雨の弓をひいたら。

緑青 海雫

プロローグ

 

 女は旅をしていた。


 目的地を尋ねる人々には、消えない虹の反対側の麓にあるという理想郷へ向かっているのだと言ったが、真に受ける者は居なかった。

 誰もが、彼女をお伽噺を信じる愚か者だと失笑していた。

 長く旅を続けても、最後まで女を理解しようと歩み寄るものは居なかった。



 女はたゆまず歩き続けた。


 稀に降る雨にあたれば、木の下で雨宿りして切なげにジッと空を見つめた。

 そうして、虹が空に現れるのを旅をしながらずっと待ち続けた。


 虹が掛かれば、その方角に足を向けた。


 沢山の人とすれ違った。

 沢山の街を通り抜けた。


 旅の出合いはさまざまだった。


 親切にもされた。

 恐ろしい犯罪者と剣を交えたこともあった。

 病に苦しむ子供や女にもあった。

 誰かを助けるために、寄り道をしたこともあった。

 暴力を振るわれることもあった。

 追われることもあった。

 求婚されることもあった。

 崇められて、監禁されそうにもなった。

 心優しい老婆との出会いに、旅を続ける心が挫けそうにもなった。


 それでも、女は歩みを止めず。

 いまでも虹の麓へ向けて旅をしていた。



 ある時、砂漠へ足が向いた。



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