第二節
簡易的に設計された港では現在、フレンズとサンドスターの管理と調査の為に送られてくる物資が多々有った。職員達の食糧や研究材料。申請した物資などの輸入線として、今も尚有効に活用されている。
「で、動物の輸入はどうなったんだコクト?」
コトは、商談の件をコクトに持ちかけていた。
支援物資も安定してきた今「そろそろ取りかかっても良いのではないか?」と相手側も踏んでいたのだ。
「残念だが、今すぐにとは行かないんだ」
対しコクトは待ったを掛けた。
無論、願う側にとて理由はある。
「食糧の件で今は手一杯だしな。外での実験結果を待たない限りはこっちも迂闊に動けない」
「ああ、あの餡饅の事か。……良く餡饅って発想に至ったな」
「餡饅は本来製法自体に難なく取りかかれる上にコーティングにはうってつけだ。それに考えてるのは冷えても旨い餡饅。まあ、外の奴に『何考えてるんだこいつら』って言われても仕方ないが、片手間で旨いもので活用法が多いものと考えたらな」
その製法から見いだした結論なのだろうが、よくよく考えてみればもっと良い物があったのではと言う結論に至るのが一般人である。
因みにコクトはその結論に六回も至っていた。
「偶に発想が可笑しいよな……」
「言うなよ、多分疲れてたんだって……」
未だ目の下にクマが残っているコクト。
疲れも殆どピークに達しており、脳を回す事も億劫になってきていた。
「取りあえず、今後もまた積み荷は持ってくるが、他に欲しいものなどはあるか?」
「いや、今のところは……ただ、近い内に大建設の申し出があるかも知れないからな、今のうち手配を頼んで良いか?」
「良いが……」
「どうした?」
「いや、今の状態で大丈夫なのか?」
「どういうことだ?」
「別に問題がないなら良い。だが元々簡易式で作り上げた施設ばかりだ。急ごしらえとなってはそろそろガタが出始めるぞ? 先にそっちの点検も済ませておけば良いのではないか?」
「そうだなぁ……ただ、あまり予算を使いたくないんだ。この先何が起こるかも解らないからな……」
「それなら良い。今日の積み荷の出しは終わった。また近い内に近隣を通る」
「ああ、ありがとうな」
コトは話を終えると直ぐに船へと戻っていく。
彼も未成年でありながら社会人であり、ましてや社長職。きっと想像もできないほどに忙しいのだろう。
そして、それはコクトも同じであった。未だ研究と事務の両端を繋いでいる彼にとっては、現状が中間管理職の比では無い。
寧ろ端から端までつないでいる。
彼自身も、自分の体力の余力が既に少ない事を悟っている。
眠っている暇などない。
フレンズ達の為にもいち早く研究を進めなければいけない。
それは誰もが同じだった。
食糧危機に対しての打開策が出来たとはいえ、それで終わりではない。
フレンズに対して。そして、サンドスターによる危害の有無。議題を上げればこれ以上に尽きないほどに出てくる上、況してや結論も見えない。
寝ずの作業など当たり前。
泊まり込みで作業するところなど、最早ブラックを通り越したダークだった。
だが、それに連なるように、もう一つの受難があった。
それは……。
「「「……、」」」
真夜中。
彼等は事務室の電気を付けて現在も尚作業を続けていた。
と言っても、事務室にいるのはコクト、レイコ、セシルの三名のみだ。カイロとミタニは研究室でサンドスターに関する実験と議論を行っていた。
夜行性の動物が動き出すであろうこの時間。
人間にとってはこの時間に働くなど苦痛でしかないはずなのだが、その概念すら消え去ったような呆けた顔のままデスクへと向かっていた。
時計は三時に差し掛かり、研究員達は頭を悩ませながらも鬼気として立ち向かっていた。
そんな中だった。
ガコンッ!!
突如大きな物音が事務所の外から鳴り響くと、部屋の照明やパソコンの全てから光が消える。
「……嘘だろ」
コクトは、思わず喉元に溜まった徒労の息を吐き出していた。
「oh……」
「えー……また停電?」
慣れた言葉を吐くような研究者達だったが、だからといって徒労に終わった結果が結果だけにダメージが大きかった。
コクトに至っては事務も兼ねていた為、暗闇で見えない中デスクに突っ伏していた。
言葉通り、精神ダメージが無敵貫通してきた。
「おーい、切れたよー」
「知ってる……」
事務室に入ってきたカイロに、気力も亡くなってしまった玲子の返事が、暗闇から聞こえた。
「流石に、充電器が限界だったか……」
太陽光発電を生命線にしているこの施設は、充電器が共有タイプになっているのだ。他で余った分を有効活用する為に、必要な場所に割り振れるようにしていた。
更に上級施設でないこの場所に予備電源など有るはずもない。
つまり。
「今日の研究はここまで……だな」
「マジか~……」
研究員の口々から大きな溜息が吐き出される。
真逆のタイミングで研究が打ち切られる事は多々有り、コレも研究の延長の原因となっていた。
「取りあえず個室に戻れ。どうにもならない以上ここは休むのが賢明だ」
グッタリッと項垂れながら、各々自分の個室に戻り始める。
コクトは研究室の鍵と事務の鍵を引き出しから取り、一人見回りと鍵締めを始めた。
「よし……」
鍵かけが終わると、大型充電装置の前に何やら魔改造された自転車のようなものを持って来た。
その魔改造された自転車から伸びるケーブルを充電装置のプラグ部分に指すと、自転車に乗りペダルをこぎ始めた。
電力が太陽光以外で補えないこの施設で、電気が無いことはある意味命取りなのだ。車や照明、パソコンの電源や検査機材、多く電気を使う機材は幾らでもある。それらの電力の生命線として活躍はしていたが、古型タイプで有る為に性能が余り良くない。結果停電してしまうことが相次いでいるが、そうなった場合の打開策の一つとして、自家発電用の機械が配布されていた。
人力発電機。
それが、ある種のコクトの不眠理由でもあった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
大きく息を吐き、汗だくになりながら日の出まで走る。
朝直ぐに作業を開始できるようにする為に、停電した時点で回すしかないのだ。
研究の知識として必要となる研究員には、流石に任せられない。
となれば、彼以外回す他ないのだ。
ちなみに、朝になったと同時に機材をしまい込み、起きてきた研究員には同じく起きた呈を装って接する。
ここまでやって彼は朝を迎え其処から研究に戻る。
人生ハードモードである。
「嫌いい加減に改築しませんか!? 改築というか、増設?」
その日の朝、レイコの発言から朝礼が始まった。
「そうは言ってもなぁ……」
濁すように言葉を返したコクト。
彼もその一件は考慮しているのだが、懸念事項があったのだ。
「まず、新食糧の結果を待たなきゃいけないし、増設用の設置場所も問題だからな……下手に何処にでも立てるってのは出来ない訳だし、飽くまで自然と動物の害となる造りは避けたい。十分に予算は残ってるし、使うなら考えてからでないとな」
「ぐぬぬ……」
「いや、ぐぬぬって言われてもな?」
「クシャー!!」
「威嚇してくんな!!」
「我忘れてメッチャ壊れてマスネ」
「いや~……、頑張れ、コクトちゃん……」
「……、」
「いや見てないで助けて!! 後暴力行為に移んないで痛い痛い痛い!!!!」
どったんばったん大騒ぎ(無休連徹による精神異常)である。三十路間近の女性の起こす行動、それも有名博士の行動である。世間体の目がない事は何よりも救いだったろう。見ていて可哀想になってくるものだが、見るに堪えないものであった。
「取りあえずだ!! 私も場所関連の関係などは調べておく!! 新食糧の件もあるし、連絡が来るまでは動けないからな!! じゃあ行ってくる!!」
思い切りの良さで今後の方針を告げたコクトは、ドタドタと事務所を後にしていった。
「ニゲマシタネ」
「逃げたな」
「……、」
「ハァ……」
研究所を車で出て早数時間。
コクトは車で港の反対方向へと車を進めていた。
「いや~、快適だね~」
何故かカイロもつれて……。
「何で乗ってんだよ」
「そう邪険にしないでよコクトちゃん。と言うか運転できたんだね~」
「まあな」
「で、これから何処行くの?」
「ほら、コレ見て見ろ」
コクトから渡されたのは、一枚の写真だった。
どうやらこの島を衛星カメラで撮ったもののようで、幾つかペンで何かしらのマークがされている。
「へー、こんなの有ったんだ」
「まあ頼んで取って貰ったんだけどな。今研究所が在るのは上の丸一だ」
彼が指示した場所には、赤で①と書かれた場所が見て解る。どうやら其所が現在設立されている研究所の場所らしい。写真上で言えば、真ん中上の本当に端の方だった。
「うわー、ホンッとこの島大きいね」
「だろ? で、今向かってるのは丁度写真で言うその真下」
「島の反対側でも行くつもり?」
「まあな。アイツが言った通り新設するとなると、海路が一番の命綱になる事は確かだし、それも考慮してだ」
「って、別に其所まで点々と作る必要もないんじゃないの? ましてやこんな端から端に」
「飽くまで候補だよ。ただまぁ、ちょっとな……」
「まあ良いけどね。その時は一番良い施設頼むわ」
「任せろ。そのために節約してんだ」
「研究進まないけどね」
「必要分は突破しただろ?」
真剣が話が終われば途中からは適当に無駄話を始める二人。案外気が合うのではと思うほどに、彼等は自分の趣味嗜好について隠さず話している事が多々有った。
「そういえば気になってたんだけどさ。何で俺らだけなの? 研究員。港でも荷物入れてた時も相手さんアンタと知り合いみたいだったけど?」
「ああ、知り合いだってのも理由の一つだよ。何かとやすくなる」
「友情料?」
「そゆこと」
「何か危ない」
「何がだよ……」
「友達ってかこつけて脅してそう」
「何で私が脅してるんだ……」
「いや、何となく?」
「第一印象そんなに悪かったか私?」
車は、なるべく開けた道を選択して走る。密林や沼地帯、砂漠は通らずに、草原や平原を選択してルートを確定していた。
「別に第一印象は悪くなかったよ? 結構厳格そうだって思ったし、見かけで判断するようならそれこそ成り上がり希望でしょ?」
「人選理由もそれさ」
「へえ、つまり。あの時態々あんなこと言ったのは、言い返す人が居ないって知ってたから?」
「そーゆーこと」
つまり、コクトは元々研究一筋の人間しか選んでいなかった。地位や名誉欲しさに来そうな研究員は全てにおいて不了承をしていたのだ。
「何手先を呼んでいるのやら……」
「其処まで博識じゃないよ」
「嘘こけ」
カイロは助手席からグラサンを傾け此方に目線を出す。
「その年でその頭脳。それも医者ときた。そんな人間が当たり前の人生を送ってるとも思えないし、寧ろ怪しさ満点だ。かと思えば俺たちを凌ぐ知力で圧倒する上に、先の事などお見通し。……まだまだ愚痴は在るけど聞くか?」
「十分だよ。其処まで解ってるならもう良いだろ?」
「いや、未だ言い足りないな」
「何がだよ? 言い尽くしてるだ……」
「何で、資料を偽装してるの?」
運転中の車内が、一瞬にして静まり還り、冷気が車内を通ったような気がした。
カイロの言葉に、コクトは表情は変えない。
そんな彼の反論を元から気にしていないかのように、カイロは続けて訪ねてきた。
「正確には、外報に送る資料を隠蔽し、見て取れるだけの量を分割して送る。新生命体の発見などは報告していても、その正体を“動物”としか発表していない。見てみれば嘘じゃないし、単に暈かしてるようだけどさ……ありゃ何でなんだい?」
「……見たのか」
「ちょっとばかしパソコン借りただけの話さ。弄っちゃいないし何も送っちゃいないよ」
「……、」
彼の言葉にコクトは、大きく溜息を吐き捨てた。
隠蔽と偽装。
研究員達の成果を隠し、公開した物が嘘ではなくても、とても薄くなったカルピスを客に振舞ったかのような感覚だろう。
それに、カイロからしてみればコクトは自分以上のペテン師に思えていた。
全てがまるで嘘かのように、当たり前のように生活しながら、自分たちの側では全てを隠していたのだ。
「そんなに答えにくいのかい?」
「……別に、話さないわけじゃ無いさ」
「ありゃ意外。何かの陰謀で口封じされるのかと思った」
「しないさ。する理由がない」
「ん? じゃあ公開しないのも……」
「するメリットが少ないだけだ」
「……理由、聞いて良い?」
カイロも、顔から笑みが消え不穏な面持ちの表情で運転席の彼を見ていた。
「別に、この全ての情報を外に出せば、今世紀最大の研究結果として名を残せるだろうよ。が、それで得を得るのは私たちだけだ」
「だろうな」
「じゃあ、私たちの名付け子である、フレンズ達はどうなる」
「……そういうこと」
「ああ、此所に居るのが皆良識的で在るからこそ、彼女たちは今も元気に過ごしてる。だが、それが軍事利用や個人の欲求の為に使われる可能性を考えた事は在るか?」
「……、」
「あり得ない話じゃない。私たち研究員ならばこうやって緻密に計算し仮説を立てて解明していく。だがそれは研究員という人種の中での話だ。この世の人種など数えれば幾らでも出てくる。それこそ、狂いに狂ったサイコパスなんてこの世にいないわけじゃない。政治家が裏側でどんな事をしているのかなど知るよしもないが、何も表に見える綺麗な事が全てじゃない」
空気が、より一層冷たく感じた。
この車内の空調は、先程まで心地よいものだったはずなのに、体感が、感覚が、異常なほどに震い立っていた。
「じゃあどうすれば良い? どうすればその魔の手から守れる? どうすればその脅威を取り除ける? 簡単だ。先手を打てば良い。最も効率的な先手を、此方が打てば良い」
「まさか、個々に志願したのは最初から……っ!?」
「そうだよ。私はアンタ達を知らない訳じゃ無かった。知っていて、志願してくるだろうと思った。だから私は最初にきた。それだけだ」
「最初から、この島を守る為に動いたってのかい……」
「まあ、半分正解さ」
「……末恐ろしいね~。真逆、フレンズを守る為に、外報に情報を出さなかったのかい。それも、軍事利用や道具扱いなどから守る為に」
「だが、そのためには権利が必要だ。私たちがこの島で活動していく権利がな」
「だから今は身を潜めておくと。権利さえ有れば有益な情報でも隠しておけると?」
「近い意味でそう言う事さ。飽くまで私はこの島の実権を手に入れるつもりだ」
「末恐ろしいもんで……でも、そうとしても権利を手に入れるなんてどうやるんだ? 仮にも未確認地帯を手に入れるってのは相当だろ?」
「だから先手を打ったって言っただろ?」
「……まさか、どこかが買収する前にって事か」
「そう言う事さ。それに、権利の件なら直ぐにでも妙案を思いつくさ、一人な」
コクトは、鼻で何かを笑い返すようにすると、車を止めて彼の方に向き直る。
「それで、私が誤魔化してきた資料に関しては如何するんだい? 君が秘密を握っているんだ。君にはその権利があると私は思うよ?」
「……、」
初めての経験だっただろう。
「有利なのはお前だよ」などと言いながら、彼が人質に取っているのは、間接的にもフレンズだ。目の前の男は笑ったような顔をして目が笑っていない。最初から解りきったかのような見透かすその目は、カイロでも不気味さを覚えていた。
「ちぇっ、もう解ってるくせによ」
「ああ、ありがとうな」
そして、ここ一番に不気味なのはコレだ。
この最後の一言が、先程とは打って変わって本心だと理解した。
だから、偶に思う。
コクトという男の不気味さを。
試しておきながら、その相手に本心から感謝をしてくる。
(敗北、か……)
「アンタ一体……何を経験してきたんだ?」
安直であって、深く深く、見えないコクトの底。
そんな彼をカイロは、研究者としても……人としても気になっていた。
だが、彼は変わらない。
その不適で、何処か怪しいその笑みを浮かべて、目を見つめて、淡々と言ったのだ。
「さぁ?」
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