別に、もうやるなとは言わない。ただ、俺達はその研究を行う時期が早すぎただけだ。何れ人も増え、施設も増え、基盤がガッチリと備わった上でまたこの研究を行う。それまでの辛抱だ」
「……はい」
「……、」
言い返す者はいなかった。
皆、彼の意見を理解している。
そして、誰もが重々に感じていた。
彼等が死んで、最も悲しんでいる人物を。
彼等と共に、汗水垂らし努力してきた人物を。
それを、自分たちよりも押し殺し、決断を下そうとする一人の人物を。
誰よりも、目の前の上司が苦しい事を知っている。
「それに、研究だけが託されたものでは無い。俺達にはやるべき事がこれからも増える。まずは其処から、順当に片付けていこう」
そして誰にも迷惑をかけまいと、無理をしている、青年のような上司がそこに居た。
*
崩壊した研究所。
崩壊と言っても、多少の傷跡を残してしまっているだけで、現在外部から派遣された作業員がその修理に当たっていた。
「……スンマセン、先輩」
作業員は崩壊した扉や、壊された精密機器を見て違和感こそ感じる物はあったが、爆発やショートしたという関係性の考えの中であればそれ程詮索をする事は無かった。
だが。
「これって、何があったんスか?」
フレンズ化の実験の際に、サンドスターを照射する為に開発された広々としたシェルター観察室。ここで事件の発端である何かが起こった事には変わりないのだろう。
ただ、それが何かを理解するには、その場所は余りにも異質で、余りにも奇妙で、その光景自体が人としての生活の基準点に位置しない突飛した光景だった。
「……しらねぇよ」
「……ここって、本当に動物の研究所だったんですよね?」
「それしか聞いてねぇ。聞く事もお偉い方に禁止されてるからな。だが……」
壁には幾つもの抉り傷。
地面には歩く事も困難になりかねないクレーターの数々。
核シェルター並みの強度のある壁・床・天井その全てが、最早機能を失っていた。
まるで特撮映画に出てくる大怪獣の、大暴れしたようなその光景に、作業員達は目を丸くし、その異常な光景に言い得もしない畏怖に襲われていた。
「……ここにはもしかしたら、恐ろしい化け物がいるかも知れねぇな」
「化け物ッスか? 動物はいるって聞いたッスけど……」
「そうだな。もしかしたら動物じゃねーかも知れねぇな」
「……は?」
素っ頓狂な声を新人作業員が上げる。
が、その言葉を意にも止めず、ベテランそうな中年髭親父作業員は、嫌な考えを巡らせた。
「そうだな。もっと身近なのかも知れねぇな。動物でも種族でもねぇ。そもそも別ではねぇ、俺達と同じような姿をした化け物が……」
*
当たり前に見えて異質。
この言葉は良く聞くだろう。
だが時にはこの言葉も有効だ。
――その異質さが奴の特徴だと君が断定づけるのであれば、君は大きな勘違いをしている。突飛した性格や知性だけが、異質と言われる生物の根底では無いのだから。
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