第一四節

 研究施設の完成と、港の設立。

 予定より早くあと数日で完成という見込みが発覚したその日。

 コクトは一人島を離れ本島に戻っていた。


 スーツの上にロングコートを着ていた彼は、ある一つの大型病院に足を運んでいた。

「やあ」

 コクトは、一人の男に声をかける。

「……黒斗か」

「そう不機嫌そうな顔するなよ緒方」

 彼が声をかけたのは、白衣に聴診器を首から掛け、無精髭を生やしたボサボサ頭の男、緒方おがた悠人ゆうとは、文字通り面倒なのが着たと言わんばかりな顔で彼を迎えた。

「元同僚に酷い顔をするな……」

「その同僚がある日仕事を辞めたかと思えば、今度は遠くに行くからなんて用件だけ伝えやがって……俺の身にもなってくれないか?」

「お前ぐらいしか頼めないんだよ……」

「よく言うな」

 互いに呆れた顔で語らっていた。

 だが、黒斗は多少語ると、直ぐに区切りを付けてきた。

「ああ、時間も無いし行くよ」

「わかった」

 彼の言葉を聞かずに納得して返す緒方。

 何故なら、彼が本島に戻ってきたその理由を知っている人間だったからだ。



 ある一つの病室に、彼は行き着く。

 部屋の前で大きく深呼吸をして、小さくノックをして中に入る。


「――あ、来たんですね」

「ああ、ごめんな、待たせて」

 そこには、病室のベッドから外を眺めていた少女が此方に向き直っていた。。

 とても長い白髪に、見た目だけで言えば健康そうだった。

 だがよく見れば彼女の腕には点滴が二針刺さっており、腕や体が少し細い。

「元気にしてたか?」

「はい、兄さんは?」

「ああ、この通りバッチリさ!」

 腕を上げて力こぶを作る。

 が、服の下からではその膨らみは余り意味を成さなかった。

「アハハ、それじゃあ見えませんよ?」

「だよな……フフッ」

 彼女が笑ったように、黒斗も笑う。

 ただそれが当たり前かのように、夕日が差し込む病室で他愛ない話が繰り広げられていた。


 銀蓮ぎんれんさくら

 銀蓮黒斗の妹だった。

 と言っても正確には義妹なのだ。


 黒斗は、丸椅子を彼女のベッドの横に持ってくると、彼女と目線を合わせられる位置に腰掛ける。

 そして。

「ああ、……櫻、今日はね、いっぱい話したい事があるんだ。実はね――」


 大きな病院の一つの個室。

 真っ白な部屋の世界で、黒斗はあの島で起きた出来事を、まるで花を沢山咲かせるように話した。

 嬉しげに、楽しげに、バカな話でも、苦笑するような話でも……。

 絶え間なく、沢山、沢山話していた。


 ――その日、病室に差し込んだ夕日は、白い病室に輝かしい朱色の花を咲かせた。

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