第二章 Second_year_Code.
第一節
時は遡る。
と言っても、変化は無い1年後……つまりは二年目となる。
簡易的な研究施設に港、ソーラーパネルに電灯も付き、大型アンテナによる通信設備も整ってきた。個人回線では無く通話機器やインターネットの使用も可能になった今日、不具合無く研究が行われると思われた。
……だが。
現実はそう甘くは無い。
「……、」
無言のまま黙々と、デスクでキーボードのタイプ音が鳴り響く。
依然として疲労は抜けず、研究自体も芳しくない状態だ。
空調機も付いてより過ごしやすくなってはいたが、だからどうしたと言わんばかりに彼等の目の下には依然と色濃くクマができていた。
理由はこうだ。
あれから数ヶ月の間、個人ごとに行う調査が定まってきた。
病理と考古の博士、カイロはサンドスターの調査。それがもたらす現象を、各地に調査へ行った。今回は今までよりも調査の範囲を広げる為に、オフロード式のバイクを(コクトが)調達。特式である電動タイプであり、試作実験も兼ねての手配だった。予算の都合、此方にも特のある条件が必須になっていた結果であり、それに付け加え電動式は充電が素人にも可能な為に採用する手筈となった。
無論、本人はノリノリで使いこなしている模様。
動物や生物観点から見る博士のレイコとセシルは、フレンズと命名された彼女たち自身の調査に出る事になった。現在解明されている動物以上に、他の動物種が存在する可能性は一二分にあった為、彼等にも同じく電気自動車二台の支援が成された。こちらも広範囲の調査となる為に、互いに別々に動く形となった。
互いの車や持ち物には、通信を可能とするために長距離式の通信機を渡している。
そして、コクトとミタニは食糧の対策の為に互いに栄養やバランス、成分や長期的な食材の期限増加を条件として出しながら、考案に勤しんでいた。
結果。
カイロに関してはサンドスターの起こす現象が余りにも巨大であり、現象の種類も多く存在すると判明。その力が一体何処にどのように及ぶのかという課題に切り替え調査しているが、収まりを知らぬその力に頭を悩ませていた。
レイコとセシルは、動物の種類が確認できるだけ確認してきたが、その数に限りが見えない事に、ある種の違和感を感じていた。結果としてその現存している動物に何か共通的な条件があるのかと定め、各々デスクに向かい関連資料をかき集めていた。
そして、食糧問題に直面していたミタニとコクトだったが、此方が最も困難を極めていた。彼等は主にレイコやセシルとコンタクトを取り、動物の種類をコクト達に報告していた。報告を受けた彼等はその動物の本来の食事関係を調べ、彼等に見合う食糧やその成分、彼等の味覚や好み、摂取の可否種類を徹底的に上げていった。
……が、今作ろうとしている食べ物は、謂わば全人類が共通で好み長期的に食すという食糧だ。一筋縄ではいかない。遺伝子レベルや成分によっての違いまでもピックアップし考えていくが、最早現在の人間に考えられ得る情報では無かった。
彼等はこの一年で各々が実感していた。
この場所は、人が手を掛けるには未だ早過ぎる世界なのではないか……と。
「と言う事で、現在の進捗はここまでだ。……いや、やはりというか一筋縄では行かないな」
「コレばっかりはね~……正直、もっと人手が欲しいよ」
「人手に関してだが、いずれ手配する。と言うのも、大人数の研究員を準備するのも簡単じゃ無いからな……」
「それで言えば、私たちの方はこの先どうにもならんだろう……見る限り現存している動物は確認できた。これ以上調査するにも人員や施設は必要不可欠。セシルもこのように伸びておるわ」
隣に目を移せばグッタリと伸びている約一名の長身外国人。
ここまで来てやはり人員と施設は重要視されていた。現に現在の簡易施設では補いきれない議題が多すぎるのだ。
「となると、目的を一つに絞った方が良いじゃろうな……」
「そうですね。『これ以上は――』という議題を一端保留にして、最優先事項を区切らなければ。その点で言えば、正直此方にも尽力して欲しい」
「食糧作りだっけ? そっちはどうなってんの?」
カイロの問いに、コクトは横に首を振る。
ミタニもこめかみに皺を寄せて怪訝な息を吐いていた。
「正直に言って、動物という過程で成分や製法を考えてはいるが……万物統一された食糧なんてなぁ……」
「私たちも動物を見てはいるが、今現在食べているものは木の実などだ。草食系は草も食べているが、肉食動物は身近なフレンズを襲う事は無く木の実や果物を食している。が、限界も近いだろう。長らく果物だけで補ってきたが、実らす木にも限界はあるしな……」
その言葉に、研究室に沈黙が走り、そして同調するように重苦しい溜息が吐き出されていた。
「では研究の最優先は食糧。後に施設の建設場所と人員の手配の件は私が考えておく」
以上。
その言葉を皮切りに、彼等の会議は終わった。
だが、会議が終わると同時に事務室を出て研究室に向かう。
休みは無く、此所から食糧実験に移るのだ。
「さて、どうしたものか……」
研究所に移って早々頭を悩ませるミタニ。
配布された研究資料を見たレイコ、カイロ、セシルさえも、顔を曇らせていた。
「ここまでDemonstrationされたのデシたら、もうCarnivorousとHerbivorousの二種類に分けた方がGoodなのでハ?」
「それは、私が反対よ。仮にも共存できてるのに、仲良しにしてる動物の目の前で同種を食べてるようなものじゃない」
「ってなると、共通式の食品」
「ああ、味も兼ねて考えなきゃいけないのも条件だ」
「ん? それは医者としての観点かい?」
「まあな、長く食べるものが美味しくないとなっては仕方がない。飽きず栄養豊富。常に満足できる食べ物が必要だ」
「そうなると……」
「ドウなりマス?」
「解んね」
カイロは大きく溜息を吐き出しながら答えた。
この研究の担当であるコクトは、半ば投げやりにガシガシと髪を掻き乱しながら他の資料を手にした。そこにはサンプルとしての食品。謂わば基板となる食材の資料だった。
「一応此所に元にする食材のピックアップがある。有ったところでしょうがないんだけどな……」
「そうだがね」
「成る程ねぇ……レイコさん、正直肉食動物に草食の物食べさせるとどうなるの?」
「何だ藪から棒に。そうだな……正直犬や猫、科目によって味覚というより消化に関しての感覚が別れる。飼い猫とかならまだしも、野生種のネコ科は食物繊維を消化できないね。他も同じようなもので、要は消化できるか出来ないかが一番だろうね」
「果物食ってたんだよね? フレンズ化してるんだったら大丈夫なんじゃないの?」
「問題はそれが長期になったらなのよ。同じ食材でも動物によって消化するエネルギーが違ったりするし、一〇〇パーセント人じゃない分、むやみに人と同じ食事は出せないのよ。仮に人としての部分がそれを食べられたとしても、動物の部分がそのエネルギー、つまり個々の物質の反映によってどうなるか今は予想が付かない。人間になってるからって、全部同じとは限らないのよ」
ハァ……と大きく息を吐き出すレイコ。
言っておいてと言わんばかりにその難易度が溜息の重さで十分に伺えた。
「要は、動物が基本摂取している繊維や物質のパラメータを、全ての動物が必要とする栄養価に入ってなければいけない」
「まして、動物によって違う上に、多少の誤差でラインを超えようとしても、肉食と草食とで根本が異なる」
「成る程ねぇ……」
フレンズ化したからと言っても、元をたどれば動物。
人間化という事実に甘えては、いざ食中毒などを起こしては困りものだ。だからなるべく、元の動物として最低限でも摂取し、不要物は廃棄処理できる点までに抑えなければいけないのだ。
「成る程……なるほどなるほど」
カイロは、ふむふむと資料を読みふける。
そして、彼は独自の観点からある一つの結論に至った。
「コクトちゃんさ……、抗体食療法ってのが医者になかったっけ?」
ガタンッ!!
コクトは、不意に驚くようにして振り返った。
周りにいる研究員達は、その反応自体に驚く。
「び、ビックリした……どうしたの?」
「いや……できるかもしれない」
「What do you mean by that?」
「英語に戻ってるわよ……」
レイコのツッコミにあわわ……と態度を取ったセシルだったが、構わずコクトは説明を続けた。
「抗体食療法ってのは、謂わば食べ物に対抗を持たせるんだ」
「……要は、食べられない食べ物でも食べられるという事か?」
「ああ、そうです。で、方法なんだが、言ってしまえば微量の物質を混ぜて食べさせる。気がつかないほどの量を混ぜて、ゆっくりと抗体を作る。それが抗体食療法さ」
昔、毒の抗体を自身の体に作る為に、その毒を微量ずつ日常生活に含ませ数ヶ月過ごしたという話があった。その後、検証する為にある研究者による実験が行われたと言われるが――。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!! そんな毒を少しずつ盛るなんて……」
「盛るのは毒じゃない。謂わば、人の域に生物の胃を近づけるんだ」
「それッテ……」
「ああ、さっきまで話してた栄養許容ライン。アレを平均値に保って食材を作る」
「あ、危なくないか?」
「いや、そういう事だけじゃないんでしょ?」
カイロは、後ろから得意げに話してくる。
ニタリと、コクトもまたカイロと同じように、まるで逆境から逆転する道を見つけ出したかのような不敵な笑みを見せて言い放った。
「オブラートだよ」
「「「……??」」」
レイコとセシルは首をかしげた。
無理もない。
そして何を言いたいのか解らなかった。
「正確には、オブラートの原理を利用するんだ。用は食品を中から外への数段式の構造にする。更に最深部にバラバラと適材物質を入れる」
「ああ、成る程、そういう事か……」
今まで話の内容を理解する為に黙して考えていたミタニは不意に、横から割るように発言してきた。
「元々生物は、見合わないものを排泄物として出す。だからあえて混ぜ込みながら排出できるようにするってことさ」
「つまり、最初は消えるだけの物質が、次第に吸収され残る形にしたいって事? その抗体食療法で……」
「そうだ。そして……」
コクトは、机の上に放置した先程のラインナップされた食品の資料の中からある一つの食品を提示する。
それは、誰もが見た事のある食品だった。
「この、餡饅を元に作る!!」
奇想天外な、提案だった。
だが、驚きながらも彼等は直ぐさまその意図を察した。
正に、適材適所だったのだ。
「長らく人々に愛された食べ物。手軽でいつでも食べられ、何度でも食べられるように品種改良され今に至るこの食材は、正に簡易食の一つだ」
最後の最後に出した手は、最も人に近いものだった。
「といっても、作ってみる必要があるけどな……」
「料理作れるの?」
「まあ、そりゃあな」
「……病院食?」
「普通のも作れるわ!」
反射的にカイロに言い放ったコクト。
どうやら彼も伊達に育ってはいないと言わんばかりなツッコミに、カイロは軽く「わ~お」と返すだけだった。
「でも、食糧や、単純な手作業の工程で作れる要理じゃないんでしょ」
「それこそ其処は外でカバーだろ」
「試作品のサンプルと試験。それに伴った食品工場の建設計画」
「ああ、忙しくなるな。報告書が面倒だ」
彼等は、研究室の外へ出る。
外は既に夜空に満天の星々達が見えていた。
「さて、取りかかるか」
彼等は夜空の元で、確かに歩んだその一歩を、味わい噛み締めていた。
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