異世界で、介護ヘルパー始めました?~転生メイドのお仕事ライフ~

港瀬つかさ

異世界で、介護ヘルパー始めました?~転生メイドのお仕事ライフ~


「大旦那様、今日は日差しが気持ち良いので、皆さん外でお茶をされるのはいかがでしょうか?」


 笑顔で声をかければ、大旦那様は私を見て、少し考えた後に、小さく頷いてくださいました。けれど同時に、春先にしては妙に強い日差しを懸念されている模様。…勿論解っております、大旦那様。ご年配の方々に、日光浴は良くとも、あまりにも強い日差しを浴び続けるのは却下ですよね。当然、配慮済みです。


「ジャンさんにお願いして、庭先に天幕を張って頂く準備が出来ております。直接日差しは当たらないようにさせて頂きます」

「そうか。…いや、君はいつもきちんと配慮してくれるのはわかっているが、年寄りは細かいことを気にしすぎてすまんね」

「いいえ、とんでもない。皆様の安全に気を配り、心地よく過ごして頂くのが、メイドである私の仕事でございます」


 既に、下男のジャンさんの協力は取り付けてあります。こんな天気の良い日なのです。室内に籠ってお茶と話にだけなんてつまらない。遠出はそれなりの準備が必要になるけれど、お屋敷の広い庭で日光浴しながらお茶タイムとか最高だと思いませんか。しかもこのお庭、庭師のベン爺が精魂込めて作り上げた、完璧過ぎる庭なのです。むしろ見学料とっても良いぐらいの完璧なるお庭です。それを見ながらお茶とか、素晴らしいと思いますが。

 この地の先代領主である大旦那様は、御年60歳のナイスミドル。今は領主の仕事を孫である旦那様に譲られての楽隠居。…お若い頃からお仕事一筋だったので、老後は何をするか悩んだあげく、ご近所の馴染みの同年代を集めて、こうしてサロンもどきを開いておられる。私がお世話になるより前から行われていたようですが、私が来てからは参加頻度も上がり、盛り上がりも今まで以上とのお褒めの言葉を頂戴しました。

 ふふん、伊達に元介護職員ではございませんよ、大旦那様。この私、弱小デイサービスで事務方として入社したのにも関わらず、人手不足故に万年普通の介護職員と同じように、介護業務に従事していたわけではないのです。皆様をご自宅に送り届けて後、やっと自分の本職である書類仕事に取りかかり、残業なんて当たり前の超ブラックな勤務状態でしたけれどね!


 え?お前メイドじゃないの?


 えぇ、私、メイドでございます。リナーリアと言う名前の、しがない町娘でございますよ。普通の一般家庭に育ち、倍率の物凄く高いお屋敷のメイド試験に合格し、超怖いメイド長の教育にも耐え抜いた、たたき上げのメイドでございます。

 ただし、転生前の記憶を保持している、というところが普通じゃ無かったんですけれど。

 正確には、思い出したのはこの一年ほど前です。見事メイド長の教育に耐え抜き、メイドとしてお屋敷で本格的に働けるとなった矢先に、思い出したのです。私の前世が、日本の片田舎の弱小デイサービスで、お年寄りと戯れつつ仕事をすることを超楽しんでいた、ちょっとブラック勤務に慣れ始めてて若干やばかった三十路の女だということを。

 あ、私の死因は、別にブラック状態の超過勤務で過労死とかじゃないので、ご安心ください。トラックに跳ねられたとかでも無いです。…我ながら大変情けないのですが、お正月に大好きなお餅を大量に食べていたら、喉に詰まらせて窒息死しました。苦しかったです。しくしく。一度ぐらいお嫁に行ってみたかった…。


 え?どうやって前世の記憶を思い出したんだって?


 …それがですねぇ、私、非常に今生の自分、リナーリアという町娘の頭をぶん殴ってやりたいんですけどね。あの小娘、イケメン領主様に憧れてメイド試験受けたクチなんですよ。そういう娘は多いですし、そのせいで倍率阿呆みたいに高いのですけれど。まぁ、大概メイド長のしごきに耐えきれずに辞めるそうなんですが、それに耐え抜くぐらいの根性はあったようです。或いはイケメンへの執着が作用したのか。

 そうしてそのまま、お屋敷でメイドとして仕えることになるはずでした。私が表に出ることもなく、リナーリアという町娘が普通にメイドとして過ごす。そんな平凡な人生がある筈だったのです。




 ところがどっこい、配属先が大旦那様の別宅だと知った瞬間、リナーリアはショックで倒れてしまったのです。




 個人的にはナイスミドルの大旦那様は素晴らしいと思うんですが、彼女の目的はイケメン領主。つまるところ、目当てのイケメンの傍にいられないという衝撃で倒れたようです。…お前、仕事舐めてんのか、小娘、と私、目覚めた瞬間に自分自身に罵声を浴びせかけました。それ以後、リナーリアは消滅したのか、私に吸収されたのか、綺麗さっぱり消え去ってしまったのです。

 今までも何人ものメイドが大旦那様の所へ派遣されたそうですが、皆さんすぐに辞めてしまうとか。なお、私の勤続一年が、新人メイド(10代の娘)の最高記録というのですから、推して知るべしかと思います。揃いも揃ってイケメン領主様に玉の輿狙いとか、バカですね。大バカですよ。

 そもそもが、領主様がメイドに手を出すわけがございません。というか、そんなことを考える時点でメイド失格ではありませんか。そういうのは恋愛小説の中だから赦されるのです。良くてお手つきの日陰の身だと思いますけどね。領主の妻にメイドがなれるなんて、夢物語を見ているから、ショックで仕事止めるんでしょう。お前ら仕事舐めてんのか、小娘が!ってなりませんか?

 まぁ、阿呆な小娘のことは置いておきましょう。私は、仕事は仕事と割り切っております。それに、別宅とはいえ領主様に雇用されているのです。将来は安泰です。それに、色々と面倒くさい来客がひっきりなしな領主様の所より、楽隠居の大旦那様の元の方が気楽に仕事が出来るのは事実です。


 だって、お客様はサロンもどきにおいでになる年配者ですよ?


 ふふふ、元デイサービス職員を舐めないでください。そもそも、私、田舎育ちですので、年配の方との接点は多かったんですよ。それが理由で、介護職員の道を選んだのも事実です。どうも年長者に気に入られやすいようで。リア充満載の会社勤務より、年配のご利用者さんとまったり過ごす方が向いてましたので。

 そういうわけですので、私、むしろ天職と思いながら勤めております。なお、この別宅で働く他の職員は、私以外全員が年配の方々です。下男のジャンさんが一番若いですけれど、その彼だって50代です。そもそも、大旦那様が隠居なさるときに、ご自分に近しい使用人をこちらに引き込まれたとか。唯一本宅に残っておられるのが、執事長とメイド長の二大巨頭でございます。あのお二人は領主様の業務に必要とか。…そのうち、次代が育てばお二人もこちらに来られるそうですが。

 とはいえ、年寄りばかりでは空気が重いとか、働き手が必要とかで、こちらに定期的にメイドを派遣されていたそうです。…全員が全員、綺麗に数ヶ月ほどで辞めていくそうですが。


 ……おのれ、小娘共。仕事を舐めくさりやがって。


 え?あぁ、すみません。メイドとしてあるまじき言葉遣いでしたね。内心で思うぐらいは赦してください。記憶が戻ったせいで、元の田舎出身庶民派の性質が抜けきらないんです。対外的には、完璧にメイドをこなしております。何しろ、メイド長の地獄の特訓に耐え抜きましたからね。そこはばっちりでございます。

 そうこうしているウチに、本日のサロンもどき開始でございます。時間は朝9時。皆様自宅でそれぞれ一仕事を終えてからのお越しです。ジャンさんに張って貰った天幕の下にイスとテーブルを用意して、お茶の準備は万端です。本日のお茶請けは、料理人のグラッズさん(元本宅の料理長)にお願いして作って頂いた、柔らかいクッキーと、柔らかめのゼリーです。クッキーは硬いとぼそぼそして喉に引っかかりますし、ゼリーも固めれば良いとの認識で寒天みたいなものばかりだったので…。

 だって、年配の方々の食事ですよ?いくら言動は元気でも、嚥下能力は低下するんです。これ見よがしな介護食なんて出したら怒られるかもしれませんけど、それと解らぬ程度に食べやすい食事を提供するのは当然です。使用人一同納得してくださいましたし、大旦那様もお許しくださいましたし。私、サロンのお客様に快適に過ごして頂きたいだけですので。


「あら、今日はお外でお茶なのねぇ。ステキだわ、リナちゃん」

「ありがとうございます、ステラ様」

「うふふ。リナちゃんに会えるのも楽しみの一つなのよぉ」

「勿体ないお言葉です」


 嬉しそうに笑ってくださるステラ様は、服飾店の隠居した奥様です。お若い頃は、自ら針を手に衣装を仕立てておられたとか。その手腕はとても見事で、大旦那様の礼服を作られたこともあるとか。見せて頂いた刺繍の素晴らしさに、思わず感動いたしました。…女性に年齢を問いかけるのは失礼ですので、お幾つかは聞いておりません。ただ、こちらに来られるようになって、日に日に若々しくなられている気がします。

 ステラ様のお手には、今日も愛用の鞄がありました。サロンで皆さんとお話をしつつ、刺繍や小物を作るのがステラ様の過ごし方です。時々、使用人一同の服のほつれを目敏く発見され(なお、名誉のために言っておきますが、普通は気づかないレベルです)、その場で修繕してくださる素敵なお婆さまなのです。

 とはいえ、自宅にはあまり居場所が無いとか。ステラ様の手はとても見事なのですが、今の主流とは趣が異なっています。それは時代の変遷なので仕方ないのでしょうが、それ故に、「お祖母ちゃんのは古くさいのよ!」と孫娘様に言われたとか。…オイコラクソガキ、てめぇ何ぬかしてんだ、と言えるならば言いたかったのですが、私に出来るのはステラ様をお慰めするぐらいでした。

 まったく。最近の若い子は愚かです。流行なんかで判断できないほどに、ステラ様の手は見事なのです。ぶっちゃけ、その素晴らしい刺繍は国王陛下もお認めになり、何度か内緒でこっそりお忍びでいらして、ハンカチに刺繍をしてもらって喜んでおられたほど、なのですよ?年配の皆様はご存じの当たり前を、若い子達は知らないようで、ステラ様に暴言を吐くとか。…やはり、最近の若者は阿呆ですね。うん。


「やぁ、リナちゃん。この間は爺の昔話に付き合わせて悪かったなぁ」

「ウリーク様、ようこそお越しくださいました。とんでもございませんわ。とても楽しいお話でした」

「そうかい?帰ってから婆さんに怒られたんだよ。若い子に、昔の武勇伝話すなんて恥を知れってなぁ…」


 照れくさそうに頭を掻いていらっしゃるのは、ウリーク様。今は引退されていますが、お若い頃は高名な冒険者だったとか。あちこちのダンジョンに赴いて魔物を退治して生活されていたそうです。その頃の武勇伝は、冒険活劇大好きな私にはとても楽しいお話でした。おべっかではありませんよ?実体験に基づいた冒険のお話なんて、本当に楽しいじゃありませんか。

 今は昔のように身体が動かないから、と仰っていますが、それでもまだまだお元気です。年齢より10歳はお若く見えます。身体を壊さない程度の鍛錬も欠かしておられませんし、今日も腰には長剣を下げておいでです。…勿論、大旦那様の許可は取っておられます。

 それに何より。


「ウリーク様、先日伺った、竜の沼でのお話、冒険者ギルドの受付の方が、とても興味を持たれていましたわ」

「は?ギルドの受付?」

「えぇ。酒場で世間話をしましたら、大変興味深く聞いておいでで、もし宜しければ、ギルドで詳しくお伺いしたいと仰っていました」

「…いや、今更こんな年寄りの話を、何でだい…?」

「私も詳しいことは存じ上げませんが、竜の沼は記録情報がとても少ないそうです。もしもお手すきならばギルドに来て欲しいと仰っていました」

「ははは、そりゃ嬉しいことを聞いたねぇ。明日にでもギルドに顔を出すよ。ありがとう、リナちゃん」

「いいえ。こちらこそ、勝手に武勇伝をお話しして申し訳ありませんでした」


 深々とお辞儀をする。そんな私の頭を、ウリーク様は嬉しそうに撫でてくださいました。

 ギルドの受付の方の話によれば、竜の沼の記録情報が少ないのは、そこから生還する者が極端に少ないからだとか。竜の沼はその名前の通り、竜の住処。入り口付近で素材採取ぐらいならばともかく、奥に入ってうっかり竜と遭遇したら、生存率が一気に下がるとのこと。その最奥まで赴き、当時竜王と呼ばれていた個体と争い、手傷を負わせ、負わされ、痛み分けで生還したというウリーク様のお話は、とても重要な情報源だとのことです。

 ウリーク様、口先だけの煩い爺、などと揶揄されているようですが、そんなことはございません。冒険譚をお伺いしても、経験された様々な重みが伝わってきます。若者達は、自分たちの実力がそこまで及ばないからこそ、全てを嘘だと決めつけているのでしょう。愚かの極みです。まったく。


「おはよう、リナちゃん。明日の天気は昼から大雨だから、気をつけなさいよ」

「おはようございます、レベッカ様。貴重な情報ありがとうございます。明日は洗濯物は屋内に干すことにいたしますわ」


 笑顔で明日の天気を教えてくださるのは、占い師のレベッカ様。とはいえ、最近では殆どお店に出られることも無く、お天気占いのみお引き受けくださるとか。レベッカ様のお天気占いは百発百中。大変重宝しております。

 ただ、レベッカ様もまた、お孫さんにはよく思われていないとか。何でも、恋占いやテストの問題などを占って欲しいと言われてお断りされたとか。むしろ普通のことと思うのですが、「お祖母ちゃんはその程度のこともしてくれない。凄腕占い師なんて嘘ばっかり。天気予報しかしないのよ!」ということだそうです。…とんだおバカな小娘でございますねぇ…?

 レベッカ様が占いをおやめになられたのは、お孫さんの為だというのに…。凄腕の占い師であるレベッカ様にしてみれば、占えば大抵のことはお解りになるそうです。ですが、そんなレベッカ様の隣で育ち、困ったことがある度に占いに頼ろうとするお孫さんのお姿に、これではいけないと思われたそうです。占いで全てを決めてしまうと言うことは、自主性が育たないということ。自分で考え、自分で決めることが出来なければ、自分が死んだ後の孫が心配すぎる、と。素晴らしい祖母の愛だというのに、お孫さんには通じていないようです。…若い子は便利な方へと逃げたがるので、そのせいかもしれませんわね。

 親の心子知らずとはよく言いますが、祖父母の心孫知らずというのも存在するのでしょうね。嘆かわしい限りです。


「今日も賑やかになりそうだねぇ、リナーリア君」

「皆様お元気にお越しくださって、私も嬉しく思います」

「君のおかげだよ」

「私は何も…。ただ、メイドの仕事を果たしているだけでございます」


 お褒めくださる大旦那様に、深々とお辞儀をいたしました。えぇ、これは私の仕事でございます、大旦那様。メイドとしてこの別宅で大旦那様のお世話をする。それは、先輩メイドの皆様が十分に果たしておられます。ならば私は、私にできる限りの仕事をするだけなのです。お越しくださる皆様が、少しでも楽しい一時を過ごしてくださるように努力する。それが私の勤めでございます。

 席に着かれた皆様には、温かい紅茶とグラッズさんお手製のお茶菓子を。天幕の下から見えるベン爺が丹精込めた庭は美しい限りでございます。春の麗らかな日差しの元、どうか皆様、楽しい時間をお過ごしくださいませ。



 そしてどうか、明日も、明後日も、一日も長く、お越しくださいますよう、お願い申し上げますわ。



FIN 

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