第2話 水を司る一族


 子供は、涙を溢して女に聞いた。

 女は少し困った表情をして次にジッと子供を見つめ、その瞬間……なにかに気付いたようにハッと息をのんだ。

 それから、目を瞬きながら子供に尋ねた。


「……私に、貴方の道は決められない。

 だけど、同じ道を一緒に歩くことは出来る。

 そうね、互いを支え会うことも出来るわ。

 とても険しい道のりだけど、私と一緒に、虹の麓の理想郷を目指して旅をしよう?」


「え……? あの、い……いいの?

 ……あり、がとうっ……。

 かつて、貴女ほど……優しい言葉をかけてくれた人は、終ぞいなかった……。こんな風に話を聞いてくれて、助けてくれたヒトも居なかった……。」


 ひぐっ、と嗚咽を漏らしながら子供は泣いた。


「貴女に付いていきたい。

 辛くてもいい、苦しくてもいい。

 こんなに哀しくて惨めな思いを抱いてしまった国に、かけらも未練はないから。

 だから、わたしも一緒に連れてって!」


 女はにこりと笑って、子供を抱き上げた。

 砂を払い涙を拭ってやると、子供に飲み水と食べ物、それから食べやすい果物の乾物を分け与えた。


 子供の高ぶった気が少し落ち着くと、女はおもむろに手をつないで歩き出した。


「丁度、独りの旅には飽き飽きしていたの。

 だから、あなたと二人の旅になったら、先へ進むのがはかどりそうね。」


 にこりと微笑まれて、子供もふにゃりと破顔した。


「わたし、旅ってはじめて。

 虹の麓の理想郷ってなぁに? どこにあるの?」


「そうね、消えない虹の反対側の麓には、あらゆる種族が共にすむ世界、美しい理想郷があってね。

 街の人々は笑顔と幸福にあふれ、あらゆるものが美しく、性別も種族も関係無く助け合い、慈しみ合い快活な生活をしているわ。

 子供は飢えもなく、様々な知識を大人たちから受け継ぎ、伝統を護り、文化の裾を広げ躍進し、人々は歓びを歌い、理想郷はいつも麗しい音楽が流れているの。

 とても、美しいさとよ。」


 まるで行ったことのあるような女の口振りに、子供は首を傾げた。


「行ったことあるの?」


「ええ、私の故郷よ。

 ああ、それとね……」


 そう言って、女が屈んで両手を皿のようにくっつけると、あっという間に両手から水があふれでてきた。


「私もあなたと一緒なの。」


 子供は、その事に驚愕し跳び跳ねながら驚くと、上気した顔で女に飛び付いた。


「なんで!? どうして!?

 すごいっ! 一緒の力だ!

 あ、でもわたしの力は消えちゃったんだった……。」


 シュンとしてしまった子供の頭に、女はゆっくりと水を振りかけた。


「あなたの力は枯れてないから大丈夫よ?

 この力は、心で使うもの。

 だから、一時、哀しみで使えなくなっているだけ。この力の使い方は、おいおい教えてあげるから。

 それとね、この力は根本的に魔法とは違ってね、私の一族だけが使えるのよ?

 だから、もしかしたら、……いえ、およそ十中八九、あなたは私の血族ね。」


「え……っ?! 」


 水の滴る垢と砂まみれの髪が、徐々に艶をました。

 女が小さく何かを呟くと、滴る水の粒がうねりだし髪や子供の顔の汚れを取り払っていった。

 身体中の汚れが魔法の力で拭い去られると、そこには青銀色の豊かな髪と真紅の潤んだ瞳を持った美少女が居た。


「私の青銀色の髪とあなたの髪の色、同じでしょ?

 そして禁色きんじきと呼ばれる、とうとき深きくれない色の瞳。

 これが一族にだけ出る外見的な特徴なの。」


 子供は女を見つめた。

 自分と、ほぼ同じ色彩の外見を持った美しい女人。

 さまざまな思いが胸に迫って、声が喉の奥でつまる。

 孤児の自分に血族が現れた喜びを、表現出来る術を子供は知らなかったのだ。


「私は、セイ。あなたの名前は?」


「セイさま……、わたしはセンカ。」


 満面の笑みで笑う、華やかな女に大切に抱き締められて、その喜びがあふれたように子供は大きな声で泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る