第一〇節

 研究を開始して早一日。

 各々が研究所の外に出て探検を始めていた。

 と言っても、事実二種類の箇所に分かれて動いている。


 レイコとセシルは獣人化した者立ちと接触し、検査を行っていた。

 最初はサーバルに説明をすべくコクトも同行したのだが、説明したところで余り意味の無いことを察し「とりあえず、知り合いのヒトがこの島に来たから仲良くしてくれ」としか伝えていない。その事を他の獣人達にも話してくれるようには願い駆けておいたが、心配なのに変わりは無かった。


 カイロとミタニは実地調査から始めた。

 山頂に吹き出した異質的な存在が、何かしらの原因では無いのかと言い、山頂まで向かっていったのだ。虹色に発光して吹き出すその何かが外界でも観測されていない以上、早急な観測が必要だと判断していたのだ。


「……、」

 ちなみにコクトは……。

「あー、もしもし? 此方研究所の者です。はい、本島近くの大きな離島の……はい」

 外部機からの通信に明け暮れていた。

 と言うのも、総務を請け負った以上現状は其方に徹しなければならなかった。現在の施設では余りにも研究に支障をきたす為に、現在必要な物を集めなければならなかった。

「はい、そちらの備品と……はい、はい。それもお願いします。はい、請求は……」

 事務机の上に資料を並べ、イソイソと電話を掛けては話を進め、また次の場所にかける。

 今一番に必要な物と言えば電力だった。

 手軽で簡単に手に入れられると言う条件で限られており、仮に海底から電気ケーブルをつなぐには時間が掛かりすぎるし、大量の電力施設を整えるにも未だ状態の解らない大地に立てるには危険性が有った。

 結果、必要となるのは太陽光と風力の発電機。

 そちらの手配自体は可能ではあった。

 更に、研究用の実験器具や薬品。

 そちらに関しても準備に支障は無かった。

 そもそも調査の予算が国から出ている為に、必要な物に関しては惜しむ必要は無かった(領収書が凄いことには成るが……)。


「終わりっと……。さて、一番の問題は……」

 一番に問題すべき懸念は、設備の方では無かった。

 時間が掛かるとは言え手配は出来ている。最悪数日はかかるだろうが、その間に実地調査を行えば済む。

「戻りました」

「お疲れ様~」

「……、」

 こっちだった。


 一番に厄介な問題は人間関係であった。

 仕事が出来るという面に関しては問題ないのだが、周りとの会話が極端に少ない。総務であるコクトと仕事の会話をする機会は何度もあるのだが、研究員同士の会話が全くない。

 同族嫌悪や妬み恨みなどでは無い。

 多分。

(人見知り……かぁ?)

 未開の地での突然の調査。

 天才的な頭脳を持っている曲者とて、自分を尊重さえするが人は尊重しない。

 必要最低限の情報だけを仕入れ、後は自分の脳と技術に訴えかける。


 ここまで来ると有能ではあっても……自分が気まずい。


(とは言っても、こっちも設備が無くて作業できるのは殆ど日中だけ。電気がない分夜は強制的に終了か自前のライトで続行かの二択……早く設備来てくれぇ~~)

 途方も無い無音の慟哭が空を切る。

 ちなみに、コクトは総務の事情で休みは無い。



 本島に一番近い海洋。

 その場所の浜辺で、コクトは白衣を靡かせてあるものを待っていた。


 ブォ~~~!!


 海の先から聞こえるのは、汽笛のような重い音。その音の先には大きな船が一隻見えていたのだ。

「来た来た……」



 港が無い為に大型船の行き来は出来ない。

 結果中規模のモーターに乗り換えて此方へと来る一隻の船があった。

 船が岸辺に止まると、そこから一人の男が降りてくる。作業員達が乗る船には似つかわしくない、唯一スーツにジャケットを脱いだような服装をしており、髪には少し紫のメッシュが入った商人とは思えない男だった。

 が。

「まったく、ここまで呼び出すなんて……なあコクト」

「いやぁ、悪い悪い。何分こっちも人手不足なことこの上ないからな、コト」

 互いに罵倒し合いながらも、バンッ! と音が出るほどに手を震い握手をする。


 月伽耶つくがや古都こと

 見た目は高身長で、少しオチャラケた髪型でも顔は厳格的な無表情な男で、此れでもコクトと同い年という異例の存在で有り、運送業の社長も務めていた。

「まあ、幼馴染みのお願いだと思って良くしてくれよ。ちゃんとたんまり出るからさ」

「貴様の金では無いだろう。まあ、報告も兼ねるが、荷物と作業員を下ろしてしまおう」

 コトは手で何かを合図すると、止めてある大型貨物船から小型の貨物船が海を渡って何台か此方に来る。何人かの作業着を着た者が陸に降りると、コンテナの中にある荷物を持ち上げて此方に向かってきた。

 コクトがそれを見かねて研究所への道を案内し始める。

 研究所を立ち上げる際もこうやってコンテナを運んで貰っていたのだが、ルートが少々入り組んでいた為に案内無しではたどり着けない場所になっていたのだ。

「ザッと前もって言っておくが、浜辺と研究所のある草原に行くまでに少し森林の地帯がある。多少俺が整備したが、まあ適当に行き先だけでも覚えておいてくれ」

「ああ」

 コクト、コト、そして作業員達は浜辺を抜け森林の中に入っていく。

 途中何人かの獣人を見かけることが在り、作業員も目を丸くして驚いてはいたが、荷物の到着を待ち遠しく待つ研究員達のことも考えて説明を省いて進んでいった。

 到着した荷物は研究所横に置く。

 他の作業員が船からまた何人かの人を手配して、そこから数週掛けた作業が始まった。



 作業員達が作業を進めている脇で、浜辺の方ではコクトとコトの商談についての話が進んでいた。

「ソーラーパネルに関しては中古の簡易的な物だ。不良品というわけじゃ無いから十分使えると思うが、電気の収集率が低い。前に頼んでいたタイプはまた今度持ってくるからその時だな」

「話は聞いてるから大丈夫だ。作業の方はどのくらい掛かる?」

「従業員は十分呼んだつもりだが、港の設置と研究所の設立。どちらも早めと言うことで簡易的な物だが、早くても今月中には完成できる」

「十分さ」

「しかし、同門とは言え、真逆その年でこんなでかいプロジェクトをするとはな」

「どうしてこうなったんだろうなぁ……」

「そりゃお前、い……」


「社長!」


 不意に、会話の途中で他の社員がコトに向かって声を掛けてくる。

「……っと、済まないな。話はまた今度だ。こっちも荷物が全部上陸させ次第作業に入る」

「ああ、俺は研究所にいるから、何かあれば声を掛けてくれ」

 コトは話を切り終わると、そそくさと社員の方へ駆けていった。

 その姿を目で追いながら、コクトはふと頭に過ぎった物があった。


(――アイツみたいに、社員と仲良く出来る方法って何だろうな)

 若干一六にして社の長となった幼馴染み。その苦労は壮絶な物だったとは言え、自身の軍配によって成功させてきた。

 その姿が、妙に羨ましく思えていたのだ。

 どうやったら、アイツみたいに距離を詰めて、信頼されて、築いていけるのだろうかと……。

(羨ましいこと、この上ないな……)

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