【8】何もなければ(2)
苦しみに沈んで、溺れそうになる。
王の連れ子でないなら、『兄』だと
──ああ。
なんとか浮上して、息を吸う。
──
──いや、『兄』と認識されなくても……。
無意識でも
──俺も、何もなく成長できていたら……。
追いかけてしまっている幻影。リラに変わった色彩を目にする度に、『これが本当に自分なのか』と長年苛まれ、いつしか意識してしまった『本当の自分』の姿。
ただ、傭兵になってからの
その夜、
十センチ以上の差があった身長。剣を握っていないだろうに、力強そうなゴツゴツとした手。失われていない、クロッカスの色彩。外見ばかりでなく、想定していなかった声の低さ。
離れて成長していたからこそ、違いは顕著だった。突然出現した『本来の姿』を前に、一瞬にして強烈な嫉妬が湧いていた。羨望に変わったクロッカスの色彩。奪えるものなら、奪いたい衝動に駆られていて。
父に憧れて長く伸ばし続けていた髪が、無性に虚しくなった。長い髪が
幸い、上の空でも体は動いてくれている。ストレッチを日々行うのは、恐怖心からだ。体が動かなくなるのを恐れている。あんな体験は、もう──。
できるだけ行きの船の中と同じ行動をするが、時間を流すだけのものとなっていった。
夜、布団に身を包んでも、頭の中を疑念が巡る。ひとつを消すと、新たな選択肢が幾つか浮かんで、それらがまた
疑って否定して、思い出して、また疑う。はやくに正解を導きたいと、何度も何度も繰り返す。
──会いたい。
苦しみの中で、愛しい人を求める。そうして、初めて心が触れ合えたと感じた日のことを思い出す。
「『姫』、だなんて……付けないで」
頬から手、手から瞳へと視界が動き、見つめ合う。
初めて互いの心に触れたようだった。長い間、異性として意識をしてきたのに。何日も一緒に、それこそひとつのベッドで眠ってきたというのに──これまでにないほど、思いが高ぶる。
そういえば、まだ
正直に言うなら、可能だったなら。
心に大波が押し寄せる。ただ、唇に唇を重ねるのは、
ふと、
「
耳元で囁き、
精一杯の色気を出し、誘う。
腕の中にいたのは、言葉を発せないほど呼吸の仕方を忘れたような女性で。恋慕してきた面影なく、身を委ねるような姿で。箍が外れた。
耳を、首を、想いを解放していくように口先で触れていく。呼吸や体温などの変化を感じながらも、愛おしいという想いで思考が占拠され、一気に押し寄せてくる感情を伝えようと行動していく。
手を伸ばしてはいけないと、許されないと思っていた反動は大きく、理性も飛んでしまっていれば制御は不可能。
それは、温度を保持しないやわらかな髪と、微熱を持つような心地よいあたたかさと、浅くてはやい呼吸。
誘ったのは、意図してしたこと。
けれど、この有様だ。
「
動作が止まった
「俺は……
初めて口にした想いは、告白というよりは懺悔のようで。
抱いていた腕の力をゆるめ、
「怖くなかった?」
と、
力で
すると、
「私は、
と芯を強く持っているかのように、ハッキリと言った。
これまでも、
とてつもなくショックなことを知って崩壊寸前であったのに、
ああ、はやく
光が見えれば、闇は消えていく。昔、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます