第8話 雨喚ぶ弓と恵みの矢


「え!? なんで、どう言うことかしら?」


 不思議そうに首を傾げるセイに、哀しげにセンカは微笑んだ。


「ヒトは周りが貧しいと、己までが貧しくなるのよ。

 最初からこんなに、罪深かったわけじゃないと思うの。

 あの慈悲深い、優しい創造神さまが作った、生き物のうちの一種族だから。

 龍たちに世界の管理を任せるくらい、大切にしてる世界の、思考する生き物だから、信じたい気持ちもあるの。

 酷いこともされた。

 いまも許せないことばかり。


 でも、始まりはわたしが原因だったと分かったとき、なんとも言えない後味の悪さが心に広がったの。


 わたしが悪くないのは分かっていても、渇きに喘ぐ人々の狭間で、わたしも一緒に渇きに苦しんでいたんだもの。だから、渇きと飢えの辛さは、この人々と同じくらい分かっている。


 でも、大干魃を引き起こしたのは人間の欲のせい。

 大きな欲が何を引き起こすか、知らないならば教えてやればいい。

 そんなに欲しい欲しいと言うならば、沢山の水を与えてみようと思うの。」


 残酷かなぁ……と儚げに微笑むセンカに、セイはふるふると頭を横にふった。


「センカが、したいようにしてごらん?

 私が、最後まで見届けるから。」


「ありがとう、セイさま……。」


 セイとセンカは微笑み会うと、また冷たく厳しい眼差しで、砂漠の国の人々を見下ろした。


 センカがソッと両手を突き出し、手皿を作ると水を溢れ出させた。


 渇きに飢えた人々、王や大臣までもがセンカの両手から溢れる水に目を血走らせて凝視した。


 その必死な形相に、フッと笑うと、センカは水を滴らせた両手で空中に大きく半円を描いた。

 すると、水が形をもって淡く光り輝いて、センカの目の前で美しい弓の姿に変化した。


 センカは弓を持って天空へ向けて、優しく水の弦を弾いた。

 イィィィィィン……と静かな音が辺りを震わせた。

 砂漠の朝が、更に少しひんやりと寒くなって、人々は肌をこすった。


 センカは、次に一本の矢を水の弓につがえた。


 キリキリと弓矢を引き絞り、天空へ狙いをすませた。


「雨の弓よ、渇いた空を湿らせ渇きを鎮めよ。

 恵みの矢よ、この穢れた罪深き地を水に沈めよ。」


 センカが弓矢に言葉を込めると、一際、弓矢の光が青銀色に鋭く強く輝いた。


 ピイィィィィンッ! と、弓矢を解き放つと、矢はまっすぐ天空へ吸い込まれていった。


 雨の弓は矢を放っても、ずっと鳴り続けていた。


 イィイィイィィィン……と鳴りやむころ、センカの頬にポツリと雨が落ちてきた。


 ポツポツと降り始めた雨に、砂漠の国の民は歓声をあげて大喜びした。

 互いに手を取り合い喜ぶ愚かな国民を冷ややかに見下ろして、セイとセンカは龍となって、あの峻烈な岩山にかかる虹を目指して飛び立っていった。


 二体の神龍が去ったあとも、数日間、雨が降りやむことはなかったのだった。



 **********



 龍の棲まう宮殿の、天候を観測し操るための神殿で、センカはまた水盆を眺めていた。


 あの、雨の弓を引いた日からすでに三年を迎えていた。


 砂漠の国は、いまもまだ雨が降り続いている。


 果てなく続くかと思うほど広大だった砂漠は、いまでは巨大な湖に姿を変えていた。


 砂漠の国は水に沈み消え去り、国民だった人々は、自分が招いたその欲深さを目の当たりにして絶望していた。


 あの日、センカは雨を、20日降らせて1日だけ晴れ間を作り、また20日降らせてという流れをこの国の上に固定したのだ。


 雨が一月続いた頃、人々はまだ喜んでいた。

 三月続いた頃、徐々に人々不安を覚えるようになった。

 半年続いた頃、いつまでも続く雨に恐れを抱いて、教会に出入りしては雨を止めて欲しいと嘆きだした。

 九ヶ月、雨が降り続くと、とうとう大地が水を吸いきれず水溜まりがあちこちに出来た。

 一年が過ぎる頃、食べ物が無くなり、いよいよ人々の顔が恐怖にひきつり始めた。

 一年と半年、雨が降り続くと膝の高さまで水が迫って来た。二年が経つ頃、腰近くまで増した水量に人々はおののいた。

 泳げる技術が皆無だったから、これ以上水が溜まれば溺れ死ぬしか無くなるからだ。

 砂漠の国の人々は、慌ててあの峻烈な岩山を、我先にと目指して向かった。

 そうして現在、砂漠の国は完全に水の底に沈み、砂漠の国の人々は峻烈な岩山に住んでいた。

 誰もが笑顔を忘れてしまったように、表情も口も硬く閉ざしてしまった。

 そして、三年前の神龍が二体、降り立ったときのことを思い返しては後悔と悔恨、懺悔と諦めに頭を降り、奥歯を噛み締めた。


 センカは人々のこの変わりように、どこか少しホッとしていた。



 そんなある日のことだった。


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