譲れないもの
【12】疑心(1)
凍てつくような寒さがとけたものの、まだ春は遠い。温暖な気候で知られる
研究者たちは今日も君主、
「
慌ただしく廊下を走ってきたのは、ひとりの少女。青紫に近い長い髪が乱れ、走り回っていた様子。
「
怪訝な声がもれ、
これから大事な来客がある。君主が直々に出迎えなくてはならないほど、大事な来客が。
「あんのバカヤロウ、一体どこに……」
言葉は途切れ、突如歩き始める。その足ははやく、少女は戸惑いながらも慌てて
図書室近くの廊下から、窓辺を足早に通過していく。ふたりは所定の研究服を着ているが、一部のデザインや配色が異なっている。職位を示しているようだ。
時刻は昼過ぎ。来客を迎える予定の時間が近づく。
約束の時間に肝心の君主が不在など、あってはならない──
「どうするのよ、君主代理」
「どーもこーもねぇよ。見つけ出すまでだ!」
君主の行動はさておき、彼には立場がのしかかる。あんのバカヤロウと言っておきながらも、君主の面子を潰すわけにはいかない。
見つけなくてはという思いが更に足を加速させ、
ふと、速度がゆるんだ。
そこは正門の手前。壁から飛び出た、半立体の彫刻が見える広い通路だ。見覚えのある人物が機嫌よさそうに歩いているのが見え、自然と力が抜けていた。
その人物は、浅葱色よりも薄く見えるツンツン頭と、黒にも見える深緑色の縁の眼鏡が特徴的。眼鏡の奥には、父譲りの薄荷色の瞳がある。薄い色のストールで首元を整え、眼鏡と同色の品の良いジャケットを身につけている小柄な青年。
「バカヤロウ、どこに行ってたんだよ」
「あ、見つかっちゃった」
受け止める方は、苦笑いを浮かべる。──この青年が
「よりによって、正門から……」
「ほら、日ごろ白衣しか着ない
声を遮ったのは、少女の明るい声だ。先ほどまで焦っていたのも、探し回っていたのも、少女の頭には残っていないかのような、明るい声。
「ああ、本当だね」
少女につられるように
「まったく」
と、声をもらした
「珍しく所定の服装をしているのは、
決してやさしい口調ではない
ほんわりしたふたりの雰囲気は、
「そろそろ時間」
棒読みするような声で場を終息させる。──さすがは年上と言ったところか。
一瞬流れた静寂は、微かに異なる空気を運んできた。
「いらっしゃい、久しぶり」
徐々に光を浴びた人影は、その姿を現す。
「
頬に手を添え、
「緊張しているんだ」
「当たり前でしょ、
無感情な
「頭は上げて。さぁ、どうぞ」
一方、
テーブルの上に置かれているカップからは湯気がのぼり、かすかに部屋の空気をやわらかくしている。カップに注がれているのは、アップルティー。
その湯気を空気と混ぜたのは、
「
まるでおとぎ話をねだっているかのように胸をときめかせる。となりに座る
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます