第4話 龍卵と大干魃
セイは、さらさらとセンカの髪を指で透きながら、優しく頭を撫でて、そして唐突に話始めた。
「私の一番下の妹が、およそ百年前に龍卵を産んだの。
龍の血族は、滅多に卵を産めないので、郷の人々あげての祝宴を三日三晩あげ続けるほど喜んだわ。
ところがある日、龍卵が人によって盗まれた。
龍の卵は産まれて百年、魂だけが殻を抜け出してあらゆる精霊と共に世界を巡るの。
そうやって百年の間に、世界がどういうものか学ぶと言われているわ。
だからその間、龍卵の殻は成人龍の鱗より硬く、中の幼龍を守っているの。
どんな衝撃にも堪え忍ぶとは言え、大切な子供を盗まれた血族は激昂し、郷中を探し回った。
けれども、見付からない。
幾人かの血族は、地上に降りた。そして探し歩いた。
何十年も卵は見付からず、孵化する年月が過ぎてしまった。
今回、私は捜索隊ではなく、龍のお役目のために地上に降りていただけ。
まさか、あなたを見付けるなんてね、創造神さまの思し召しかしらね。」
理想郷と呼ばれる天界の、王族が棲まう白亜の巨大な宮殿の一室で、女はそう締めくくった。
セイと言う名の女も、センカと呼ばれた子供も、旅の装束や襤褸布を脱いで埃をおとし、今は龍の血族が好んで着る、ゆったりとした藍色の長い布を身体に巻いて、腰の高さで真紅の紐で縛って留める服に着替えていた。
先程まで、センカを囲み龍の血族たちが代わる代わる挨拶と抱擁に来てくれていた。
その中で、母親だと名乗るセイに良く似た、けれど少しタレ目の美しい女人と対面した。
その人は、わんわんと大泣きしながらセンカを強く抱き締めてくれた。
母の甘い香りにくらくらとして、その優しい匂いに胸がぎゅうっと痛んだ。
嬉しくて甘えたくて視界が滲んで涙がこぼれた。そうして躊躇いながらもすり寄ると、更にギュウギュウと、母が痛いくらいに抱き締めてくれた。
センカの父親は、地上をまだ捜索しているらしいが、すでに連絡をしていて、明日には戻ると喜んでいたらしい。
はじめての両親に、センカはくすぐったさを覚えた。
愛情を受けとるとくすぐったい気持ちになると、その時、始めて知ったのだ。
一心地つくと、センカはセイに改めて旅の理由を尋ねていた。
「龍のお役目ってなぁに?」
暖かなミルクティーから、シナモンの香りが立ち上る。
それにつられて、センカは一口啜るとまたセイに視線を戻して話を促した。
「私達、血族の力には創造神さまから与えられた義務という名のお役目があるの。
ひとつ、天候を操り、地上のあらゆるところに恵みをもたらすこと。
ひとつ、大地のあらゆるところに滞りやすい穢れを散らし世界を常に浄化すること。
ひとつ、地上にあまねく他の種族の発展を見守り、その歴史や技術を保管すること。
おおまかに言うと、この三つがお役目と呼ばれるものね。お役目を受けるのは一体にひとつだけ。血族内で、交代しながら受け持っていくのよ。」
センカはその話を聞いて、ごくりと生唾を飲み込んだ。
龍が、神の遣いであり、神の顕現した姿というのは、どちらも間違っていない認識だったことに驚愕したのだった。
「セイさまは、どのお役目を担っていたの?」
「私は、大地に蔓延る穢れを祓うお役目を担っていたわ。
ちなみに、あなたの母親も今回、お役目をひとつ担っていたのに、ここ数十年はそれを完全に放棄していた。」
「え……?」
「あのこは、地上に恵みをもたらすお役目を担っていたのに、あなたが拐われた悲しみから、その義務を放棄していたの。」
ハッとして、センカは目を見開いた。
そこまで聞いて一つの考えが脳裏を過ったからだ。
「……もしかして、そのせいで、
「ええ、その通り。
だから、地上の人々は渇きに喘いだ。
龍卵を盗んだのが、とある国の宮廷に仕える魔法使いなのも分かっていた。もちろん捕まえて卵の居場所を問い詰めたけど、そいつも、どこかの国のスパイに騙されて卵を盗まれたと言った。
沢山の人の手に渡るが故、捜索隊も追いきれず、あのこも怒りと嘆きに日々を募らせた。
次第に、人が起こした罪を人が償えば良いと血族の誰かが声をあげたわ。
みんなが同じ気持ちだった。
創造神さまへもお伺いを立てたら、二つ返事で汝らの好きなようにとおっしゃられた。
それからよ、大地が干上がり始めたのは。
人々の嘆く声や雨を乞う声は聞こえていたけど、全てが自分勝手で、全てが己の為の祈りだった。
数十年、隣人のためにお恵みをと叫ぶものは全く居なかったのは、呆れたものだった。」
センカは、干魃の起きた真実を知り、モヤモヤとした複雑な気持ちを抱いた。
それは、次の日、会いたくて楽しみにしていた父親に高い高いをされながら始めて対面した後でも、両親に抱き締められながら眠った幸せな朝でも、豊かで飢えや渇きのない生活に慣れ始めた頃でも、突然ひょっこりと現れては、センカの胸の中にわだかまりを残していった。
けれど、幸せな日々に浸りたくて、センカはその気持ちの原因を考えないよう蓋をしたのだった。
そんな、ある日のことだった。
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