【3】影武者
この渡り廊下を道なりに行けば、地下へと続く階段がある。
はやい足取りの
冷や汗をやさしく拭くように、やわらかな風が吹く。その風は、
深く息を吸う。──あれは、過去のことだ。そう言い聞かす。
そう、あれは過去のことだ。決して口に出すことのない、過去。口外しないからと言って、忘れられるものではない。七歳のあの日、
「くだらない」
思い出した過去に立ち向かうように、左手を強く握る。一度立ち向かうと決めたら、後戻りはしない。それが
階段は足音が響く。誰かに追いかけられているような、そんな幻想を生み出すほどに。しかし、幻想は幻想のままで終わる。宮城研究施設が活動している時間は、地下とは思えないほど周囲は明るい。
ただ、
トントントン
軽快なノックをし、
「はい」
と、ひとりの女性が顔を覗かせた。
『女性』であるにも関わらず、その顔立ちはかわいらしく、幼い印象を残す。広い額を隠すような前髪と、ふっくらとした唇、それにちいさな鼻と顎のせいで──つまりは童顔だ。
それでも、彼女は『女性としての魅力』を際立たせようと努力している。例えば、足元。ひだの多いミニスカートから、長い脚が遠慮なく露出されている。
しかし、残念なことに、その努力はまったく報われていない。
膝まであるロングブーツから靴下が見えていても、わずか。絶対領域が存在している。女性の色気を演出したい彼女だが、それは萌え要素だ。
ゆるい上着にしても、膨らみが露骨にわかる胸元は追い打ちだ。この際、的確に周囲の認識を言い表すなら『ロリータ』だろう。
唯一、彼女の努力が報われているきちんとした前髪と、肘まであるクロッカスの横髪が上品に揺れる。
「珍しいのね。いらっしゃい」
彼女のクロッカスの瞳が潰れる。
クロッカスは特別な色彩だ。瞳と毛髪にクロッカスの色彩を持つ者は、高貴な血筋を継ぐ者。つまりはそれを象徴する色彩だ。貴族や上級階級の者なら、誰もが知っている一般常識。当然のように、世に君臨する由緒正しき
だが、彼女は
「
「いや、用事というか。朝食の最中で席を立ってしまったから……って、どうして俺が
平然と言う
「
「それはありがとう」
うつむいた
「そういえば」
数秒流れていた妙な空気を切るように
「おめでとう。
「そんなに……幸せそうに笑わなくったっていいじゃない」
「そんな顔をしている? でも、うれしいよ、十年来の友人が幸せになるのは」
剣士としての緊張感なく、おだやかに微笑む
「幸せになるかどうかは、まだわからないけどね」
「熱烈に恋文をくれていたかと思えば、
返事を促すやさしい声も、
「まぁ……」
「
通常、後継者は縁談の話が出れば、それは婚約も秒読み。まして、恋愛となれば尚更。
再び
「ちょっとは妬いてくれるかと思った」
「誰が?」
「毛嫌いしてるでしょ、
「職業柄、
そっぽを向いた
「あれ……本当だったの? 本当は、
「あのね、姫と護衛の恋愛はご法度。そんなことは周知だし、昔から肝に命じている。それに、誰かを好きになるなんて考えられないし、あり得ない。俺には
「
「
ふと、肩から離れた手を
「そういえば、誰から聞いたの?」
「
変わらず拗ねたような態度に、
「ああ……
と、ため息交じりに言う。
「剣を嗜んでいる
「いらっしゃるとも聞いたけど」
と、
「伝説をね、聞いてみたいって言ったら」
「伝説?」
「この大陸には絵本童話があるでしょ? でも、それとは別に女神様の伝説があるんだって。それを聞いてみたくて
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