【31】自覚
「ああ……俺、大浴場に行ってくるから好きに使ってていいよ」
そう言って、あの日は自室を出た。
──兄上はいないだろうし。
案の定、大浴場には誰もいなかった。
久しぶりに来た、だだっ広い浴場で
風呂に入りに来たのか、泳ぎに来たのかわからなくなるくらいに泳ぎ、休み、何時間も過ごしたあとも
風にあたり、時間が過ぎるのを待つ。
真夜中になり、
深夜になり、ようやく
ひとりで来て、極度の緊張と疲労があっただろう。それなのに、いつ戻るかわからない
──やさしい気持ちに応えられないだけでも、申し訳ないのに……。
眠る
仕方なく
女性不信でも女性嫌いでもない。ただ、好意を持たれていると実感しているだけに、扱いにくい。それでも何とか抱き上げたが、ここで目が覚めたらと想像し、生きた心地がせず血の気が引きそうになる。
さっさと
こんな毎日が過ぎていくのかと頭を抱え、眠りに落ちることを願った。
「お先にどうも」
声が聞こえて、現在へと
「いいえ」
つい敬語が出てしまい、この数ヶ月でしみ込んだと気づく。
戻りたいと願うわけでもない。
迷っているわけではない。
未練もないのに心がかき乱れるのは、ひどい後悔のせいだ。
体を洗い始め、
だからこそ無駄な告白もしたし、開き直ったりもした。不都合はないと思っていた。
結婚の話が湧いて出て、
話が水面下で進められていると感じたときから、その理由は明確で──だからこそ抗おうとしたし、
けれど、足掻いたところで打破できず。
心とは裏腹に、体は欲していたのかもしれない。
女性の感触を知ったときの記憶を断片的に思い出し、何度も打ちのめされる。
忘れたいと願う心とは真逆に、体は鮮明に覚えている。
──誰だろう。
自ら望む人物は、ひとりしかいない。期待して振りむくと──見えたのは、想い人によく似た髪の毛の色。
夢ならと、手を伸ばす。抱き締める。夢の中だけでいいとずっと募らせていた想いを、大人しい腕の中の人に求めていく。
もう、
折角こうして一緒にいられるのなら、幸せでいっぱいの夢にしてしまいたかった。
周囲がどう言おうが、思われようが、弁解の余地はない。最低なことをした自覚はある。
違和感を覚えたのは、聞き慣れない声が聞こえたとき。
想いの込められた腕で抱き締め返され、まさかと血の気が引いた。
腕の中で大事にしていたのは
青藤色の長い髪の毛は、暗闇で彼女の髪の毛の色と酷似すると、
忘れたいと願いながらも数週間後に婚礼は行われ、少ししてから
まざまざと突きつけられた現実。胸に刺さり、棘は抜けなくなった。
周囲から祝いの言葉を聞く度に、棘が深く刺さる。
身重な
ちいさな浴槽に身を沈め、
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