第1話 砂漠の出逢い
この世界は、渇きに喘いでいた。
あらゆる大地が干上がり、飲み水さえも確保することが難しく。それは、年々酷くなる一方であった。
女が訪れたこの砂漠は、雨が訪れなくなること数十年。
ある日、とうとう国が砂に沈んでしまったのだった。
いまは、崩壊した砂漠の王国の国民が、数少ないオアシスに群がって共和国を名乗っていた。
見渡す限り生き物の気配のない、砂ばかりの景色。
誰も訪れたくないだろう砂漠をギュムギュムと踏み締めて、女は旅を続けていた。
なぜならば、砂漠にそびえる岩山の、頂のその向こうに、大きな虹が掛かっていたからだ。
山を越えるべく、女は歩を進めた。
たとえ高位の冒険者でも乗りきるには過酷な環境だ、と云わしめる砂漠の中の峻烈な山だとしても……。
砂に覆われた、枯れた色の大地は、まるでいつまでもどこまでも永遠に続いているような気にもなった。
昼はまるで灼熱の地獄だった。
焼き砂と呼ばれるだけあって、この大地を素足で歩けば数歩と歩かぬうちに、足の裏は火膨れで焼けただれるだろう。ポタリポタリと女が歩く度に、その足下には大粒の汗の雫が落ちていた。
そうして日が暮れれば、砂漠の夜は吐く息さえ凍り、落とす涙さえも結晶に変わった。しん……と静まりかえる砂漠には、サラサラと砂が崩れて流れる音と幾億の星々が瞬く音だけが聞こえてきた。
どんなに過酷な道のりでも、そうして女はたゆまず歩き続けたのだった。
幾日も歩き続いた、そんなある日。
砂漠を越え岩山に入るとき、女は子供を拾った。
元の色が分からないほど垢が張り付いた髪の毛に、真っ赤な瞳の子供は半ば砂に埋もれて倒れていた。
「どうして、こんなところに居るの?」
「必要ないから、棄てられてしまったの。」
「誰に捨てられてしまったの?」
「国の人々に。」
「どうして捨てられたか、心当たりは?」
「……水が……、出せなくなったから……。」
「……みず? あなた魔法が使えるの?」
「ううん、使えない……。
ただ、物心着いた時から、両手から水を溢れ出せることだけが出来たの……。
始めはみんな、喜んでくれたの。
わたしも嬉しかった。
そしたら国の偉い人が迎えにきた。
王宮の奥に閉じ込められて、毎日毎日、両手で水を溢れさせるよう命じられた。
日に日に両手から鍋に、鍋から水盆に、水盆から樽に、樽から小さな堀にと、水の量を増やせと命令がどんどん増えてった。
水を造る時間と回数が増えるに従って、私の自由な時間は減っていった。」
「そんなに役立っていたのに、なぜ?」
「……ある日、王様が沐浴するのに、わたしを干からびかけたオアシスに突き落としたの。ここを水で満たせって。
わたしは嫌になった。
王宮に連れられて行くとき、大臣の一人が、水を民に与えたいから王宮で働いてくれと言ったのに……それは嘘だった。
村人や民草に水が行き渡るためと頑張れたのに、わたしの水は王宮の中から出たことがないと知ったの。
私の水は全部、王宮内で使われていて……酷いことに貴族たちの駆け引きの道具の一つとして使われていたの。
がっかりして哀しくて、嫌になったら水が出なくなっちゃった。
そうしたら、王様が怒ってわたしをぶった。役立たずはいらないって棒やムチで何度も打たれて、外に棄てられたの。」
「ひどい王様ね……。だれか、助けてくれなかったの?」
「……王宮の外に捨てられたら、水を求める人々があっという間にわたしに群がったの。
それで、水を出せないと分かると、みんなが蹴ったり叩いたりしてきた。
誰もが、わたしを見てくれない。
誰も、わたしを助けて、くれ……なかった!」
子供は、真っ赤な瞳からポロリと大粒の涙を溢した。
「……そう。
それは、とても……辛かったわね……。
貴方は、これからどうするの?
なにか、やりたいことは有る?」
「わたしは……どうすれば、いいのかな?」
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