第一一節
事務所の中にも、作業中であろう音がけたたましく鳴り響く。
研究員達は各々の調査の過程で得た事実を資料にすべくデスクに向かってコンピューターや執筆を行っていた。
コクトも一段落できたからか、自身の研究にもう一度専念しようと試みたが、やはり総務の仕事はそう一筋縄ではいかない。外方から来る連絡と、建設中の作業員との交渉。
度々コトが事務所に来ては作業途中の建設物に関しての質疑が繰り返されていた。
(十分に研究する時間がねぇなぁ……)
一人席に項垂れて天井を見つめていたコクトだったが、休むわけにも行かず数分の黄昏の終わりには既に手が動いている状態だった。
「……っあ~」
沈黙と作業音の鳴り響く事務室で、一人大きく体を伸ばしながら声を漏らす一人の男がいた。解っては居たがカイロ本人だった。
おちゃらけた風貌でも、やはり目の下のクマは酷い物で、最早作り笑いだったのか笑顔もぎこちなくなっていた。
「ちょっと失礼しますね~」
「ん? お~」
カイロは事務所を出るとどこかに向かう。
窓から見る限り、事務所脇に設立された一人一人の個室に向かったのだろう。
コクトは止めることはしなかった。
今までここまで懸命に研究をしてきてくれたのだ、羽休めくらいさせたいほどには同情したくなっていた。
(ちゃらんぽらんが第一印象だってのに、目の下のクマとかこの中で一番酷いしな……)
チラッと、彼は他の研究員も気に掛けるように見渡してみる。
レイコとセシルは、クマや疲れは見えない。きっちり休むタイプなのかは知らないが、外への研究も多い二人なのに、それと言って疲れという疲れは見えなかった。
最年長のミタニといえば、デスクに向かって一人黙々と作業を進めているが、多少見え隠れしているクマと、歳のせいか疲労が酷い状態にも見える。
(素直に休みをあげたいが、元々休んでも良いっては言っているんだよな……それでも休まない辺りはやっぱり研究者なのか?)
研究者と医者では考え方が違うのか、それとも、単に研究熱心なタイプなのか、変な哲学が疲労によって頭を巡っていた。
(でも、声は駆けておかないとな……ッ!?)
ふと窓の外を見ると、カイロの姿が見えた。
だが一番驚いたのはそこでは無い。
短パン(と言うか水着?)一枚にサーフボードを持って森林先の浜辺に駆けだしていたのだ。
「ちょっ……ちょっと俺も席外す!!」
余りのデタラメな行動に驚きを隠せず、彼も事務室を出て後を追い始める。
周りお構いなしに走るカイロは、森林を駆け抜け、船が停泊している港よりも離れ人目につかない場所に来ると、砂浜にサーフボードを置いて何かをし始めていた。
それを森林の影からコクトは見ている。
(何する気だ? いや、何しても良いんだけど、マジで何する気だ!?)
何かを始めたかと思うと、いきなり屈伸行っていた。そこからいくつか運動、察してはいたが準備運動らしい。
全ての過程が終わると、彼はサーフボードを持って海に駆けだしていった。
(うわ本当に行った!?)
バシャバシャ!!
大股で波をかき分けて走って行くと、サーフボードに乗って波が来るのを待っていた。
「……、」
手で先へ先へと向かい、良い地点に着くと、サーフボードの上でバランスを取り時を待つ。
いつの間にかコクトもその瞬間を今か今かと待ち遠しくなりながら、彼の姿を見つめていた。
風がながれ、潮風が顔に当たる。
大きな波は未だ現れないが、カイロは焦らずジッとこらえて待つ。
「……、」
「……、」
「――ッ」
不意に、大きな波を感知したのかカイロは臨戦的な体制に入る。波が盛り上がり、彼の体は海水と共に上がっていく。
体を逆向きに取り、波に押されるように動き出すと、彼はボードの上で立ち上がった。
スイスイと波と共に乗り始めると、次第に並行的に移動を始める。
ぐんぐんスピードを増していくサーフボードと共に、彼は必見するほどの技術を見せつけた。
波は此方に向かってくると共に大きくなっていくが構わない。
大きい波を寧ろ巧みに使って、波に逆らうように上がり飛ぶと、見事なサーフジャンプを魅せた。
「マジか……」
「ヒャッホーーゥッッ!!」
普通に上手い。
軽く「何でアイツ博士やってんだ!?」と言いたくなるほどに上手い。
彼は更に一波二波と続けて乗るが失敗は無い。ターンなどの技術を容易に見せつけてくる。
「ハァ……、此れがアイツの気晴らしか」
少し苦笑しながらも、ホッと安堵の息をついたコクト。約一名とは言え、やはり博士であっても曲者だと言うことが今に成って理解できた気がした。
それは、自分のストレスの発散法もよく知っている者だからだ。
自分の管理も怠らず、研究も怠らない。
その姿勢に今コクトは医者ながらに感心していた。
「……でも、普通に寝ても良いし普通に遊んで良いんだけどな……」
クマができるまでしなくて良いという言葉で台無しにして。
「っぷはぁぁーーーー!!」
浜に上がると、気持ちよさそうに髪を振るい歩いてくる。
「おーい!!」
不意にカイロは森林の中にいるコクトに向かって声を駆けてきた。
気付かれていたのかと驚きはしたが、小さくため息を吐くとそちらへ向かって駆けだしていた。
「見てたんなら一声掛けてくれれば良いのに」
「まぁなぁ……、こっちからしてみれば圧巻してて声も出なかったわ」
「お、どう? 上手かった!?」
「素人目でよろしければ最高だったよ」
「お、マジか!」
シャァッ!! と喜ぶカイロだったが、不意に海の向こうを見つめ返していた。
「でもなぁ……、やっぱり此所じゃ大きな波が立たないんだよなぁ……」
「緩いのか?」
「というか、そういう現象化もね」
「ああ、そういう事か……」
彼らの目は一瞬で研究者としての目に切り替わる。
カイロもただ遊ぶ為に波に乗っていたわけでは無いらしい(多分……)。
「地形にまで反映ってなると、ますます恐ろしいな……」
「実害があるって訳でもないんだろうけどね、そういう分野はセシルに任せるけど、もしかしたらあの星屑って地形や環境を塗り替えちまうのかもね……」
「星屑?」
「コクトちゃんは彼所に行ったこと無いから解らないんだろうけどさ、あの山から吹き出してるキラキラってまるで星屑みたいなのよね。なんて言うか、めっちゃ光ってる」
「かなりアバウトだな!? でも星屑か、名前が無いよりかはマシかもな」
「でしょ? でも、何かもうちょっと良いアクセント無いかな~。流石に今後星屑星屑とか言うのはなぁ~」
「そう言うのって重要なのか?」
「だってほら、研究者としては見つけた物に名前を付けたいじゃん。自分の名前は面倒だし、良いネーミング無いかね……」
「そうだなぁ……」
ふと、コクトは足下に目を落とす。
足下には浜辺だけあって大量の砂があった。
「……星屑、砂。確か、沖縄辺りには星の砂ってのが有ったよな?」
「星の砂……サンドスター! 良いじゃん良いじゃん!!」
「ははっ、そうだな! じゃあアレはサンドスターって命名するか!」
「よっしゃ決定!」
互いにそう決まると、何処からか無性に笑いがこみ上げてきていた。
くだらない形で決まった名前と、否定することの無い互いの心境。
どういう形であっても、互いに知り得理解し笑い合えたこの瞬間が、二人にとってはどうにも心地よかったのだ。
「あ、コクトちゃんも乗ってかない? 波に」
「え、俺もか!?」
「ホレホレ、教えてやるから」
「あ、ちょっと待てって! 俺白衣なんだけど!?」
無理矢理に海の中に連れ込まれていくコクト。
ただ何処か、悪い気はしなかった。
ちなみに、びしょ濡れで帰った二人だったが、シャワーも無く塩臭い状態で着替えだけ済ませ研究に戻ったらしい。
(((潮臭……)))
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