第一二節

 施設設立の作業日から三日目だろうか、シャワールームが設立された。遠くの水辺から水をくむ吸水式となっており、お湯は出ないものの、サンドスターによって変化し、熱した気候の中では特に問題なく使われていた。

 ちなみに、コクトとカイロは我先にと入り込み長い間落とせなかった潮の匂いを落とした。


 研究日から早数日経った現在、簡易式の研究室は直ぐに設立されたが、貿易港となる簡易式の港作りは未だ完成を見ない状態だった。


「だがまぁ、他の施設が出来た今だったら作業効率も早められる。ソーラーパネル自体も明日には設置も完了するだろうし、予定よりも早く進められるな」


 コトは、建設中の港でぶっきらぼうにコクトに現状の報告を進めていた。

 後ろでは掘り出しと周りの砂を固める為の岩壁の移動が行われており、支障なく進んでいることが見て取れた。

「貴様が言ったこのサンドスターによる影響。どうやら突然な気候変動などは無いようだな。我々も手順を滞りなく行える」

「長い時間此所に引き留めて悪いな。今じゃ出来る持て成しも十分に無い」

「安心しろ期待はしていない。そういえば、以前持ってきた食料はアレで良かったのか?」

「問題ないよ。インスタントであれ食事に困らないに越したことは無い。だけど、近い内に自炊できるだけの食糧を確保したいな」

「とすると、庭園か? だとすれば肥料や食物も必要になるだろうが……」

「造りも気候が見合っていないとダメだ。日本の気候を基準で考えても、変化が無い此所じゃ寧ろダメになる」

「必要となる穀物や野菜は選ぶべきか……資料に書いて次のときにでも持ってこよう。庭の為にも肥料なども必要か?」

「ああ。庭に関してはこっちで準備する」

「素人に出来る作業では無いが……いや、頭は玄人か……」

「どういう意味だよ……。それに、医者として食材の管理も行ってるんだ。そこら辺は任せろ」

「医者が食材の管理……?」

「出来ることは手を抜かずやるんだよ、医者は」

 一息をつくようにコクトは言葉を吐くと、その場を後にし出す。

 森林を抜けて研究所に到着し中を見ると、そこにはカイロとミタニしか居なかった。

「アレ? 他二人は?」

「ああ、あの二人なら今日は外回りだよ。獣人達と会いたいんじゃ無いか?」

「あー……」

 そういえば、と彼は思い返す。


 考えてみればここ数日彼はまともにサーバル達とは話していなかった。

 研究にいそしむ手前、かなり等閑なおざりになっていたことを今になって実感していた。

(そういう点で言えば、俺より親しくなってるかもな……。あ、涙出そう)

 シンミリと思い老けようとした彼だが、何かを思い出したかのように研究室を後にしようとしていた。

 出て行こうとした時、後から声が聞こえた。

「余り、霞めるで無いぞ……」

 意外にも、彼に声を駆けたのは最年長であったミタニであった。今まで仕事以外で声を駆けてきたことが無い為に、半ば驚きを隠せないコクト。

「あ、はい……」

 振り返り彼を見るが、此方に目をくれずデスクに向かって何かしらの作業をしていた。

 少し高くなった返事は、確信を持てないまま虚空へと消えたかのように、彼は研究室を後にした。


「おっさん……、そんな声出せたんだ」

 同じく少し驚いた顔でミタニを見ていたカイロだったが、気にせずと言わんばかりにミタニは返した。

「口を動かす暇があったら手を動かさんか、若造」

 渋った声は、また研究室を静寂に戻した。



「……、」

 コクトは、一人近隣の森に来ていた。

 周りを見ても、人や獣人の気配はせず、静かな森は一層不気味さを感じさせた。

「……そういや、何処に行ったかも聞いてなかった」

 連絡手段が無いこの場所で、せめて行き先を言ってくれれば良かったのにと思いつつも、そこまで仲が良いわけでも無い性か、早めに仲良くなっておけば良かったとまた後悔を始めるコクト。

 ハァ……、と重い気を吐き項垂れながら森林の中を進んでいくその姿は、まるで顕界に絶望し富士野樹海という入り口に足を踏み込み幽界へと旅立とうとする不運のサラリーマンのような状態だった。


「……キャ……キャッ」


 コクトは、ふと遠くから聞こえた声に耳を傾けた。

 まるで楽しんでいるかのような高音の笑い声が、その森林の先で聞こえてきたのだ。


 誰か居るのかと走り出し、鬱蒼とした茂みを抜けると、どうやらそこは水辺付近で見慣れた二つの白衣と、見たことの無い獣人と見たことのある獣人の四人がそこに居た。

 よくよく目をこらせば、サーバルとレイコが浅瀬で水を掛け合い遊んでおり、セシルはフードを被った何かに追いかけ回されていた。

「え、何この構図。ホントに冥界来ちゃった??」

「それそれそれ~~~!! あッ!?」

「アハハ……アハ…………ハ………………」

 浅瀬で水の掛け合いをしていたサーバルとレイコ。サーバルはコクトに気がつきまた一段と高い声を上げたが、レイコは寧ろ楽しそうだった笑顔が色褪せていく木の実のように真っ青になっていった。

 ちなみに、その間を何度も横切るかのようにフードを被った獣人らしい何かから逃げ惑うセシル。

「アー!! コナイデクダサーイ!! Stay away from me!!」

 恐怖の性か、完全に素が出始めていた。



「初めまして! 私、ブームスラングと言います!!」

「ああ、よろしく。コクトだ」

 ニヘラと笑顔を浮かべてきた獣人の少女。

 それに丁寧に返すコクトだったが、それよりもと目線を移し撃沈した約二名に目線を変えた。

「で、奴さん方は何をしているのさ……」

 体育座りで三十路に入る手前のレイコと、動物学研究専門でありながら逃げ出したセシルがそこに居た。

(と言っても、セシルに至っては解らなくも無いんだけどな……)

 ニコリと笑顔を見せて笑っているブームスラングの少女。悪意はない良い笑顔だが、生態的には成人男性など殺せるほどの毒を持っており、もっと面倒なのが毒と気がつかず手遅れになる症状が多々有るのだ。

(何度か仕事上そういうのは見てきたが、やっぱりアレだな。可愛い女には毒が有るって事か……)

 毒のことに関しては注意すべき点かもしれないが、ライオンの例を思い出し特に警戒する姿勢はしなかった。

 寧ろ無意識に頭をなでていた。

「で、そっちは何、どうしたの?」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 返事は無い。

 ただ、彼等の周りだけ空気が重いのはわかる。

「とりあえず、あー……。大丈夫だ」

「ホントデスカ!?」

「うん、ほら。……あ、悪いなでてた」

「いえいえ~」

「マ、マァ……カ、噛まないデネ!!」

「噛みませんって~! 私はみんなと仲良くなりたいんですから」

「そうだよ! 怖がる必要なんて無いんだよ!!」

 隣からは乗り気なサーバルが一声掛けてくる。

 どうやら仲が良いのか、此所には二人で遊びに来ていたらしい。

「なるほど、サーバルの友達か」


「「……友達?」」


「……、」

 その首をかしげた表情に、コクトは何か危機感を感じた。

 それは、彼女たちが無知であることに関してでは無い。知識が無いとは言わないが、そこでは無いのだ。

 その危機感は、まるで彼女たちの考え方に足を踏み込んだ自分たちに会った。

 ただ、今はまだ知らぬその恐怖に、彼は堂々と足を踏みこんでいた。

「ああ、そうさ。仲が良くて、隔たりの無い仲の良さ。永久に、ずっと繋げていける親しさ。どんな自分や相手でも、一緒に歩けるような存在のことさ」

「そっか~。それじゃあ私たち友達だね!!」

「うん、サーバルとお友達ね! 私、もっとお友達作るわ!!」

「良いね! どんどん作ろうよ!!」

「仲が良くて何よりだ……で、レイコさんそろそろ元気出してくれない?」

 シミジミとした空気で一区切りついた瞬間、背中から漂う負のオーラが妙にチクチクして止まない性か、結果声を駆けてしまった。

「……、」

 無論返事は無い。

「セシル。どういうことアレ」

「よくわかりませんケド、なんと言いましたっケ……童心に返ル?」


「何でそんなことだけ知ってるんだよ!!」

 ガンッ!!

「ボベフッッ!!!?」

 振り投げられた石が、セシルの顔面に直撃した。

「あ、生きてた」

「ハァ……ハァ……」

 冷たいオーラが怒りのオーラに変わっているレイコ。

「エー、デモ、レイコサンって、見た目Childじゃ無いですカ~」

 あー、とコクトが何処か納得した眼差しを向ける。

 レイコは見た目が女性の平均身長近くではあるが研究員の中では一番背も低い。髪型は最早気を遣う必要が無いのか、癖っ毛が跳ねたロング。

 研究続きの筈がスタイル自体は良い上に、容姿とて端から見れば整った女性なのだが、セシルというより、外国人からしてみれば十分に子供に思えるのだろう。

 事実セシルは一番の高身長だった。

 だからといって、少女に見える三十路にそれは言っちゃいけないと思う。

 現実目の前の殺気が怖い。

「コクトさん、コウイウ人日本ではナンテ言うんでしたっけ? Lolita-Style Older Woman?」


 死の刻限は来た。

 圧倒的な覇気から放たれた豪腕と怒号は、近くに居たサーバルとブームスラングでさえ怯えさせるほどの気迫だったという。

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