【10】伝承(1)
時刻は深夜をまわり、
懐かしいという思いに浸れたら、どんなに幸せなことか。思い出を回想している
ある部屋の前で足を止めた。手の平をゆっくりと開く。
いくつかの鍵がひとつの輪にまとまっている。その中からひとつを選ぶと、迷わずに扉を開けた。
一歩入ったそこは薄暗く、まるで物置きのように骨董品が置かれている。通行を妨げるように置かれているそれらだが、人がひとり通れるほどの通路は確保されている。暗闇ではっきりと道筋を確認できないが、
歩き続けた先には、闇が広がっていた。
しばらく真っ直ぐ歩き、ぼんやりと広がった空間が見える。細い道から部屋のような空間へと
だが、ここでも
何かに導かれているかのように歩いてきた
真っ白なその壁は、ぼんやりと暗がりに浮かび上がり立ちふさがる。ただ、壁を目の前にしても、
壁にそっと手をあてた。
何かを探すように伝う左手は、左下に下がっていく。──すると、ゆっくりと真っ白な壁が音を立てずに動き始め、古めかしい扉が現れた。
隠し扉を前にしても
その光はちいさなライト。三方向からある物を称え続けている光。光は赤紫の絨毯をも、心細く照らしている。
光が称えていたのは、掲げられている一枚の大きな絵画だ。絵画には左側にリラの長い髪の
「……上、父上」
他にも何かを言いたげな、それでいて寂しそうな、誰にも見せない表情を彼は浮かべ、その場に立ち尽くす。強気で自信にあふれた彼の姿は、影も形もない。
『そのときです。天界が大きく揺れ、大神を守る女神も天界から堕ちてしまいました。そして、戦いの神は堕ちた愛の神を追って、地へと堕ちていったのでした』
「地の……国へ、女神は行ったのだろうか」
今の
絵本童話を
母は言った。
「このときの女神が、
クロッカスの髪と瞳。知的で美しい母。彼は、いつでも母の自慢の息子でありたいと願っていた。
「白緑色の髪とアクアの瞳を持つ、あの女神様?」
「ええ。
母のうれしそうな笑顔に、幼かった彼は正解を言えたのだと密かに喜んだ。
すると、母は意外な言葉を言った。
「きっと愛の神は、女神様だったのね」
「女神様……ですか?」
「そうよ。そうじゃなければ戦いの神は、きっと追っていかないわ」
ふふん、と自慢げに言ったあと、
「ねぇ、女神様は幸せになったと思う?」
と、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、彼を幸せにしたものだ。
「はい。きっと……とても幸せになったんじゃないかと思います」
クロッカスが視界を覆う。──その他に残っている記憶は、母の声。
「ふふ、
双子が比較されて育つのを、
双子が生まれる前、父は汚名を着せられ、この世を去っていた。酷い処刑を受けたと大臣から聞いているが、詳細は知らない。ただ、検討はついた。
父は、仕来りを破ったのだと。
父のいない双子は、母が頼りだった。
双子の兄は体が弱く、甘えん坊だった。
母も兄同様、体が弱く、
そう、
「母上」
この絵画に描かれた王妃、
「
ふと聞こえた声に、
「待ち合わせをしていたわけでもないのに、ここで声をかけるとは……無礼だな」
扉の前にいたのは、大臣だ。大臣は一度、深く頭を下げる。
「申し訳ありません。ご報告を」
大臣は
「
と、問う。
「わかった。それで構わない」
サラリと返事をする
「そういえば、
「あれは、
それは、兄のものだ。ただし、兄が行方不明になってから、絵本童話の所在は確認していない。言うなら、
いや、確認できない場所にあると言った方が正しい。幼少期に過ごした部屋は、親族しか入れない区域に位置する。今の
「
「俺に、あの条件を飲むべきだったと? 俺は
「私はその条件が、どうしてそんなにも貴男の心を乱したのか、不思議でなりません。
大臣は思わず言葉を止めた。
九歳のときのような、
「そんなに俺の本心を聞きたいのなら、教えてやる」
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