第9話 欲張りの末路

 あの忌々しい、砂漠の国の王様だった物乞いが、ぴょんぴょんと峻烈な岩山の天辺で跳び跳ねていた。

 どうやら、虹をつかもうとしているらしかった。

 その必死で滑稽な姿が憐れになって、センカは眉を潜めた。


「この虹の橋を渡れば!

 理想郷へ続くと聞いた!

 あの龍たちが棲む国へ行けると神官どもが言っていた!

 わしもっ、わしも理想郷へ行くのだっ!

 ふひひ、金貨の浴槽に浸かり、女を侍らせて……、そう、あの美しい神龍たちを膝ま付かせるのも気分が良いだろうっ!

 ふひ、ふひひ、ぐひひひひ……!

 腹一杯の食事、豪奢で柔らかなベット!

 そして、世界の水をわしが管理するのだ!

 誰もがわしに媚びへつらうのだっ!

 ふひひひひっ!

 さぁ、虹の橋よ!

 わしを理想郷へと誘うのだ!」


 砂漠の国の王だった男の、変わらず狂った考え方に、センカはため息をついて王の愚行を眺めていた。

 砂漠が湖になった頃、強欲な王と大臣は当たり前のように民だった人々に、己の衣食住を用意させようと威張り散らした。

 けれど、あんなことが有ったせいで人々から白い目を向けられ、彼らに都合の良いような従順で、理不尽な命令を易々と聞くような人は一人として現れなかった。

 そうして、己の立場の分からない身の程知らずの王公貴族の大多数は物乞いに堕ちたのだった。

 一握りの改心した貴族等が民を先導し、いくらか生活が落ち着いて来たのは、つい最近のことだった。


 と、その時である。


『ぎぃやあぁぁぁぁぁっ!!』


 断末魔の叫びが在るとしたら、まさにこの事だとセンカは思った。

 王だった男は足を踏み外して、峻烈な山の頂きから転げ落ちた。

 どんどんと岩山の斜面を滑落し、あっという間に見えなくなった。

 男の末路は、呆気なかった。

 センカは目をつぶり、水盆から顔をあげた。

 他の強欲な大臣たちの末路も似たようなものだった。

 天罰を下さなくても、あの欲張りな男たちは自らの行いを精算するように、幕を引いていく。

 ヒトの生とは、そう言うものかもしれないと、長椅子に横たわった。

 天井を眺めながらセンカは、これからの事を思案すると、深く深く思考の海に落ちて行って、そうして終いに眠ってしまった。


千華センカ、千華、いとしきこ。」


 優しい声に、ふと意識が浮上する。

 さらさらと頭を撫でる、優しい手つきの心地良さにうっとり微笑む。


 そして、ふと声の主に思い至ると、センカは慌てて飛び起きた。

 長椅子の側で、しゃがみこんでいる創造神と目があった。


「あるじ様っ! 申し訳ございませんっ!

 こちらにお座り下さいっ!」


 センカは急いで立ち上がると、創造神に長椅子を譲った。

 創造神はキョトンとして首を傾げると、センカの慌てぶりにクスクスと声をたてて微笑みを深くした。


「センカ、ありがとう。

 では、一緒に座りましょう。」


 ゆったりと創造神がセンカの手を引き、長椅子に座る。手を引かれた為に、戸惑いながらもセンカは創造神の隣に腰掛けた。


「千華、おまえはこれからどうしたい?

 おまえを虐めてた人間は、居なくなったけれど、おまえを拐った人間たちはまだ何処かで生きている。おまえを傷付けた人間たちも、まだあの場所で生きている。

 数多の人間がおまえに関わり、沢山の哀しみや怒り、憎しみを増強させて長引かせ拗らせた。

 だから、おまえはこれからどうしたい?」


 ソッと囁くように、子供に諭すように創造神は問い掛けた。


「わたしは、どうしたいのかしら……。」


 創造神の悲しそうで優しい微笑みを見ているのが堪えられなくなって、センカは俯いた。

 眠る前にも、センカはずっと考えていた。

 砂漠の国のことを、これからの事を。


「ヒトの根本は変わらない。

 ヒトのカタチも変わらない。

 柔らかくおなり、千華?

 大人たちはもう、硬くなってしまったけれど、おまえはまだ子供。

 だから、ね?」


 優しい手が伸びてきて、センカを抱き締めた。

 ポロリと溢れた涙が、創造神の胸を濡らした。

 あやすように背中をトントンと叩かれて、センカは小さく嗚咽を洩らした。


「うぇえ、ひゅっ……ゆる……赦して、も……ぐすっ……良い、のでっ、しょうか……?」


「赦してもいい、赦さなくてもいい。

 そのどちらも間違ってはいないよ。

 理性や知識でなく、心に従ってごらん。

 大丈夫、おまえはわたしのいとしごだから。」


 滲む視界で創造神を見上げると、にっこりと微笑む顔が視界に広がった。

 センカは、しゃくりあげながら、懸命に笑顔を作って笑った。

 創造神の言葉が胸にいっぱいになって広がると、心の奥底をグッと押された気がした。

 そして、赦しても赦さなくても良いと云う言葉に納得すると、胸がスッキリして気持ちが落ち着いた。

 自分でも、驚くほど心が穏やかになったのが分かった。


「ありがとうございます。

 心配かけて、ごめんなさい……。」


 センカは、創造神さまの後ろの柱から心配そうにこっそり覗く、母と父とセンにも見えるよう、にっこりと笑ったのだった。


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